スターダム 伊藤麻希インタビュー 前編

 今、世界のプロレス界で最もその一挙手一投足が注目される日本人女子レスラー、それが伊藤麻希だ。アイドルグループ「LinQ」を解雇されるという絶望的な状況を、彼女は「クビ、万歳!」という叫びとともに、レスラーとしての最大の武器へと昇華させた。

 伊藤は、なぜ言葉も通じぬ海外のファンを熱狂させ、SNSで世界トレンド入りを果たすまでの存在になれたのか。幼少期の意外な素顔から、プロレスの道へと導いた髙木三四郎との出会い、そして「伊藤麻希」という虚像と実像の狭間に迫る。

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【スリルを求めるインドア派な少女時代】

――小さい頃はどのような子供だったのでしょうか?

伊藤:いきなりですね(笑)。子供の頃は、自分のことが大好きでしたよ。そこは今とまったく変わっていないですね。

――性格はインドア派でしたか? それともアウトドア派?

伊藤:完全にインドア派です。お絵描きがすごく好きで、漫画もたくさん描いていました。

――伊藤選手がプロデュースしているTシャツのイラストなども、ご自身で描かれているのですか?

伊藤:あ、それは違います。プロの方にお金を払ってお願いしています。そこはビジネスですから(笑)。

――失礼しました(笑)。インドア派だったとのことですが、外で活発に遊ぶことはなかったのでしょうか。

伊藤:もちろん体は動かしていましたよ。

学校で鬼ごっこをしたり。ただ、外で普通に遊ぶのは面白くないんです。鬼ごっこも校内のほうがよかった。学校の廊下って走っちゃいけないじゃないですか。その「走ったら怒られるかもしれない」というプレッシャーのなかでやる鬼ごっこが、たまらなく好きだったんですよ。

――スリルを求める姿勢は、今のプロレスにも通じるところがありますね。

伊藤:そうですね。「やっちゃいけない」と言われることほど、やりたくなります。

【HKT48のオーディションに落ちて「本当に見る目がないな」】

――高校時代の2011年に、アイドルグループ「LinQ」に参加することになりますが、その経緯を教えてください。

伊藤:私は小さい頃から、母親に「かわいい、かわいい」と言われて育てられてきたので、「自分は特別な人物になる」と思って生きてきたんです。具体的には、「私は浜崎あゆみになる」と本気で信じていました。

 だから、有名人になるという目標はずっと持っていたんですが、LinQに入るまでには紆余曲折があったんです。自分を「特別でかわいい」と思って生きていると、やっぱり周囲からは浮いてしまう。

結果として、すごくイジメられました。

――それはつらい経験ですね......。

伊藤:いえ、そのイジメこそが、私を引き立ててくれるスパイスなんですよ。自分を強くさせてくれるし、「私はほかの人とは違う、特別な存在なんだ」という意識をさらに強固にしてくれました。イジメられることで、逆に気持ちよくなる。ずっとそんな感覚がありました。

――すさまじい自己肯定感ですね。

伊藤:高校1年生の時にHKT48ができたんですよ。それで「私は絶対HKTに入るだろう」と自信満々で応募したのですが、書類選考で落ちました。その時は「本当に見る目がないな」と思いました。

――そこで折れなかったのが伊藤選手らしいです。

伊藤:さすがに少し落ち込みましたけどね。

ちょうどその頃、LinQが第2期オーディションのビラ配りをしていたんです。HKTのオーディションに落ちた直後だったので、「これが、私のセンターになれる最後のチャンスだ」と思って応募したら、受かったんです。

【髙木三四郎からの勧誘と、両国国技館で響いた"イトウ・コール"】

――当時のLinQは地元・福岡を中心に勢いがありましたね。

伊藤:カバー曲ではなく自分たちのオリジナル楽曲もありましたし、楽曲もクオリティが高い「メジャーに近いローカルアイドル」という立ち位置でした。かなり珍しい存在だったと思います。

――そんなアイドル活動中の2013年8月、DDT両国国技館大会に出演することになります。プロレスとの最初の接点ですね。

伊藤:LinQに入った時、私は「当然センターになれる」と思っていました。でも、現実は端っこ。「大人の見る目がないなら、自分からセンターに行ってやる。誰よりも目立ってやる」という作戦に出たんです。SNSで炎上すれすれの投稿をして人目を引こうとしました。

 そこに食いついたのが髙木三四郎だったんです。

「お前、プロレスラーに向いてるよ」と言われました。それで、両国大会にアイドルとして参加したのですが、気づけば場外乱闘に巻き込まれていました。

――プロレスを本格的にやろうという気持ちはあったんですか?

