■中国系決済アプリの闇
現金を持ち歩かず、スマホでQRコードを読むだけで支払いができる「QRコード決済」。拡大するデジタル決済の一部であり、国内でも「PayPay」や「楽天ペイ」など多くのアプリがサービスを展開している。
日本発の「○○ペイ」と並び、店頭に掲げられた決済手段リストで頻繁に見かけるのが、「ウィーチャットペイ(WeChat Pay/微信支付)」と「アリペイ(Alipay/支付宝)」だ。どちらも中国発の決済サービスで、それぞれテンセント(騰訊/Tencent)とアント・グループ(螞蟻集団/Ant Group、アリババ系列)が提供する。
便利な支払い手段だが、こうしたサービスには影の側面がある。
中国から日本を訪れた観光客が、中国系の事業者が運営する国内の中国語ツアーに参加したり、中国系店舗でショッピングを楽しんだりしたとする。ウィーチャットペイやアリペイで支払う際、中国国内アカウントに対して振り込むためのQRコードを用いれば、アプリ内のアカウント間の資金移動という形で完結し、売り上げは日本の税務当局に捕捉されない。日本での商取引だが、中国の経済圏の中ですべてが完結する。
さらには、このような形態で当該プラットフォーム内の取引として完結する場合、クレジットカードや銀行振り込みとは異なり、銀行や金融監視当局の監視を受けずに資金の移動が可能だ。マネーロンダリングの温床になっていると、関係者は警鐘を鳴らす。
同サービスを国内で利用した場合でも、日本の決済代行業者を通した取引では監督省庁による売り上げの捕捉が可能となるため、すべての取引が監視を逃れている訳ではない。
■白タクを根絶できないワケ
分かりやすい事例の一つが、白タク問題だ。
成田空港へ向かえば、ターミナル前の車寄せは車で溢れかえっている。この中に、営業許可のない自家用車による違法な旅客運送、いわゆる白タクが紛れ込んでいると、繰り返し報じられてきた。
少し前の記事となるが、2023年の読売新聞が詳しい。現地で取材した記者によると、ターミナルに白ナンバーの車が停まった。後部座席から中国語を話す男性2人が降り、ドライバーがトランクからスーツケースを降ろして手渡した。取材に応じたドライバーは香港出身だと説明し、悪びれた様子もなく「友達を案内していたんだよ。お金はもらってない」と話したという。
中国語対応のアプリひとつで配車でき、予約から決済まで完結する。決済がすべてオンラインで完結する以上、摘発は難しい。捜査関係者は同記事で、「現場で現金のやりとりがなく、『友達だ』と言われたら立件のハードルは高い」と明かす。
ウィーチャットペイやアリペイでも、問題は同じだ。日本国内での取引であっても、日本の銀行口座を介さないルートで完結する。
金融庁も事態を問題視している。片山さつき財務大臣兼内閣府特命担当大臣(金融担当)は今年3月、課税の捕捉が困難である点、およびマネーロンダリング対策に不備がある点を指摘した。国税当局でも、商売の実態がありながら納税の形跡がないケースが確認されているという。
■銀行ですら金の流れが分からない
成田の白タクは、氷山の一角にすぎない。中国系決済アプリを通じて、各国の法規制の網をすり抜ける「影の経済圏」が広がりつつある。
その影響は大きい。中国の英字経済メディア、財新グローバルは東南アジアと日本において、中国人による海外決済の50%超を、ウィーチャットペイとアリペイのQRコード決済が占めていると伝える。中国で全国展開する民間銀行の一種、株式制商業銀行のクレジットカード部門に勤める行員の証言だという。受け入れ店舗はアジア以外でも、アメリカや欧州にまで広がりつつある。
この巨大な決済圏の基盤となっているのが、「クローズドループ型」と呼ばれる決済モデルだ。
中国国内での利用に留まれば、キャッシュレス化を加速させる有益な仕組みだ。だが、そのまま海外に持ち出されるとどうなるか。受入国内で発生した取引であっても、取引の発生場所も加盟店名も、銀行側からは確認できない。税の捕捉やマネーロンダリング防止の観点から適正な監視が求められるが、結果としてこれらは困難になる。
■タイで催行される「格安ツアー」の実態
すでにデジタル決済の副作用に苛まれている国の事例を見れば、日本でも何らかの対策が求められることは明らかだ。
タイではかねて、中国の決済インフラをめぐる問題が大きく報じられてきた。コロナ期を経て現在も再燃しているが、まずは2018年に香港英字紙のサウスチャイナ・モーニングポストが報じた内容を振り返ろう。
