物価上昇で現金の価値が下がっているいま、どんな資産を持っておけばいいのか。30代サラリーマンのアワタニさんの疑問に楽天ウォレットシニアアナリストの松田康生さんは「価格は需要と供給の関係で決まる。
ドルや円は長い間、大量に供給され続けたから価値が下がっている。反対に供給量に上限のある資産の価値が上がるのは当然」という――。
※本稿は、松田康生『お金の世界を可視化する 教養としてのビットコイン』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■お金の価値が下がるとビットコインは上がる
【松田さん】ビットコインの価格を考えるときは、日本の通貨・円だとか米国の通貨・ドルとかと、ビットコインというお金の交換比率である「為替レート(*1)」だと考えると、さらに価格高騰の背景がよくわかります。仮想の国、ビットコイン国の通貨・ビットコインが登場したと。
【アワタニ】……空気読まずに言うと、ビットコイン国なんて存在しませんよね。
【松田さん】あくまでたとえですよ。まずニュースでよく見かける「ドル円」は、米国のドルの価値が上がったり下がったり、日本の円の価値が上がったり下がったりして決まる為替レートですよね。でも、ビットコインには供給量に上限がある一方で、その交換相手であるドルや円などは長期間、大量に供給され続けてしまった。これがビットコインの価格高騰に、大きく影響したんです。
【アワタニ】ドルや円の量が増えればビットコインの希少価値が上がる、つまりドルや円の価値が下がってビットコインの価格は上がるということですかね。
■円が下がって株や金も上がった
【松田さん】そうです。
平たく言うと、お金を円で持っていると価値が下がりそうなのが嫌でビットコインに交換(円売りになっている)した、ってことでして。ビットコインの価格が上がった裏には、円の価値が下がり続けている事実があるわけです。
【アワタニ】なるほど。でも「円の価値」って言われても、1万円は1万円ですよね。
【松田さん】たとえば、コロナ禍前までは5000万~6000万円もあれば東京23区でもマンションを買えましたが、いまでは1億円以上出さないとなかなか買えないですよね。株も金(ゴールド)も不動産もビットコインも史上最高値を更新したということは、その反対側では円の価値が相対的に下がったということです。

*1 為替レート

異なる通貨を交換する際の交換比率。たとえば1ドル=150円といった具合のもの。変動相場制では、需要と供給のバランス、各国の経済状況、金利差などによって日々変動する。
■1万円でハンバーガーをいくつ買えるか
【アワタニ】うーん、物価が上がったのはわかるんですよ。コンビニでもスーパーでもどんどん値上げしているし、不動産価格も株価も上がっている。でも「お金の価値が下がった」と言われると、とたんにイメージしにくくなるんです。


【松田さん】1万円でハンバーガーがいくつ買えるか、って考えてみるといいですよ。昔は100円だったものが200円になると「物価が上がった」って考え方になりますが、発想を変えて「1万円で買える量が減った」と考えるんです。つまり1万円の価値が相対的に下がっていると。これを「購買力で考える」と表現します。
【アワタニ】えーっと(スマホの電卓を叩いて)1万円でハンバーガー100個買えたのに、50個しか買えなくなった。おおっ、モノに置き換えるだけで1万円の価値が上がったり下がったりするのがイメージしやすいです!
【松田さん】それより短いスパンで、お金の価値は上下しているんです。数年前に80万円だった1BTCが1900万円近くなったのは、ビットコインという発明が認められた一方で、日本の円の価値に不安を持つ人が増えたということ。これは世界的な流れなので、どの政府の影響も受けないビットコインが人気になったのです。
■ビットコインの価格は何で決まる?
【アワタニ】同じ金額でも得られるものが増減する(=お金の価値が上下する)ことはわかりましたが、そもそも、なぜ価格がそんなに大きく上下するんですか。
【松田さん】まず、ビットコインにかぎらず、市場経済ではモノの値段は需要と供給で決まります。それなのに日本人は需給で価格が決まることが苦手だって話を、よくするんです。市場[マーケット(*2)]というのは価格を上下させることで需要と供給をマッチングさせるしくみなので、需給で価格が変動します。

