なぜ日高屋はラーメン1杯390円の価格設定を続けてきて儲かったのか。ハイデイ日高は2003年に上場時の主力形態の「ラーメン館」を全て「日高屋」に切り替えると、2004年2月期の決算で売上高102億3400万円、営業利益10億2700万円とV字回復を果たす。
当時の状況をハイデイ日高代表取締役会長の神田正さんは「あの時は本当に勝負だった。会社が大きく成長する一つの転換点になった」と振り返る――。
※本稿は、神田正『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(日本実業出版社)の一部を再編集したものです。
■全役員の反対を押し切り「390円」に決断
日高屋(ハイデイ日高)創業者兼会長の神田正の最大の功績といえるのが、大宮の「ラーメン館」で1杯480円(税別)で売っていたラーメンを、2002年(平成14年)6月、中華そば「日高屋」1号店の新宿東口店で、「390円(税別)」で売ったことだ。神田は全役員の反対を押し切りそのように決断した。
神田が「生ビール1杯、餃子1皿、ラーメン1杯で、1000円でお釣りがくる」という、大ヒット施策を打ち出した。日高屋を昭和の屋台ラーメンの再来であるかのように売り出した。
神田が何よりもすごいのは2024年(令和6年)12月に原材料の高騰や水道光熱費、運送費等の店舗運営コストの上昇をうけて30円値上げし420円(税込)にするまで、22年間、ラーメン390円の価格を守り通したことである。
「お客様が喜ぶ価格が正しい」

「利益は後からついてくる」

「日高屋が出店すればいいな!」

「日高屋があってよかった!」
このような価格設定がうけて、中華そば「日高屋」新宿東口店は大いに繁盛した。「日高屋」が鳴かず飛ばずでヒットしなければ、ハイデイ日高の前途は非常に厳しかった。
■常識の逆をいく「価格戦略」
神田は「すごい哲学があって、日高屋に変えたわけではない」と謙遜するが、土壇場に追い込まれると不思議に力を発揮するタイプである。
ハイデイ日高は、神田が低価格ラーメンの「日高屋」を開発、投入したことで一時的に赤字にはなったが、客数が回復し息を吹き返した。
中華そば「日高屋」のネーミングが大衆に受け入れられたのは確かである。
神田はこの機を逃さずに「日高屋」のブランドを広めるために、コーポレート・アイデンティティ(CI)を導入した。
ハイデイ日高の企業理念や事業内容、行動指針などについて、ロゴやメッセージを通して市場に認知させる企業戦略をとった。この際、神田は、これまでの店の看板の総取り換えに踏み切った。
■会社が大きく成長する一つの転換点に
神田が命名した、中華そば「日高屋」(ハイデイ日高)は、2002年(平成14年)6月に1号店の「日高屋」新宿東口店が開店、大成功すると、2002年12月までの間に「ラーメン館」を一気に「日高屋」に業態転換し、「日高屋」として新たに店舗展開をした。
2002年(平成14年)12月には「日高屋」六本木店を開店、これによって総店舗数100店舗を達成した。
したがって2003年(平成15年)には「ラーメン館」は全て「日高屋」に切り替わり、廃止された。このように上場時の主力業態の「ラーメン館」が廃棄されて、新ブランド「日高屋」が主力業態にのし上がるというケースは、株式市場では前例がなかったのではないかといわれている。
「日高屋」の効果でハイデイ日高は2004年(平成16年)2月期の決算で売上高102億3400万円(対前年4.8%増)、営業利益10億2700万円(同64.8%増)とV字回復を果たした。
「あの時は本当に勝負だった。もう、自分の命がかかっていたからね。あの決算で、これで大丈夫だ、やっていけると確信した。
会社が大きく成長する一つの転換点になった」(神田)
■中華そば「日高屋」から中華食堂「日高屋」へ
神田はこの時期、埼玉のローカルチェーンとして展開してきた「来来軒」のメニューを選別、マニュアル化して、新業態の中華そば「日高屋」にどう移植するかという試行錯誤を繰り返していた。
「来来軒」はビールなどアルコール類がよく売れた。そのメニューをマニュアル化して中華そば「日高屋」に移し変えた。
こうして2003年(平成15年)10月、中華食堂「日高屋」の1号店・浦和常盤店を開店した。2002年(平成14年)6月に新宿に開店した中華そば「日高屋」が誕生してから1年4カ月後に、「来来軒」と「ラーメン館」を折衷・融合した【中華食堂「日高屋」】が誕生したのである。
■「コスト戦略」の要の行田工場が稼働
中華食堂「日高屋」が生まれた翌年の2004年(平成16年)には、待望のセントラルキッチン「行田工場」(埼玉県行田市工業団地、3200坪)が仮オープンした。翌2005年(平成17年)2月から本格的に稼働した。
この行田工場は2013年(平成25年)には敷地面積が約2倍の6650坪に拡大、現在、麺ライン1日18万食、餃子1日53万個を生産している。食材調達、製造(加工・調理)、物流という3つの機能を一体化したハイブリッド工場である。600店舗体制に対応できる安全・高品質の最先端工場である。
行田工場の多くの食材は「ポーション化」(料理や食材を1人前ずつに切り分けること)されている。
例えば、カット野菜の「たっぷり野菜タンメン」(350グラム)は誰が調理しても料理の量や味が一定になるようにマニュアル化されている。
餃子もポーション化されていて、店では全自動の餃子焼き機に載せれば、6分間ででき上がる仕組みである。
行田工場は麺・スープ・餃子・野菜など主要食材を集中製造、当日加工・当日配送の高速オペレーションで運営されている。大量生産・大量販売によって“コスト削減”を徹底している。
現在、行田工場は、熱烈中華食堂「日高屋」の「低価格+安定品質」のビジネスモデルを支える縁の下の力持ちになっている。
現在店舗の厨房はイタリアンファミリーレストランのサイゼリヤのように、包丁レスで、フレンド社員(パートやアルバイト)が調理を担当していることが多い。

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神田 正(かんだ・ただし)

ハイデイ日高代表取締役会長

1941年生まれ。73年に大宮市(現:さいたま市)内にラーメン店「来々軒」を開店。78年に日高商事(現:ハイデイ日高)を設立、代表取締役社長に就任。2009年から現職。

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(ハイデイ日高代表取締役会長 神田 正)
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