休まず働くことを美徳にしがちな日本人が見習いたい国はどこか。フォトジャーナリストの乾祐綺氏は「ヨーロッパには、仲間と談笑しながらランチ休憩を1時間とり、さらに1日4回はコーヒー休憩をとるのにGDP成長率が日本の倍以上の国がある。
ここには“日本人が見落としているもの”がある」という――。
※本稿は、乾祐綺『西の果てで見つけた ポルトガル人のほどよい生きかた』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■1日に何度も休むのが当たり前の国
ポルトガルで暮らしはじめて驚いたのは、みんな、よく休むということだった。
朝の出勤前にカフェでコーヒー。午前の仕事の途中でも「ちょっとカフェに行こうよ」。昼休みはしっかり1時間。午後3時には甘いものをつまみながら再びコーヒー。夕方になると「一日おつかれ」とでも言うかのように、再びカフェへ。
要するに、一日中休んでいるように見える。でも、これがこの国のリズムなのだ。しかも不思議なことに、ちゃんと社会が回っている。
日本では「休む=サボる」「効率が悪い」と思われがちだ。
でもポルトガルでは「休む=整える」が日常であり、もはや文化になっている。立ち止まることが、もはや次に進むための儀式。
この国の人たちは、時間を区切る感覚に優れている。働くときは働く、話すときは話す、休むときは迷わず休む。それが自然体でできるのがすごい。どんなに忙しそうに見えても、「まずコーヒーを飲んでから考えよう」となる。この“ゆるい効率”が、実は一番の合理性なのかもしれない。
■きちんと休むから人と向き合える
取材でとあるオフィスに行ったときのこと。インタビューに次いで撮影の段になったと思いきや、「コーヒーでも飲もうか?」と取材先のマネージャー。いただいていた取材時間を超えそうだったので、その旨を説明しても、笑顔でカフェに連れて行かれたことがあった。
ポルトガルの人たちは、休むことを罪悪感なしにできる。それどころか、休むことを誇りにしている節さえある。
なぜなら、休むことで“ちゃんと人と関わる”からだ。休憩は関係を温め直す時間。昼に家族や同僚とテーブルを囲む、午後3時に甘いものとビカ(Bica/エスプレッソ)、夕方に「今日もおつかれ」と短い会話。言葉の往復が、日常のストレスを分解していく。
公共空間にもそれが表れる。公園のキオスク(Quiosque/公園内にある小さな売店やカフェ、カフェスタンド)には必ずエスプレッソマシン。海辺の売店でもビカが飲める。都市設計の細部に、いつでも小休止できる仕掛けが点在している。
休む時間が、社会を優しく繋ぐ時間になっている。
街を歩けば、午後3時ごろにはカフェでおじいちゃんたちが集まってトランプをしていたり、子どもを迎えに来た母親がコーヒーを片手におしゃべりしていたりする光景も見慣れたものだ。
それぞれの休みかたが街にある。休むことが生産性を下げるどころか、逆に生活の質を上げるリズムになっているのが、ポルトガルらしい。

■ランチは「人と食べる」のが当たり前
EU労働時間指令(EU加盟国に共通する「労働時間・休息」に関する最低基準を定めた法律)は、週48時間の上限と休息時間(連続11時間)などの枠組みを定め、ポルトガルも適用国だ(ポルトガルは原則として1日8時間・週40時間)。
ランチは1時間前後が都市部の標準で、外食の定食(Prato do dia/プラト・ド・ディア)が手頃で迅速なので、“人と食べる”前提の昼休みが維持されやすい。
僕がこの国で好きなのは、人びとが“時間の余白”を大切にしているところだ。コーヒーを飲んで、海を眺めて、ただ風を感じる。それでも一日がちゃんと完結してしまう。日本だと“なにもしない時間”を持つのが難しい。なにかしていないと不安になる。
でもポルトガルでは、なにもしないことが美徳だ。なにもしないことで、人の機嫌がよくなるのを、みんな知っている。
以前、リスボンの友人がこんなことを言った。
「日本人はストレスを溜め込むみたいだけど、ポルトガル人はコーヒーで吐き出すんだよ」
なるほどと思った。エスプレッソの苦味が、ストレスの出口になっているのかもしれない。
一日に何度もコーヒーを飲むのは、単なる習慣ではなく、“心のメンテナンス”なのかも?
■「お酒でやらかす日本人」との違い
自分自身、ポルトガルに暮らして、カフェなどでコーヒーを飲む回数が明らかに増えた。カフェだけでなく、公園にあるキオスク、ベーカリーなど。いずれもちゃんとしたエスプレッソマシーンがあること、そして1杯1ユーロ(約190円)という安さも大きいが、お店やスタンドに1日に7回、立ち寄ったこともある。
実際、自分の身体はどうなのかというと、ストレスはとても少なくなった。甘いもの、カフェでの休憩の効果かどうか。ファクトベースの提示はできないが、毎日「充実していたな」「明日もがんばろう」と思うことが多くなった。
余談だが、日本だと、お酒を飲んで酔っ払って、いろいろやらかしてしまう人がいるけれど、こっちだとそれはあまり見かけない。友人の旦那さんは、「お酒はソーシャルな場でしか飲まない。コミュニケーションの道具だよ」とも言っていた(とはいえ、ポルトガル人は世界でもっともワインを飲む国民でもあるのだが)。
■「ゆっくり行けば、遠くへ行ける」
夕方のカフェ。仕事帰りの人たちが、笑いながら立ち話をしている。子どもたちが横でアイスを食べ、おじいちゃんが新聞を広げている。
その光景を見ているだけで、「休むことは、ちゃんと生きることなんだ」と理解する。
ポルトガルには「Devagar se vai ao longe(デヴァガール・セ・ヴァイ・アオ・ロンジェ)」ということわざがある。直訳すると「ゆっくり行けば、遠くへ行ける」。
焦らないこと、急がないこと。それが、この国の生きかたの基本にある。日本にも「急がば回れ」と言う言葉があるが、最近ではそれとは真逆の「コスパ」や「タイパ」を追っているように見える。
日本が「どう速く進むか」を考える国なら、ポルトガルは「どう気持ちよく進むか」を考える国ではないだろうか。どちらがいいという話ではないけれど、つかれた心には、後者の方がやさしく響く。
「よく休む国=生産性が低い」ではない。休む設計があるから、続けられる――それがこの国の実像だ。

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乾 祐綺(いぬい・ゆうき)

フォトジャーナリスト、編集者、プロジェクトディレクター

ポルトガルと日本を拠点に活動するフォトジャーナリスト、編集者、プロジェクトディレクター。メディアの取材・撮影を通じて、これまで世界約60カ国を巡る。
日本では主に里山に伝承される手仕事や農的暮らしの聞き取り、他方、ポルトガルでは「人生の楽しみかた」をテーマに、同国の奥深い文化や社会活動を多角的に取材・発信。2025年後半にはリスボンで、日本文化の発信基地でもある角打ちバー「Sakaya Lisboa」をオープン。

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(フォトジャーナリスト、編集者、プロジェクトディレクター 乾 祐綺)
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