1981年4月23日に登場した初代タイガーマスクがこの日、デビューから45年目を迎えた。
新日本プロレスの佐山サトルが虎のマスクをかぶったタイガーマスクは45年前のこの日、蔵前国技館でのダイナマイト・キッド戦で登場。
佐山が主宰する「ストロングスタイルプロレス」(SSPW)は28日に後楽園ホールでデビュー45周年記念イベント「THE FIRST TIGER MASK 45th Anniversary」を開催する。記念大会を前に佐山がオフィシャルのインタビューに応じ、タイガーマスクを回想した。
「長い濃い45年だったかもしれませんね。その間にいろんな人がかかわってくれて、自分を育ててくれた。もちろんファンの皆さんのおかげが一番大きいです。ここまでずっとファンを続けてくれるというのはすごいこと、それはホントに感謝したいです。
自分が新たな道に進もうとする時もタイガーマスクを信じてずっとファンでいてくれた。だからこそプロレス、格闘技、そして武道、これからの残された時間、全速力で、全力で創っていきたいと思います。(団体旗揚げからの)この21年間、あるいは45年間、何を動いていたのかを成果にできるように、だんだんまとまってきているので」
プロレスと格闘技の構想を明かした。
「プロレスに関しても、新しい道場ができるので基本に沿ったプロレスラーを。自分を育ててくれた新日本プロレスの土壌がありますから、その土壌のなかで選手を育てていきたいし、現代のようにいい試合をしてもらいたい。
総合のほうも、僕が思った技術と違うところがあるので、そこらもまとめていきたいですね。例えばタックルにしても、入り方、あるいはタイミングによってぜんぜん変わってくる。そういうことも教えていきたいし、もっとレスリングの強い選手を育てたいですね」
根底に流れるのは武道の心だった。
「修斗の時、(国技である)相撲みたいなものを創りたかったんです。語弊があるかもしれませんが、ルールなら誰でも作れる。それでは足りないな、というところが絶対的にあったので。
僕の生い立ちを振り返ると、幼少期、おばあちゃん子だったんです。そのおばあちゃんが相当保守的で、それを自分に教えてくれたんですね。侍の家系でもあったので、父親も礼儀作法や挨拶にとにかく厳しくする人だったんです。父は1年間、兵隊に連れていかれて、2年半抑留された満州帰りで、新間さんの親父さんと似てるんです。(そんな父は)中道の人だったので保守的な考えとか忘れちゃってたんですけど、山口県立水産高校という学校がすごい保守のところだったので。
改めてプロレスにあこがれを抱いた幼少期を明かした。
「あれは小学校ぐらいだったと思いますが、最初はミル・マスカルスから始まって、ドリー・ファンクJr、ビル・ロビンソン、もちろんアントニオ猪木が筆頭になりますけど、猪木イズム、一番惹かれたのは『プロレスに市民権を』という言葉でした」
新日本プロレスに入門後の思いも語った。
「理想通りのこともあれば、理想通りにいかなかったこともある。両方ありました。それは一生言いませんけどね。『プロレスに市民権を』と掲げた以上、強くなければいけないし、それだけのことをやっていかなければいけない。そして、それだけのことをアントニオ猪木はやっていました。
メキシコ、英国など海外武者時代を回想した。
「海外遠征に関して言うと、海外に行ったら自分を売り込まないといけない。やりたくないこともやらなくてはいけないし、やろうとしていることも忙し過ぎてできない時がある。そのなかでも理想があるとするならば、それはピッタリこなしていたところはありますね。海外ではプロモーターに好かれなければ生きていけない世界ですから。そのなかでプロレスの技も磨いてきたつもりですし。その動きが皆さんのニーズにあったかもしれないですね」
そして、衝撃のデビュー。45年前の闘いをこう振り返った。
「自分としてはいい試合じゃなかったと思ってます。あ、いい試合だったのかと思っただけで。自分としては体が動いていないし。悔しいから、(初陣以降は)あれ以上の試合をしようと心に決めましたね。
一方でプロデュースした新間寿氏は絶賛した。
「新間さんは喜んでくれてましたね。あの目が忘れられないです」
2年4か月の闘いは日本中を熱くさせた。しかし、佐山自身は違う感情があった。
「充実感というのはなかったですね。ストロングプロレスを標ぼうしている新日本プロレスがこんなことやってていいのかなと。この様なマスクをかぶってていいのかなという気持ちが最後までありましたね。ストロングスタイルはダイナマイトマイト(・キッド)、小林邦昭さん、ブラック・タイガー等との試合で非常に見せられましたね」
今も語り継がれる伝説の連続をこう振り返った。
「やっぱり僕のスタイル、動き、駆け引き。これは新日本プロレスの若手であった3年間、その時の練習だとか、その時作ってくれた試合法とか、それが全てだったと思います。決して自分だけの力ではないし、それを作ってくれた新日本プロレス、猪木さん、山本小鉄さん、先輩の皆さんに感謝ですね。
師匠のアントニオ猪木さんとは、90年代後半に「UFO」旗揚げなどで接近した。
「あまりにも近くなり過ぎてしまった時期もありましたが、アントニオ猪木のためにやろうという使命感はありました」
タイガーマスク引退後は、総合格闘技「修斗」を創始した。
「プロレスにはもう復帰しないで、格闘技を創ると。その格闘技は30年後に花開くものだと。それでルールから創っていったわけです」
ルールなど佐山が考案し実践した礎が現在につながる世界の格闘技の基盤となっている。佐山は格闘技の創始者でもある。
「それは自負しています。そういうことをたいした問題だと思うのは過ぎちゃって。やってる時は大変でしたけど。武道を追求する方が大切だなと思う時間の方が長くて」
そして今後を見据えた。
「すごくいい形でやってこれて、これから道場ができてもっと良くなると思います」
28日の記念イベントには新日本プロレス時代の先輩、藤波辰爾、藤原喜明、後輩の前田日明が来場しトークイベントを行う。
「嬉しいですね。
現在の佐山を側面から支えているのがストロングスタイルプロレス代表の平井丈雅氏になる。
「その通りですね。平井あってのストロングスタイルプロレスですから」
そして45年を再び回想し今後を展望した。
「使命感があるのか、ないかといえば、あると言うしかないですね。応援してくれている人がいる限り。本当によく45年間も愛してくれたと思います。その気持ちがすごく大きい。これからの自分の生き様をまだ見せることができるので、そこを絶対裏切らないように。自分自身も裏切るつもりはないですし、立派なタイガーマスクになってみせるし、新武道を作ってみせるし、日本を変えてみせる。密かに僕がこの何十年間も培っている秘密は皆さん知らないだろうし、それがどんなに大きいものかというのをこれからの世界で作っていきたいと思います。それイコール、タイガーマスクでもあるので」
最後に「タイガーマスク」を佐山は表現した。
「まず第一に言えるのは、ファンの夢だということですね。昔、シンクロナイド・スイミングという言い方をしましたが、(水の中で)僕は必死に足をバタバタさせて動いている。そんな45年間があって、皆さんがタイガーマスクを見てくれている。そして、それを作ったのは何回も言うように新日本プロレスの3年間であると。その結晶が皆さんと僕の力になっている。それがタイガーマスクだと思います」



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