SNSでの偽・誤情報の投稿・拡散が止まらない。作家・批評家の物江潤さんは「人々はそれらを信じることでかけがえのない利益を得ている」という。
どういうことか。著書『SNSと交換様式 しらけるという倫理にむけて』(春秋社)をもとに、解説する――。
■SNS上でデマが拡散すると“利益”になる
度重なる注意喚起にもかかわらず、SNS上のデマの拡散が収まる気配がない。
京都府で起きた痛ましい児童遺棄事件では「加害者は中国籍の男性だ」というデマが盛んに飛び交い、4月20日に三陸沖で起きたM7.7の地震においても「人工地震が起きた」という主張が散見された。
こうしたデマが止まない原因は、メディアリテラシーの不足にあるとする指摘は多い。または、注目が金になるという現象、すなわちアテンション・エコノミーの弊害だとする主張もよく聞こえてくる。いずれも妥当な指摘だろう。
しかし、原因は他にもある。なぜならば、デマやフェイクニュースを信じることそのものが、非常に大きな利益をもたらすからだ。人々はそれらを信じることで「人生の目的」や「仲間との連帯」といった、かけがえのない利益を得ているのである。反対にいえば、信じることをやめた途端、これらの大切なものを失うことになる。
■「哲学のノーベル賞」の理論で読み解く
メディアリテラシーの不足を原因とする見方は、情報を提供する側と受け取る側という、一方向的な図式から見えてくるものだ。
しかし、それだけでは本質を捉え損ねる。ここには、互いにモノとモノを交換するという、双方向的な関係性がある。
つまり、デマを含んだ暴論・極論を提供する側は「金銭的な利益」や「承認」を獲得し、それを信じる側は「人生の目的」や「仲間との連帯」を受け取るという「交換」が成立しているのである。
こうした交換のあり様を考えるうえで示唆的なのが、哲学者・柄谷行人氏の交換様式論だ。哲学のノーベル賞ともいわれるバーグルエン哲学・文化賞を柄谷氏が受賞したことが示唆するように、交換様式論は大変にユニークかつ可能性に満ちた論だ。本来、「交換」に注目して世界を読み解くものであるが、SNSもまた過剰な交換がなされる社会である以上、十分に応用可能だと考える。
以下、その応用のために、筆者が再解釈・再整理した交換様式論および、実際に応用を試みた新刊『SNSと交換様式 しらけるという倫理にむけて』(春秋社)をもとにし、複雑な同論のごく一部を可能な限りかみ砕きながら記述していきたい。
■社会の欠陥を国民が補修している
さて、国家と国民の関係性は、どのように捉えるのが適切だろうか。
ある人は支配―被支配の関係を見るかもしれないし、また他の人は国民こそが主であるべきという関係性を見て取るかもしれない。
しかし、両者の関係は、互恵的に見える交換により成立していると見なせる。国民は法に従う(服従する)代わりに、国家はインフラや福祉を提供し保護を受けるという交換だ。互いに利益を得ているからこそ、この関係性は強固になる。

ただし、この互恵的に見える関係性には、多くの矛盾や欠陥がある。圧政により国民が苦しい生活を強いられている場合や、そもそも国家が国民を保護する力を持たないケースなど、その具体的な例は様々に考えられる。そしてそのいずれもが、国家を崩壊に導く一因になる。
そもそも、どのような社会においても、こうした矛盾や欠陥はつきものだ。不可避的に生じてしまうことは論を俟たない。が、それらを人々(国民)が自ら補修してしまうという不思議なことがあるのだ。
■インフルエンサー=国王
たとえば、国家がヨブ記に登場するリヴァイアサンのような畏怖すべき存在として、国民の内面(心の中)に立ち現れたらどうだろうか。
畏怖すべき存在に対し、人々は自ら服従するに違いない。そればかりか、他国に対抗しえないはずの武力は実力以上に強大なものと錯覚されたり、不可解な振る舞いはうかがい知れない深謀遠慮の結果として解釈されたりすることで、たちまち矛盾や欠陥は覆い隠されてしまうだろう。
違った見方をすれば、こうしたリヴァイアサンのような存在が人々に内面化されてはじめて国家―国民の関係性および社会は安定し、そうでない場合は早晩、瓦解する運命にある。
こうした現象は、SNSにおいても同様だ。まるで国王のように振る舞うインフルエンサーが、無数のデマを含んだ極論・暴論を発する。
その論のなかには巨悪とされる敵がおり、ユーザー(国民)たちは使命感を持って攻撃の限りを尽くし炎上を起こす。
インフルエンサーはエンゲージメント(コメント、いいね、リツイートなどの行動から算出される、ユーザーの反応の程度を示す指標)という名の利益を得る一方、ユーザーたちは正義の物語に奉仕するという「人生の目的」や共に戦う仲間との「連帯」を獲得するのである。
仮にデマであるという指摘がなされたとしても、インフルエンサーがリヴァイアサンのような畏怖すべき存在となっていれば、先述と同様の理由によりその矛盾は覆い隠されてしまう。
■矛盾は簡単には認められない
たとえば、インフルエンサー(偉大な国王)が「デマだとする指摘はフェイクニュースだ」と発したり、デマを真実に書き換える陰謀論を唱えたりすればよい。忠実な臣民たるユーザーたちは、それらを素直に信じるだろう。
幾度となくデマや過ちを指摘され、無数の矛盾が露呈したSNS上のコミュニティ(社会)が存続し続けるという現象を、不可解に思うかもしれない。しかし、むしろそれは逆である。明白な矛盾が生じても、それを覆い隠してしまうリヴァイアサンのような存在が内面化しているからこそ、この社会は強い。
また新たな矛盾や欠陥が生じても、たちまちユーザー自らが補修してしまうだろう。そもそも、補修できず社会が崩壊した途端、「人生の目的」や「連帯」を失うのだから、そう簡単に過ちを認められるはずがない。
それでは、こうしたSNSに潜む罠からどうやって身を守ればよいのだろうか。解決策は、実はSNSの中ではなく、その外にある煩わしい「日常」にある。

