保守とは何か。イギリス在住で著述家の谷本真由美さんは「時間と知恵を重ねて蓄積されたやり方、考え方、しきたりを尊重する考え方のことで、特定の宗教や民族、国家への偏愛とは切り離されたものでなければならない」という――。

※本稿は、谷本真由美『世界から見た日本の保守』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
■「保守=右翼」という勘違い
世間一般では、「保守=右翼=なんだか過激で怖いもの」というイメージを持つ人が少なくないかもしれません。
その他にも、
・天皇陛下支援・憲法第九条反対・軍国主義

・外国人と外国が嫌い・ゲイやレズビアンは嫌い・新しいものが嫌い

・女性が嫌い・女は家庭にいるべき・男が働くべき

・男は男らしく、女は女らしく・体罰をやるべき
といった非常に典型的な右翼的なイメージを連想する人が多いのではないでしょうか。
しかし、実はこうした右翼的なイメージは、本来の保守の意味とはかけ離れています。
これは戦後の日本で、マスコミの報道や映画やテレビドラマなどを通じて、「作られた保守のイメージ」といってもよいでしょう。昭和の頃には、市街地や高速道路でいわゆる「街宣右翼」と呼ばれる人たちの街宣車が走っていることがありましたが、あのイメージが保守と結びついている人が非常に多いのです。
しかし、私のように政治学や国際政治学を学んできた人間にとって、そのようなイメージと保守を結びつけられてしまうことは、非常に歯がゆく思います。そもそもこの「保守」という言葉自体が、実は日本発祥ではなくヨーロッパの歴史に強く紐づいたものだからです。
■「慣習」や「伝統」を重視するワケ
保守主義(conservatism)は、「人間の考えたことには限界がある」という考えに根ざした哲学(思考)のことです。
人間というのは完全なものではありません。世界には完全なものなどないのです。これは欧州がキリスト教国であることと関係があります。
完全な存在とは「神」=「ゴッド」のみであり、人間はあくまで不完全なのです。
人間はこれまで王政や民主主義、科学など色々なことを考えついてきました。しかし、それはあくまで人間が設計したもの、考えたものにすぎません。人間は必ず間違いを犯します。そして、最適ではないこともします。
ですから、人間が考える「理想的な社会」があったとしても、一方で、人間本来の性質や生き方に根ざし、長い時間をかけて積み上げられてきた「慣習」や「伝統」の方が、知恵と時間を蓄積している分、優れているだろうという考え方になるのです。
■アリストテレスも孔子も保守を説いた
この保守主義というのは、実はかなり昔から存在してきました。例えば、哲学者のアリストテレスは、「道徳や政治は自然科学とは異なり、特別な専門家が欠如している」とし、「これらの領域においては世代を超える人間の経験が主要な知識の源である」と語っています。
つまり、道徳や政治は科学ではないので、人間の経験を重要視しましょうと言っていたのです。経験とは、知恵やトライアンドエラーの積み重ねだからです。
さらに、中国の孔子が示した政治制度の崩壊への懸念は、慎重で保守的な政治観をもたらしました。孔子の教えは権威と階層を強調することが多いのですが、これもまさに保守主義です。
経験則やそれまでの仕組みをむやみに破壊するのは危険であるということです。
欧州において近代の保守主義が発展した理由は、欧州各国が実証主義であることと大きな関係があります。日本の人はあまりご存じないかもしれませんが、イギリスをはじめ、特に欧州北部は実際に行ったことや経験に大変重きを置く社会です。
■学歴より実績で採用する「実証主義」
例えば、誰かを採用する際、欧州各国ではその人の実績を厳しく問います。どこの学校を出たからというだけでは簡単に採用してもらえず、目の前で何か仕事をしてみて、実際にできれば採用してあげようという考え方です。
ですから、昔は「アプレンティス」といって丁稚(でっち)奉公を長くやり、それで仕事ができると証明されれば本採用になるということが少なくありませんでした。
学校に入るのにもどこかに就職するのにも、自分の実績を証明できなければダメ。さらに、その人がきちんと物事を行えると証明する承認が必要になります。
こうした「実証主義」が欧州を発展させた要因の一つでもあり、実証するということは、証明するということ、つまりは物事を再現することにつながります。これは科学の話です。
科学というのは、ただ単に思いつきを話すだけではダメで、その考え方ややり方、法則を再現できなければなりません。再現できるということは、どこでもいつでも可能であるということ、つまり普遍性があるということです。
これこそが、実証主義の根本にあるものなのです。
■時間と知恵を重ねたため、間違いが少ない
ですから、欧州で生まれた保守という考え方の根本には、この実証主義があることを理解しなければなりません。つまり、時間と知恵を重ねて蓄積されたやり方、考え方、しきたりといったものは、数々の試みを経て証明されてきたことだから最適化されており、間違いが少ないということなのです。
その一方で、保守の反対の「革新」とは、伝統やしきたりを無視して、新しいことへの挑戦を意味しています。
■「守れ」だけ叫ぶ日本人に欠けているもの
保守主義は、特定の宗教や民族、国家への偏愛とは切り離されたものです。「日本が一番だ」と叫ぶことは保守主義ではありませんし、「外国人は嫌いだ」と言うことも保守主義ではありません。
保守主義の核心は、あくまで「社会の変化の速度とそれに対応する方法」についての考え方なのです。まっさらな所から理想によって新しくしようとする革新に対して、伝統や慣習や歴史を尊重して漸次的に対応していこうという考えが保守です。
こうした保守の意味を理解すれば、今の日本の保守には問題が多いことがよくわかります。
まず初めに、日本で「保守」を自称する人々の言説には、「保守」とは人間の積み重ねてきた叡智、実証主義、制度の検証であることへの理解がないのです。なぜ今までの仕組みを守らねばならないのか。単に「守れ」だけで「なぜ?」の問いがないのです。