【アワタニ】でも、さっきのハンバーガーの例は、みんながハンバーガーを食べたいから値段が上がったとか、食べたくないから下がったとかいう話じゃないですよね。値段を決めるのは需要と供給というより、お店というか本社や本部では。
【松田さん】たとえ本社が価格を決めたとしても、売れなければ値下げせざるを得なくなるでしょ。スーパーで売れ残った1000円(割高)のお弁当が、半額(割安)になった瞬間に売り切れる。これが価格による需給調整機能の一例です。

*2 市場(マーケット)

買い手と売り手が集まって取引が行われる場所。株式市場、為替市場、暗号資産市場など。価格は需要と供給のバランスで決まる。感情や美徳は関係なく利益を追求する場。
■日本人の悪いクセ
【アワタニ】おお、わかりやすい! 廃棄するなら店は原価割れでも売りたいし。
【松田さん】モノの値段とコストをつねに連動させて考える、日本人の悪いクセが出ていますね。たしかに、仕入れ価格やコストも間接的に影響します。

でも市場においてモノの値段は、一義的には需要と供給で決まるものです。よく「売りが多い」とか「買いが多い」なんて言われますが、マーケットにおいて売りと買いの数は同じです。どうして数がぴったり合うかというと、価格が上下するからで。
【アワタニ】数が、ぴったり、合う?
【松田さん】たとえば価格が上がると「ちょっと割高」と思われて、売りたい人が増え買いたい人が減る。価格が下がると「安い!」と思われて、買いたい人が増え売りたい人は減る。いわば、ずっとセリを行っているわけです。閉店間際のスーパーでお弁当が安くなるのは、需要が少ないのに供給が多かったということですから。
■2025年にコメの価格が下がらなかった理由
【アワタニ】つねに価格が上下する、つまり定価がないって考えればいいのか。
【松田さん】日本人はこの需給の考え方がどうも苦手で、モノの値段はコストの積み上げで決まるって考えるクセがあります。2025年にコメの値段が高騰したときも、二言目には「適正価格」だったじゃないですか。「農家の生産コストがいくら」とか「JAの買入価格がいくらだから価格は下げられない」とか。そうしてコストをどう減らすかの議論を、延々とし続けちゃうんです。

【アワタニ】中間業者が暴利をむさぼっているとか、JAが悪いだとかありました。
■価格とコストは基本、関係ない
【松田さん】たしかに主食であるコメは、市場の価格調整機能を邪魔するさまざまな要因があるので、そう単純には言えませんが、基本的に価格は需要と供給で決まります。2024年にコメの価格が上昇した理由は「猛暑による不作(供給減)」「インバウンドによる消費量増加(需要増)」でしたから、備蓄米の放出(供給増)で価格は一定程度下がりました。
【アワタニ】ああ、そうでしたね。
【松田さん】でも減反(*3)で供給を絞ろうとしたり、おこめ券で需要を下支えしようとしたりすれば、それらを見越して価格は上がります。非常にシンプルな話なんですが、ここにコストを持ち込むと、とたんにわかりにくくなる。
【アワタニ】でも、値ごろ感のあるものをつくって原価を切り詰めるのはビジネスの常識ですよね。だって人は、お得なモノしか買わないじゃないですか。あ、これが「日本人は需給で価格が決まることが苦手」の正体?
■日本人の大部分が「適正価格信者」
【松田さん】日本人の大部分が「適正価格信者」ですから。ただ、通貨とか金融商品にまで、その考え方を持ち込むのは違いますと言いたいだけですよ。繰り返しになりますが、マーケットでの価格は需要と供給で決まります。米騒動でも「なんで上がった」と入口と出口をひっくり返してみたら、供給が減っただけでした。
2024年は予想に誤りがあって「じつは不作だった」と、政府がのちに認めていたくらいですし。

