円やドルなど法定通貨と価格を連動させる暗号資産「ステーブルコイン」は今後、浸透するのか。30代サラリーマンのアワタニさんの疑問に楽天ウォレットシニアアナリストの松田康生さんは「米国の銀行はステーブルコインを巨大収益源にしようと準備している。
その動きは2026年に顕著になる。そうなれば世界中で暗号資産が流通するようになる可能性はある」という――。
※本稿は、松田康生『お金の世界を可視化する 教養としてのビットコイン』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■米銀はステーブルコインを巨大収益源に
【松田さん】銀行もステーブルコインにかなり大きくベットし始めました。もちろん、うまくいくケースと失敗するケースの両方を冷静に見極めながらですが、JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOなんかは明言しています。
【アワタニ】SNSをはじめ世の中では「暗号資産の時代が来る!」って言っている人がいるんですけど、松田さんのお話を伺うと「本当に来るかもしれない……」という気がしてきました。世界のお金を牛耳ってきた米国が本気で動いたんですから。
【松田さん】特に2026年は動きが顕著になります。
【アワタニ】仮にドルの半分でも変わってしまったら、何兆円どころか何兆ドルみたいなお金が流れますよね。そうなったら、使い勝手のいい暗号資産は世界中に流通するのかも。
【松田さん】そうですね。いまでも数千億ドルの市場がありますし、法律が整備されてウォール街の面々が参入すれば、普及も劇的に進むでしょう。

【アワタニ】そうすると、送金分野で期待されていたXRPはどうなりますか。
■リップルのステーブルコインが有利に?
【松田さん】リップル社は、XRPレジャーと呼ばれる、いわばXRP版のブロックチェーンで発行した、RLUSDというステーブルコインを普及させようとしている状況ですね。
【アワタニ】リップル社もステーブルコインを出すのか!
【松田さん】リップル社は立ち回りがうまいんですよね。ちょっと話がズレちゃいますが、米国では「スーパーPAC」って政治団体を通せば、無制限に企業は献金できるんです。誰がいくら、という透明性さえあればいいって話で。
【アワタニ】日本とはだいぶ違うんですね。
【松田さん】日本は企業規模によって上限があり、米国は最高裁判決で上限がないんです。2024年の米国大統領選では、民主党のカマラ・ハリスに資金が集まりました。共和党のトランプにはイーロン・マスクがガッツリ出したんですが、じつはトランプ陣営の企業献金の半分近くは暗号資産業界からで。
【アワタニ】ええ! 半分も‼
【松田さん】バイデン政権が暗号資産業界を規制でガチガチに締め付けたから、怒っていたんですよ。その企業献金のトップ2が暗号資産取引業者最大手のコインベース社とリップル社です。リップル社は完全にトランプ政権にかけて勝ったから、いま、めちゃくちゃ有利な立場にあるんですよ。
ありとあらゆる面で。
【アワタニ】だから、リップル社のステーブルコインが有利かもしれないのか。
■米大統領選は莫大な額のお金が動く
【松田さん】リップル社含め暗号資産業者は未来を見据えてリスクを取り、トランプ政権に大きくベットしました。負けていたら暗号資産業界はどうなっていたか、って話ですけど。
【アワタニ】米国の大統領選って、すごい額が動く大勝負なんですね。
【松田さん】コインベース社とリップル社は100億円近く献金をして、選挙戦を支えました。もちろん、それだけで大統領選に勝てるわけではなく、有権者の2割くらいを占める暗号資産ユーザー4000万~6000万人の支持もあってです。
【アワタニ】2割!
【松田さん】つまり、この人たちの意向をガン無視したら選挙に勝てなくなるってことですよね。その結果トランプが勝って、リップル社も貢献者としてある程度特別な地位を得ました。ホワイトハウスでの暗号資産の会合には必ず、リップル社の社長が呼ばれますし。
【アワタニ】戦国武将の論功行賞みたいです。
【松田さん】そういう面では、いい地位に入りました。
なのでRLUSDは、ステーブルコイン戦国時代の侮れない存在です。従来の遠隔地決済をどれがひっくり返すか、銀行が発行したものなのか、いまメジャーなUSDTやUSDCなのか、はたまたぜんぜん違うものなのか。これから、決まります。
【アワタニ】決済戦国時代の幕開けですね。日本はどうなるんだろ……。
■日本で誕生したJPYCとは
【松田さん】ステーブルコインを金融機関が扱っていいかは曖昧でしたが、それを定義する法律を先進国で最初につくったのは日本でした。この法律に準拠したのがJPYCです。
【アワタニ】あ、それ一時期話題になっていました。
【松田さん】じつは話題になる前から、JPYCはあったんです。でも最初は前払式支払手段(*1)っていう、いわゆるプリペイドカードやSuicaと法的に同じ位置づけのもので、この形だとユーザー間で自由に売買できません。PayPayがユーザー間送金ができるのは、PayPayという会社が仲介して残高を振り替えているからなんです。