伊藤:まったくなかったです。私の夢は「ソロアイドルとして売れること」だったので、両国の場外でやり合っていても、自分のなかでは「アイドルの仕事」だと思っていました。ただ、アドリブで髙木三四郎に放ったヘッドバットが、予想外の反応を呼んだんです。

 当時歌っていた200人規模のホールでは、私の歌声では誰も盛り上がらなかったのに、私のヘッドバットを見た両国国技館の8500人のお客さんが"イトウ・コール"を送ってくれたんですよ。あの時の快感は忘れられません。「私はプロレスに向いているのかもしれない」と思い始めたのは、あの瞬間ですね。

【3年間の葛藤の末に飛び込んだプロレス界で覚醒】

――本格的なプロレスデビューは2016年(東京女子プロレス)と、そこから約3年かかりました。

伊藤:覚悟が決まらなかったんです。「アイドルで売れたい」という夢を捨てきれなかったし、何より「私みたいな可愛い子がプロレスなんてやるべきじゃない」と、どこかで思っていましたから(笑)。プロレスの興行には「たまにゲスト参戦して、美味しいところを持っていくのが一番いい」という甘えもありました。

――そこから、デビューを決意した理由は?

伊藤:「自分はアイドルとしては売れないんだ」と悟ったんです。3年かけて気づいてしまった。だったら、「プロレスラーとしてひと皮むけたい」とリングに上がりました。

――デビュー当初から「伊藤リスペクト軍団」を結成し、新人らしからぬ振る舞いをしていましたね。

伊藤:新人からコツコツ上がっていくなんて、私には向いていません。最初から私がリーダーでいい。カリスマ性というのは、持って生まれたものですからね(笑)。

――2017年にLinQを解雇されますが、その直後の試合で初勝利を挙げ、「クビ、万歳!」と叫びました。ネガティブをポジティブに変換するパワーはどこからくるのでしょうか?

伊藤:純粋に「ニュースのネタになるから」という計算です。私にとって、「伊藤麻希」というレスラーと「私」は別物なんです。

――矢沢永吉さんの「俺はいいけど、YAZAWAがなんて言うかな」という思考に近いですね。

伊藤:あっ、その気持ち、すごくよくわかります。

「私はいいけど、プロレスラー・伊藤麻希はどうかな?」って。その視点があったから、負け続けてもクビになっても、それを自身のプロモーションとして使い続けることができたんだと思います。

(後編:伊藤麻希が語るスターダムでの野望「引退するまでに、すべての物語を完成させる」>>)

【プロフィール】

伊藤麻希(いとう・まき)

1995年7月22日生まれ、福岡県出身。2011年、アイドルグループ「LinQ」の2期生としてデビュー。「世界一かわいい」というキャラクターとSNSでの破天荒な発言で注目を集める。2016年にプロレスラーデビュー。2017年のLinQクビ以降、自らを「クビドル」と称し、逆境を糧にカリスマ性を爆発させた。2019年のアメリカ遠征を機に「ツインテールの女の子が中指を立てるスタイル」が現地ファンに熱狂的に支持され、AEWやGCWなど世界のメジャー・インディー団体で活躍。ニック・ゲージとのタッグ「Maki Death Kill」としてカルト的な人気を博し、GCWエクストリーム王座を300日以上にわたり保持した。2025年8月、東京女子プロレスを卒業し、2026年1月からスターダム所属。現在は「伊藤リスペクト軍団」を率い、世界の頂点を見据えている。

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