*3 減反

日本で1970年代以降実施された米の生産調整政策。過剰生産を防ぐため、田んぼの一部で米以外の作物を作付けさせる(転作)制度。2018年に廃止され市場原理に基づく生産に。
■ラーメン1杯1000円を超えるな
【松田さん】こうした、日本人が陥りがちな「モノの値段は投入したコストで決まるべきだ」という考え方も、じつは立派な経済理論で「労働価値説(*4)」と呼ばれています。コストを積み上げた「適正価格」を、はるかに上回る価格で売るのは「儲けすぎ(超過利潤)でけしからん!」って。
【アワタニ】「ラーメン1杯1000円を超えるな」とか。
【松田さん】そうそう、まさに昔のソ連や中国などが一生懸命やろうとして、ことごく失敗したやり方で、いわゆるマルクス経済学(*5)の考え方ですね。
【アワタニ】なんで失敗したんですか。
【松田さん】「コストから算出した適正価格で売りなさい」って決められたら、コスパ最高で行列が途切れない店ができたり、「なんか高い」とか言われて商品が大量に余ったりを繰り返しちゃうからです。計画経済(*6)などと言って政府が需要と供給をコントロールしようとしても結局、うまくいかない。価格変動による需給調整機能が働かず、非効率になりすぎたから市場経済との競争に負けたのです。
■日本人が間違えてはいけないこと
【アワタニ】まあ、選んでお金を出すのは消費者ですものね。
【松田さん】それ以上に「超過利潤」などと言って儲けることが悪のようになると、誰も頑張っていいものをつくったり儲けようとしたりせず、サボってばかりになったという面も強いですが。
【アワタニ】ダメな人が量産されたのか。なかなかポンコツな感じの理論ですね……。
【松田さん】そうは言いますけど、一本筋が通っていて日本人には比較的しっくりくる考え方なんですよ。だから「ラーメン1杯1000円を超えるな」が定着していたわけで。
【アワタニ】たしかに……。
【松田さん】話を戻すと、コメの場合は主食だから「買わなきゃいいじゃん」とはなりません。でも価格がどんどん上がったら、ラーメンやソバを食べたり、パンを食べたりするようになって需要が減り、需要と供給が釣り合うところで価格が安定するのが本来のしくみです。あまり杓子定規に原理原則で語れない難しさもありますが、基本はそうなんです。日本人は、ここをすぐ間違えちゃうんで。