*1 前払式支払手段

プリペイドカードや商品券など、前もって代金を払い後でサービスを受けられるしくみ。

原則、ユーザー間での譲渡ができない。
■JPYCの普及が難しい理由
【アワタニ】PayPayが自前で口座振替をしているのか。
【松田さん】それを打破できるのが電子決済手段(*2)という法的な分野で、こちらはユーザー間で自由に送っていい。各種規制を整備していったことで、ステーブルコインは電子決済手段と定義されるようになりました。こうして日本が世界に先駆けて、法に準拠したステーブルコインをつくったとしてJPYCは注目されたんです。
【アワタニ】世界初だったんですね。
【松田さん】ただJPYCは、現段階では難しいものでして。なんでかって言うと、用途がはっきりしないからです。賞賛する人たちは、遠隔地での決済に使えるのが暗号資産の最大のメリットという基本を、うまく理解できていないのでしょう。
【アワタニ】あら、便利じゃないんですか……。
【松田さん】「JPYCで支払えるクレジットカードができました」と聞くと「ほうほう、進んでる」って感じがしますよね。でも、ちょっと待ってくれと。
そもそもクレジットカード払いは日本円で銀行引き落としができて、利用者は手数料を払いません。JPYCに両替するとしたら、わざわざ毎回手数料を払わなくちゃいけないんですよ。そんな奴おるんかい、となります。
■海外ではJPYCの価値は高い
【アワタニ】ひと手間かかって価格が目減りするデジタル日本円、って言われるとつらいですね。
【松田さん】「ステーブルコインをつくりたい」が最初にあって、ユーザーが何に使うかはあとで考える。だから、おかしな話になるんです。基本に立ち返ればすごく簡単で、まずニーズがあり、それに応えるためにサービスがある。
【アワタニ】ニーズっていうのは例の遠隔地での決済、ですか。
【松田さん】そう、円を自由に入手・送金できない人には切実なニーズがあります。つまりJPYCをバンコクに送ってバンコクでタイバーツに両替とか、台湾の人が日本のECサイトで買うのにJPYCが使えるとかは便利です。国内については、いまの電子マネーがあれば十分でしょう。
【アワタニ】日本人にはメリットがないんですか。

