※本稿は、神田正『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■元気でいるうちに売上高1000億円企業へ
熱烈中華食堂「日高屋」(株式会社ハイデイ日高)の創業者兼会長の神田正(85)は、「私が元気でいるうちに売上高1000億円企業になれ!」と、経営陣に発破をかけている。
ハイデイ日高は中期経営計画「Hiday Challenge」で、2026年(令和8年)2月期に売上高600億円、営業利益率10%を目指しているが、売上高、営業利益率とも上振れする勢いだ。
また、2030年(令和12年)を目標とする「2030 Hiday Next Stage」では売上高750億円、営業利益率10%、ROE(自己資本利益率)17%以上を目標に掲げている。神田は「ここまでくれば、売上高1000億円突破は創業よりやさしいはずだ」と、活を入れている。
さいたま市大宮区に本拠を置くハイデイ日高は、大宮の発展と共に、大きく成長してきた。
埼玉県行田市に600店舗対応のセントラルキッチン(行田工場)を稼働させ、関東1都6県に「ちょい飲み」の熱烈中華食堂「日高屋」などを直営で472店舗展開している(2026年2月28日時点)。
コロナ禍で戦略の転換を迫られてロードサイドに出店、ドリンクバー付きの「日高屋」を群馬県、栃木県、茨城県などに60店舗展開している。2025年(令和7年)10月には新潟の食品スーパー、株式会社オーシャンシステムとFC(フランチャイズ)契約を締結、2026年(令和8年)4月に新潟県へ初出店する予定だ。
■総額約8億円相当の保有株を従業員に贈与
「中卒で学歴もなく、私ほど能力がない一部上場企業の代表取締役はいない。今があるのは社員、フレンド社員(パート・アルバイト)が、毎日、昼夜問わず働いてくれるおかげだ。
2018年(平成30年)には自身の保有株約15万株(当時の株価で3億5000万円相当)、2023年には約4億5000万円に相当する約20万株(発行済み株式の0.5%程度)を贈与した。
内容は2018年も2023年もだいたい一緒だが、2023年では社長以下役員、社員、勤続年数など一定条件を満たしたフレンド社員(パート・アルバイト)まで含めて、100~300株(当時の株価で約25万~75万円相当)を7月に贈与した。ハイデイ日高の最低取引単位は100株で対象人数は約1100人だった。
ハイデイ日高では、2023年2月に、役職などに応じて5万~45万円の特別感謝金を社員に支給した。4月からは社員の基本給を月1万3000~1万5000円引き上げた他、初任給も月1万5000円引き上げて大卒で25万円にした。
「2023年(令和5年)2月に創業50周年を迎え、社員に感謝の気持ちを表すために一連の“分かち合う資本主義”を実施しました」(神田)
ちなみに、神田は2023年2月末時点で約555万6000株(発行済み株式の14.566%)を持つ筆頭株主である。総額約8億円相当の自身が保有する株を従業員に贈与するということは、前例の少ない快挙である。
「株式を店頭登録した1999年(平成11年)の時価総額が約60億円、それが2026年2月20日時点では約1220億円になっています」(神田)
神田は、2024年から決算賞与の名称を「成長分配金」に変えて支給。2009年2月より18期連続でコロナ禍においても途切れることなく、社員への利益還元を大切にしている。
■コロナ禍で毎日1000万円の赤字からV字回復へ
神田はコロナ禍からのV字回復を「私の使命」として「日高屋」を立て直してきた。コロナ禍の惨状を語る。
「営業時間短縮や酒類提供の制限があった時期は一番苦しかったですね。毎日1000万円ずつ赤字が出て、1カ月で約3億円の大赤字でした。2023年(令和5年)で創業50周年を迎えましたが、こんなに大きな赤字が出たのは初めての経験で、眠れない夜が続きました。
『日高屋』の強みは、駅前一等地で大衆中華料理と居酒屋の要素を取り入れた『ちょい飲み』にあります。売上高に占めるアルコール比率は15~17%、同業他社の3~5倍もあります。コロナ禍では酒類が売れることが、逆に弱みになってしまいました。