記事は「ゼロドルツアー」と呼ばれる、ツアー代金を極端に安く設定して集客し、別のルートで利益を回収する商法を暴いている。タイ現地に登記した代理会社を隠れ蓑に、実態としては中国人オーナーが運営しているという。
収益の大半は中国へ還流させており、現地の関連業者はほとんど利益を得られない。
業者の収益源となっているのが、観光客に半ば強制的に行わせるショッピングだ。参加者は滞在中、特定の店舗での購入を強要される。拒否すればガイドに詰め寄られ、ホテルの部屋の鍵を返してもらえないこともある。英語もタイ語もほとんど話せない彼らにとって、タイ警察に被害を訴えることすら難しいと同紙は指摘する。
■土産購入を拒んだ末路
パンデミックで鳴りを潜めたゼロドルツアーだが、近年では再び盛り返している。タイの英字オンライン紙、ネイション・タイランドは2024年、中国系業者がタイ人名義人で旅行会社を登記し、より悪質な「市場破壊ツアー」を行っていると報じた。
タイ旅行業協会(ATTA)のシッサディワッチャー・チーワラッタナポーン会長は、太刀打ちできないほどの低価格で客を引き込むこうしたツアーにより、タイの観光市場がかき乱されていると警鐘を鳴らす。協会の警告を受けて一部業者は撤退したが、根絶にはほど遠い。
タイ以外でも、観光客が意に反したショッピングを強制される事例は少なくない。2015年には香港・紅磡(ホンハム)の宝飾店で、購入を拒否した同行者をかばった黒龍江省出身の53歳男性が暴行を受け、命を落とした。サウスチャイナ・モーニングポストが報じた。
■廃屋に群がる「名義貸し企業」
違法ツアーを支えているのが、周到に用意された犯罪の手口だ。
業を煮やしたタイ経済犯罪取締局(ECSD)がバンコク近郊サムットプラーカーン県で大規模な一斉摘発に踏み切ったと、ネイション・タイランドが伝えている。逮捕者は中国人21名、タイ人51名の計72名に及んだ。
捜査の標的は、外国人の事業活動を隠ぺいするためにノミニー(名義貸し)を行う企業群だった。
摘発の端緒となったのは、ある中国人男性の逮捕だ。「リー」と呼ばれるこの男は、インターポール(国際刑事警察機構)から指名手配されていた。中国人投資家から総額140億バーツ(約602億円)をだまし取り、タイへ逃亡した容疑がある。タイでは会計事務所を通じてノミニー会社を設立。タイのビザやIDカードを取得できると信じ込ませ、他の中国国籍の人物を欺いていた。
当局はリーが利用した会計事務所を手がかりに捜査を進め、ネットワークの全容をつかんだ。その会計事務所自体が、ノミニー会社だったという。「イアン」および「ヴィーナス」の通称で知られる中国人女性が、中国国内からメッセージアプリのウィーチャット(WeChat)を通じて遠隔で指揮していた。
こうしたノミニー企業を通じ、タイ国民のみ就労可能な業種で堂々と事業を営んでいた。摘発であぶり出された企業は15社。いずれもサムットプラーカーン県バンサオトン地区の同一住所に事業所を登記していた。警察が現地に赴くと、そこには何年も使われた形跡のない廃屋同然の店舗兼住宅が並ぶだけだったという。
■日本での売り上げが「中国国内取引」扱いに
成田の白タクもタイの違法ツアーも、問題の根は同じ場所にある。前述した、アリペイやウィーチャットペイが採用するクローズドループ型という決済の仕組みだ。
こうしたプラットフォームで支払いを済ませれば、カネの流れを銀行も当局も把握することが困難となる。
財新グローバルは、日本を旅行中の中国人観光客がクレジットカードをアリペイに紐づけ、QRコードで決済すると、カード明細には中国国内の取引として記録されると指摘する。
日本の店で支払ったカネだが、帳簿上は中国内で行われたことになる。取引カテゴリーは、「娯楽」など大まかな括りが記録されるだけだ。支払った加盟店の名前すら、カード発行元の銀行に開示されない。
加盟店の銀行口座に届く売上金は、シンガポール子会社「アリペイ・シンガポール」を経由したものとして表示される。ある銀行のクレジットカード部門担当者は同メディアに、実際には越境取引であっても、「相当量」が国内取引として記録されている、と懸念を示した。
■整形クリニックで行われた巨額マネロン
同じ決済プラットフォームが、さらに大規模な犯罪に使われていた例がある。
舞台は韓国・ソウルの整形外科クリニックだ。暗号資産専門メディアのDLニュースは今年1月、ソウル税関当局が1億200万ドル(約153億円)規模のマネーロンダリング網を摘発したと報じた。
主犯格は、大手クリニックでカウンセリング責任者を務めていた中国人スタッフ。中国人観光客がアリペイやウィーチャットペイで支払った代金を専用口座に吸い上げ、中国人の共犯者とともに海外で仮想通貨を購入していた。