*2 電子決済手段

デジタル形式の決済手段。世界に先駆けてステーブルコインを法律上で定義するために、2023年の資金決済法改正で新設された。
■日本人にはどんなメリットがある?
【松田さん】海外に家族がいるとか、海外旅行とかですかね。日本独自のキャッシュカードや電子決済はまず使えないんで、現地通貨を持ち歩くことになりますが、紛失や盗難リスクがある。私はアテネで1日に2回スリにあって、1回目のスリでクレジットカードを全部止めたあと、別に持っていた現金を2回目のスリにやられて天を仰ぎました。世界的な観光地にはスリの達人がいるんで、ご注意ください。
【アワタニ】それは大変でしたね……。
【松田さん】ステーブルコインなら、ウォレット(*3)さえあれば「ゴメンちょっと送って」も通用しますから。ただ、JPYCを現地通貨に替えられるようになるのが普及の条件です。アテネのマクドナルドやスタバでJPYCは使えないでしょうし。
【アワタニ】うーん、なかなか厳しそうですね。
【松田さん】しかも米国という覇権国家が後押しする形で、世界各国でドル建てのステーブルコインのやり取りを始めるんですよ。日本では「送金あたり100万円が上限」とか細かい規制を設けて、慎重に始めるんじゃないかな。
【アワタニ】いかにも日本っぽいやり方です。
【松田さん】でも「黒船」が本当に来てしまったら、見直しされるんじゃないかと見ています。円建てステーブルコインで国内市場を守るなんて悠長な考えは、トランプ政権の財務長官がベッセントであるかぎり、無理だと思います。彼は暗号資産、なかでもステーブルコインには相当肩入れしていますから。
■コルレス決済とSWIFT決済
【松田さん】ステーブルコインで実際に貿易決済をし始めたら、いよいよ国際送金で使われているコルレス決済(*4)とSWIFT決済(*5)ってのがなくなるかもしれません。
【アワタニ】なんすか、それ。
【松田さん】ほら、前にお話しした国際送金バケツリレー問題の主役ですよ(第1回参照)。
【アワタニ】あ、あれか!
【松田さん】よく国際送金を扱うSWIFTが問題って言うんですが、いまの国際送金はコルレス方式って言って、こっちのほうが問題なんです。たとえばドルの最終決済は米国にしかできなくて。

*3 ウォレット

暗号資産の保管・管理ツール。ソフトウェア型(MetaMaskなど)やハードウェア型(Ledger)があり、秘密鍵を管理し送受信などを行う。

*4 コルレス決済

国外の銀行に外貨預金口座を開設し、そこから資金を送金するしくみ。現代における国際送金の基本。

*5 SWIFT決済

国際銀行間通信協会(SWIFT)が運営する国際送金の通信ネットワーク。銀行間でメッセージをやり取りし送金情報を伝達する。世界中の銀行が利用する標準システム。
■国際送金に不可欠な仕組み
【アワタニ】……いろいろ突っ込みたいんですけど、まずスイフトってなんですか。
【松田さん】銀行どうしでお金のやり取りを伝えるメッセージです。インターネットがない1970年代から使われているシステムで、基本的に電話回線(専用回線)を使っていたんですよ。いまは光ケーブルになったみたいですが。
【アワタニ】つまり専用回線で、こちらのAさんがそちらのBさんにいくら送金するという情報を送ると。
【松田さん】はい。で、コルレスは銀行間の国際送金の決済システムで、世界中の銀行が各国の大手銀行にお金を預けて、その大手銀行内の口座振替で決済します。
【アワタニ】それって、たとえば三井住友銀行が米国のシティバンクの口座にお金を預けるとかってことですかね。
■為替ディーラーの仕事とは
【松田さん】そうです。日本から米国に送金する場合、日本の銀行は米国の大手銀行に口座を開きドルを預けておく、と。これをコルレス銀行と呼びます。そして送金先が同じコルレス銀行に口座を持っていればいいですが、そうでない場合、コルレス銀行間の決済はニューヨーク連邦準備銀行を通じて行います。
【アワタニ】口座がマッチングする銀行まで遡るんですよね! SWIFTでメールしてコルレスでお金をマッチングさせると。
【松田さん】マッチング……。まぁいいでしょう。こういう昔からのシステムを使って、いろんな銀行を経由するから、時間がかかって手数料も高くなります。ちなみに銀行の為替ディーラーの仕事は本来、このコルレス銀行にある口座残高を管理することなんですよ。売り買いして金儲けするのは、あくまでついでです。
【アワタニ】為替ディーラーの仕事って、意外と保守的……。

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松田 康生(まつだ・やすお)

楽天ウォレット株式会社 シニアアナリスト

東京大学経済学部で国際通貨体制を専攻。三菱UFJ銀行・ドイツ銀行グループで為替・債券のセールス・トレーディング業務に従事。2018年より暗号資産交換業者で暗号資産市場の分析・予想に従事、2021年のピーク800万円や2024年末の1550万円をほぼ的中させる。2022年1月より現職。

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(楽天ウォレット株式会社 シニアアナリスト 松田 康生)

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