*4 労働価値説

商品の価値は、それを作るのに必要な労働量で決まるという考え方。マルクスが提唱した経済理論の基礎概念。現代の主流経済学では需要と供給で価格が決まるとされる。

*5 マルクス経済学

カール・マルクスが提唱した経済学。資本主義の矛盾を分析し、労働者による革命と社会主義への移行を主張した。日本では戦後、大学で広く教えられていた。

*6 計画経済

国が経済活動を計画的に管理するしくみ。社会主義国家で採用された。政府が生産量や価格を決める。ソ連や中国で実施されたが、効率性の問題から多くの国が市場経済に移行した。
■行列ができる飲食店の間違いとは?
【アワタニ】そんなにパキッと「価格は需要で決まる」って言われると、日本の生産者とか小売店とかの企業努力が無視されたようで、あんまりいい気持ちはしないなぁ。
【松田さん】ほら、さっきは「労働価値説はポンコツ」って言っておきながら、もう「企業努力」と言い始めてるでしょう。企業努力って「コストを大きく上回る儲けすぎはけしからん」という考え方ですよ。よく、行列ができる飲食店が素晴らしいなどと言われますよね。この物価高の時代に価格据え置き、利益度外視でお客さんの笑顔が見たいから頑張ってるんです、って。でも、マーケットの視点では、需給ギャップが発生しているので、ミスプライスしていることになるんです。
【アワタニ】値段のつけ方を間違えている、と。価格がある程度決まっていたら誰かが割りを食って利益を取れなかった可能性があるし、それは市場からすると不自然という考え方ですね。日本の100円ショップや1000円カットのクオリティーの高さに外国人が驚く理由が、わかった気がします。
■お値段据え置きは美徳ではない
【松田さん】もちろん自分がオーナーであり従業員でもある場合、目的は長く続けることだから価格は据え置きでいい、って考え方もアリです。でも、もしオーナーが別にいたら「早く値上げして利益を出して、配当しろ」となるのが市場原理でして。こんな行列ができていて1500円でも売れるなら値上げしろ、価格の最適化ができていないぞ、となります。
【アワタニ】お値段据え置きは美徳ではないのかなぁ。
【松田さん】モノの値段はコストで決まるから暴利をむさぼるのは道徳的でない、という感覚が深く根づいている人にとっては美徳となるのでしょう。
【アワタニ】僕、完全にそっち派でした。
【松田さん】あ、もしかしたらこれも関係しているかな。私が大学の経済学部にいたころは、マルクス経済学と近代経済学(*7)って半々くらいの履修だったんですよ。教授の人数は「マル経」のほうが多かったんじゃないかな。
【アワタニ】えっ、そうなんですか。東大の経済学部では社会主義的な考え方の授業が経済学の半分もあったってこと?

*7 近代経済学

需要と供給、市場メカニズムを重視する現代の主流経済学。マルクス経済学と対比される。数学的モデルを多用し、資本主義経済の分析に重点を置く。
■日本の教育が影響している?
【松田さん】日銀総裁になった植田和男さんなんて、数少ない「近経」の人でしたから。きちんと調べたわけではないですが、京大はさらに「マル経」が多かった印象です。そういう部分もあって「マル経」的な考え方は日本人に結構、腹落ちしやすいのかもしれません。
【アワタニ】大手上場企業、総合商社やマスコミ、金融や通信とかのエリート層に人材を送り込んできた東大も京大も……。不思議な感じがします。
【松田さん】もしかしたら影響しているのかも、って思いました。
【アワタニ】そんなの考えたこともなかったです。東大で半々かぁ。
【松田さん】いまは違うでしょうが当時は経済原論A・Bというのがあって、マル経・近経を両方やらないと卒業できないんですよ。僕らの世代は全員、まあ僕なんかはぜんぜん勉強しなかったですが、だいたいの人はあれを勉強して卒業しますから。
【アワタニ】その人たちがいま、一流企業の部長や役員として社会の上層にいるわけですよね。なんなら日本中にいるでしょうから。
【松田さん】そういうのも多少、日本人のメンタリズムに影響しているかも、なんて気もします。私の上の世代も同様の教育を受け続けたはずなんで。ビットコインも、ひと昔前は「根源的価値(*8)とは」といった議論がさかんだったくらいで。
【アワタニ】出ましたね、しんどい言い回し。
【松田さん】「ビットコインの根源的価値は何か」という議論になると、コストについて語り始めがちで。投入された電力だとか使っているコンピュータとか機械だとか、さらにネットワークの価値だとか、もう何の話をしているかよくわからなくなるんですよね。投入コストから価格を求めようとした時点で、すでに間違っている。ビットコインの価格は市場で決まりますから。

*8 根源的価値

あるモノが本質的に持つ価値のこと。たとえば金(ゴールド)は工業用途があるため、根源的価値があるとされる。

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松田 康生(まつだ・やすお)

楽天ウォレット株式会社 シニアアナリスト

東京大学経済学部で国際通貨体制を専攻。三菱UFJ銀行・ドイツ銀行グループで為替・債券のセールス・トレーディング業務に従事。2018年より暗号資産交換業者で暗号資産市場の分析・予想に従事、2021年のピーク800万円や2024年末の1550万円をほぼ的中させる。2022年1月より現職。

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(楽天ウォレット株式会社 シニアアナリスト 松田 康生)

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