そこに欠けているのは、イギリスの政治家・思想家、エドマンド・バークが指摘する保守主義の本質です。人間の理性への謙虚さ、積み重ねてきたことの意味、実証主義、社会の先行きを見据えた慎重な変化論、具体的な生活の優先です。
人々が安心して生活できなければ、それはもう保守ではありません。例えば、守るべき政策や制度を検討するに際して、社会にどんな影響があるのか、維持する場合と変えた場合を、データや先行事例を見てよく検討する。これは保守として最低限考慮しなければならないことです。
しかし、現在の日本の自称保守の人々や政治家には、そのような地道で謙虚な営みや科学やデータを軽視し、ただ壊れた機械のように「維持しろ」「守れ」とヒステリックに叫ぶ人があまりにも多いのです。それはもはや「保守」ではなく、「政治的狂気」に過ぎません。
■「移民はいらん」はただの排外主義
次に「反中・反韓」の感情的な主張、事実を捻じ曲げた歴史観への固執、日本を客観視せずに「日本スゴイ」と自画自賛するだけの自己満足な自国礼賛。これらはまったく「保守」ではありません。むしろ「悪い意味のナショナリズム」であり、「ファシズム」に近い考え方です。
客観性を欠いた主張を、単に受け手が喜ぶ形で発信することは「ポピュリズム」です。そして、客観的な事実を無視し、単に「移民はいらん」「すべて外国人が悪い」と繰り返すのは「排外主義」です。

本来の保守主義は「自国の文化と伝統を尊重すること」を核心としますが、それは「他国や外国人を憎むこと」ではありません。保守主義とは、文化や伝統を大切にしながらも、世の中をより良くするために他国や外国人と協力関係を築き、切磋琢磨し、どうしたらうまくやっていけるか、慎重に検討することです。「自分の家族を愛する」のであれば、「近隣とも仲良くなること」を考えなければならないのです。
■「ネトウヨ」は真の保守主義者と正反対
「ネトウヨ」(ネット右翼の略)は、インターネット上で特定の国(主に中国・韓国)への激しい批判や嫌悪を表明し、強い民族主義的・排外主義的な主張を行う人々を指す俗語です。
しかし、これまで説明してきたように、保守主義とは「緩やかな変化を望みつつ、従来の仕組みや伝統を大事にする」という考え方なので、ネトウヨとはまったく異なるものです。
真の保守主義は、自国や故郷がより豊かになり、安定した生活をし、人々の幸せになることを願う思想ですから、本来は他国の文化や伝統も尊重する協調主義でもあります。「自分の文化を大切にするからこそ、他者の文化も尊重できる」という考え方が、保守主義の本来の姿です。
ネトウヨの言動は、むしろ協調とは反対で、関係性を破壊する衝動に溢(あふ)れています。彼らのような排外主義を突き詰めれば、まともな交易や学術交流は不可能です。さらに、ネトウヨには科学や歴史的な事実を歪める傾向があります。
保守主義は何事も慎重に、データや証拠に基づいて判断することを重んじますから、この点でもまったく異なります。世の中の幸せを願う保守主義者ほど、ネトウヨを批判し、一掃していかなければなりません。


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谷本 真由美(たにもと・まゆみ)

著述家、元国連職員

1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国での就労経験がある。X上では、「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する。趣味はハードロック/ヘビーメタル鑑賞、漫画、料理。著書に『キャリアポルノは人生の無駄だ』(朝日新聞出版)、『日本人の働き方の9割がヤバい件について』(PHP研究所)、『世界のニュースを日本人は何も知らない』(ワニブックスPLUS新書)、『激安ニッポン』(マガジンハウス新書)など多数。

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(著述家、元国連職員 谷本 真由美)
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