その後、韓国の暗号資産取引所を経てウォンに換金し、複数の銀行口座とATMで次々に現金化していたという。クリニックの受付カウンターを舞台に、国際的なマネーロンダリングが行われていた。
■医療ツーリズムが不正の温床に
2024年には整形業界の外にも手を広げた。韓国人の携帯電話販売店オーナーを引き込んで、免税品の購入代金や語学学校の授業料にまでマネーロンダリングの対象を拡大している。税関当局は3人全員を検察に送致した。
コインデスクによれば、マネーロンダリングに使われた暗号資産取引所は無認可で、素性は不明。利用された暗号資産の種類すら、いまだ特定されていないという。
美容業界は市場規模が大きいだけに、マネーロンダリングの手段として悪用されやすい。韓国の美容整形産業は約110億ドル(約1兆6500億円)規模に達し、中国からの美容整形客は年平均100%のペースで増え続けている。DLニュースによれば、医療観光市場は2033年までに31億ドル(約4650億円)に達する見込みだ。正規の決済がこれだけの規模で流れ込む市場だけに、不正な取引も目立ちにくい。
韓国関税庁は事件を受け、外国人向けクリニックへの立入検査の強化を打ち出した。DLニュースによれば、同庁の担当官は中央日報に対し、「海外医療ツーリズム分野における違法な外貨両替の事例を防止しなければならない」と語っている。
■「詐欺疑惑」を放置したウィーチャットペイ
各国で犯罪インフラとして悪用されることもある、特定の決済プラットフォーム。サービス提供側は、どう対応してきたのか。
サウスチャイナ・モーニングポストによると、香港金融管理局(HKMA)はテンセント傘下のモバイル決済サービス「ウィーチャットペイ」の香港法人に、制裁金87万5000香港ドル(約1750万円)を科した。
マネーロンダリング防止とテロ資金供与対策の顧客審査で、同社は適切な管理体制を整えていなかった。不備が認定された期間は、2016年8月から2021年10月まで、実に5年超に及ぶ。一例として、法執行機関から詐欺への関与が疑われる携帯番号についてデュー・デリジェンス(調査・審査)を実施するよう通知を受けても、リスク評価を実施しなかった。そもそも、その番号が同社の顧客本人のものであるか、確認を怠っていた。
輪をかけて深刻なのは、こうした憂慮すべき事態が事実上放置されていた点にある。HKMAの調査によれば、法執行当局はウィーチャットペイに対し、詐欺への関与が疑われる500の口座について、計1827件の情報を共有していた。
にもかかわらず、同社は最短でも80日、対応を行わなかった。最長では900日放置されていたといい、約2年半も問題を先送りしていたことになる。
HKMAは制裁金の根拠として、「マネーロンダリング・テロ資金供与リスクの管理体制について、業界に明確な抑止メッセージを送る必要性」があると述べている。これに対しウィーチャットペイ側は、不備を認識した時点で自主的に当局へ報告し、HKMAの指導のもとで是正措置を講じたとし、約3年前から管理体制を改善していると回答した。
■国際標準とかけ離れた中国系決済アプリ
デジタルの決済手段は拡大傾向にあり、今後も利用は広がるとみられる。利便性と透明性を両立する手段はあるのか。
2021年、中国人民銀行(PBOC)がひとつの案を示した。ノンバンク決済事業者の越境デジタル決済を対象に、国際標準の「四者モデル」を導入するという提案だ。
利用者側と加盟店側それぞれに銀行が独立して関与し、取引情報が複数の金融機関を経由して共有される仕組みだ。銀行を通すことで、マネーロンダリングの監視、本人確認、外為規制など、閉鎖型の決済システムではいずれも死角になりやすい領域の解消を狙う。
財新グローバルが取りあげたこの仕組みを導入できれば、各国当局の目は格段に届きやすくなる。だが、そうなればアリペイとウィーチャットペイが築いてきたビジネスモデルは大幅な変更を迫られることになる。
両社は決済から清算、資金移動まで、すべてを自社の閉じたシステムの中で完結させてきた。外から見通せないこと自体が、両社の強みであったとも言える。中国人民銀行の提案から4年。複数の国・通貨・決済インフラが絡み合う現実を前に、実質的な進展はほとんどない。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)

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