■SNSに夢中になるワケ
夏目漱石の『草枕』の冒頭には、あまりにも有名な人の世に対する慨嘆が記されている。「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」という嘆きは、現代においても健在だ。
現実社会は、SNS上のように正義/悪が明瞭に分かれる、白黒がはっきりした場所ではない。至るところに摩擦や矛盾を抱えた、どこまでも「住みにくい」場所だ。
だからこそ、私たちはSNSが差し出す誘惑に、容易に魅了されてしまう。そこには漱石が描いたような「住みにくさ」をもたらす煩わしさがないからだ。自分と価値観を同じくする極めて同質性の高い人々が、共通の正義の下に一致団結し、しかもリヴァイアサンたるインフルエンサーが不都合な矛盾をすべて即座に覆い隠してくれる。
その閉ざされた社会は、一見すると不完全な人間関係に満ちた現実世界よりも、はるかに住みやすく、清々しいユートピアのようにさえ感じられる。この強烈な誘惑は、決して他人事ではなく、執筆している私自身を含めたあらゆる現代人に等しく向けられている。

■「かけがえのないもの」は簡単には見つからない
しかし、その「住みやすさ」は、恐ろしい罠を孕んでいる。
インフルエンサーが畏怖すべきリヴァイアサンなどではなく、ただの凡庸な人間や、単なる迷惑者に過ぎないと気づいた途端、たちまち魔法は解け、隠蔽されていた無数の矛盾が一気に噴出するからだ。その瞬間、信じていた「人生の目的」も「連帯」も、すべてが突如として消え去ってしまう。
仮にSNSの世界に熱狂するあまり、身近な社会関係・人間関係をないがしろにしていれば、現実にあったはずの目的や連帯もまた喪失してしまうだろう。
サン=テグジュペリの名作『星の王子さま』には「君のバラをかけがえのないものにしたのは、君が、バラのために費やした時間だったんだ」という印象的な言葉がある。漱石が説く「住みにくい人の世」もまた、面倒ではあるが、多くの時間を費やさなくては「かけがえのないもの」は見つからないようだ。
その「費やす時間」とは、決して美しい対話を指すのではない。インフルエンサーへの服従や、アルゴリズムに急かされた正義の熱狂から意図的に身を引き、目の前にある「現実の摩擦」を引き受けながら、徐々に解消していくという時間のことだ。
■「無賃労働」を提供している
白黒のつかない曖昧な人間関係に耐え、折り合いをつけながら現実のコミュニティに留まり続けること。それは、SNSの閉ざされたユートピアで即席の連帯を得ることに比べれば、ひどく非効率で、はるかに長い道のりになる。しかし、その摩擦に耐え続ければ、幻影のリヴァイアサン(インフルエンサー)にすがる必要はなくなる。
一時の心地よさや偽りの連帯のために、自分自身の人生という大切な時間を、SNSというシステムに明け渡すべきではない。
その連帯がもたらす熱狂はエンゲージメントと化し、プラットフォーマーやインフルエンサーの利益に変換されているだけだ。いわば、彼らの経済的な利益のために、人々は熱狂させられているのである。
「偽りの熱狂や連帯」と引き換えに「無賃労働」を提供するという交換の不当さに気づければ、そこから降りるのは難しくないはず。SNS上で自分は誰に何を差し出し、そして何を得ているのかを冷静に見つめなおすことで、SNSの罠やデマから身を守ることができるのだ。

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物江 潤(ものえ・じゅん)

作家・批評家

1985年福島県生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、東北電力、松下政経塾を経て、政治・社会・教育などについて執筆活動を続けている。著書に『空気が支配する国』(新潮新書)『入試改革はなぜ狂って見えるか』(ちくま新書)『現代人を救うアンパンマンの哲学』(朝日新書)など。近著に、尾崎行雄記念財団「咢堂ブックオブザイヤー2025」選挙部門大賞を受賞した『SNS選挙という罠』(平凡社新書)がある。

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(作家・批評家 物江 潤)
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