また、コロナ禍ではリモートワークで自宅で仕事をする人が激増し、駅前一等地の人流が減り、客数、売上高が落ち込みました。このため家賃などの固定費負担が重くのしかかり、大幅な減収減益に追い込まれたのです。会社が大丈夫だったのは、国と地方自治体からの協力金の支給に加え、内部留保が厚かったからです」(神田)
ちなみに、ハイデイ日高の2021年(令和3年)2月期の売上高は295億円、営業利益は約27億円の赤字だった。2022年(令和4年)2月期の売上高は264億円、営業利益は約35億円の赤字で、2期連続の赤字額は約62億円だった。ただし政府からの協力金が支給されたことと、内部留保が厚かったことでことなきを得た。
「コロナ禍がきっかけで、これまで積極的に取り組んでこなかったロードサイドへの出店を進めています。
2022年(令和4年)5月、神田は社長交代に踏み切った。義弟の高橋均(社長在任13年)に代えて、青野敬成(52)を社長に就けた。コロナのV字回復を進めるのに、当時81歳の神田が青野と共に陣頭指揮を執った。
■「着席と同時に注文品を提供する」方式で成功
青野はタッチパネル式オーダーシステムの拡充、配膳ロボットの試験導入などのDX、キャッシュレス決済を推進、神田はロードサイド店舗の出店強化、新業態(「屋台料理 台南」など)の開発、焼鳥日高のブラッシュアップ(テイクアウトの強化・とんこつラーメンの販売)などを進めた。
青野は1974年(昭和49年)生まれ、愛媛県出身。「らーめん日高 大宮西口店」でアルバイトをしている時、当時、常務取締役だった高橋に見込まれて、1999年(平成11年)にハイデイ日高に入社した。
店長、スーパーバイザー、エリアマネージャーなどを経て、2017年(平成29年)に執行役員営業部長、2019年(平成31年)に取締役執行役員営業管理部長兼情報システム室長などを歴任、2022年(令和4年)5月に代表取締役社長に就任した。
青野は入社から1年経った頃、「経営計画発表会」で当時の常務取締役の高橋(現・相談役)に「『らーめん日高大宮西口店』の店長をやりたいと思っている」と伝えると、3カ月後店長に抜擢された。利益額の大きな旗艦店で行列がよくできた。
■私利私欲のない人を後継者に
青野は店長時代に、「顧客が行列している間にオーダーを取り、着席と同時に注文品を提供する」方式を考案した。青野はこの「回転率を上げる注文方式」を別の店でも成功させて、実績を積んだ。
「私は常々、一番に仕事に対して真剣に取り組み、私利私欲のない人を後継者にするといってきました。青野はアルバイトから始めて、各職場で実績を積んできました。
私はイケイケどんどんのところがあって、ちょっとやり過ぎてしまうところがあるのですが、青野は攻めと守りのバランスがよくとれていて、着実に目標を実現していくタイプです。人に好かれるところがあり、適任だと思いました」(神田)
神田は「業績をV字回復させなくては現役を引退できない。外食産業は人が全て、働く人全員が幸せになれるようにすべきです。81歳を迎えましたが精神的には30代で初めて大宮に1号店(日高屋の前身となる「来来軒」)を出した時と同じくらい、やる気に満ちあふれています。人生まだまだこれから。後悔のないように思い切ってやりたいです」と発言、現在も日々、日高屋の発展に取り組んでいる。
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神田 正(かんだ・ただし)
ハイデイ日高代表取締役会長
1941年生まれ。73年に大宮市(現:さいたま市)内にラーメン店「来々軒」を開店。78年に日高商事(現:ハイデイ日高)を設立、代表取締役社長に就任。2009年から現職。
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(ハイデイ日高代表取締役会長 神田 正)

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