AIを使いこなすには、どうすればいいか。AI変革コンサルティングを手がけるブリングアウトCEOの中野慧さんは「商談の録音データそのものには価値はない。
そこに『我が社独自の判断基準』というレンズをかざした瞬間、初めて意味が浮かび上がる」という――。
※本稿は、中野慧『生成AIで最強の組織が生まれる トップと現場をつなぐ一次情報経営』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■商談データをAIを通して企業の資源に変える
商談の録音データそのものには、価値はありません。ただの「音声波形」です。議事録のテキストは、ただの「文字の羅列」です。そこに「問い(レンズ)」をかざした瞬間、初めて意味が浮かび上がります。
これまで、この「レンズ」は、現場の担当者個人の頭の中にしかありませんでした。営業は「売れるかどうか」というレンズで商談を見て、開発者は「バグがないか」というレンズで製品を見る。それぞれのレンズで切り取られた一部分だけが、「日報」や「バグ報告書」として切り出され、残りの情報は捨てられていました。
しかし、AI時代のアプローチは違います。「1つの生データ」に対して、複数の「異なるレンズ」を当てることで、捨てられていた情報をすべて資源化するのです。
具体的にどういうことか。
あるIT企業の「60分の商談録音データ」を例に、実際に3つの異なるレンズを通してみましょう。全く同じデータから、いかに異なる「真実」が見えてくるか、その解像度の違いに注目してください。
■3つの「独自のレンズ」で、得られる情報は変わる
ここに、営業担当者が顧客と行った、1時間の商談ログがあります。雑談から始まり、製品デモを行い、価格交渉をして、最後に「検討します」と言われて終わった、ごくありふれた商談です。
これを、単に「要約して」とAIに投げても、浅い答えしか返ってきません。話された議題、お客様の反応、ネクストステップとして合意したこと。確かに一般的な会議の要約の切り口としては間違いではありません。
コンテクストエンジニアリングとは、そこに「我が社独自の判断基準(勝ちパターン・負けパターン)」を実装することです。
具体的に、3つの異なる「独自のレンズ」を通して分析させてみましょう。
■営業部のレンズは「自社の価値パターン」
【レンズA:営業本部の視点】「社内の鉄則」で判定する
・AIへの指示(コンテクスト):
「あなたは当社の営業マネージャーです。以下の『当社独自の3つの撤退基準』に照らし合わせて、この商談を辛口にジャッジしてください。
1.『競合B社』の名前が出たか?(出た場合、勝率は20%下がる)

2.『現場の担当者』だけでなく『役員』の名前が出てきたか?(出てこない案件は、過去9割失注している)

3.顧客が『予算』ではなく『導入時期』を具体的に口にしたか?(時期のない予算話は、当社では『画餅(がへい)』とみなす)
これら3点について、○か×かで判定し、×がある場合は『マネージャー確認』のアラートを出してください」
・AIのアウトプット:判定【即時介入】(撤退基準2つ検知)
1.【競合リスク】:検知あり(危険)
顧客が「B社の機能は……」と発言。
比較されています。
2.【決裁者不在リスク】:検知あり(危険)
担当者レベルの話に終始しており、「部長」「役員」の名前が一度も登場しません。
3.【予算の実効性】:問題なし(クリア)
「来期の4月稼働」という具体的な時期の言及があります。
【結論】
時期は決まっていますが、決裁ルートが見えておらず、かつ競合B社と比較されています。このままでは「機能比較」で負けます。次回、上席を同行させて決裁者に会わなければ、御社の過去の案件の学習結果を踏まえると、この案件は失注の可能性が極めて高くなります。
■製品開発部のレンズは「口にしなかった本音」
【レンズB:製品開発部の視点】「言葉」ではなく「沈黙」を聴く
・AIへの指示(コンテクスト):
「あなたは、UX(ユーザー体験)の専門家です。顧客の言葉そのものではなく、『言葉にならない反応(非言語情報)』に着目してください。デモ中に『3秒以上の沈黙』があった箇所をすべて抽出し、その直前に『どの画面』を見せていたかを特定してください。『沈黙』は、顧客が理解につまずいているか、違和感を持っている証拠です」
・AIのアウトプット:検知された摩擦【在庫管理画面】での沈黙箇所1(18分20秒):5秒間の沈黙
○直前の営業担当者の行動:「在庫の一括登録画面」を見せ、CSVインポートの手順を説明した後。

○その後の顧客の発言:「……なるほど。まあ、慣れれば大丈夫ですかね」
分析:
顧客は「操作が面倒だ」と感じていますが、口では「大丈夫」と遠慮しています。
この5秒の沈黙こそが、UI(ユーザーインターフェース)の敗北です。この機能は、直感的に理解されていません。
■法務・コンプラ部のレンズは「NGワード」
【レンズC:法務・コンプライアンスの視点】「NGワード」の完全検知
・AIへの指示(コンテクスト):
「あなたは、リスク管理の責任者です。以下の『業界法規制に基づくNG ワードリスト』に抵触する発言がないか、厳密に監査してください。文脈がポジティブであっても、以下の言葉を使った時点で『法的にアウト』とみなします。
○『絶対』『100%』『保証します』(断定的判断の提供の禁止)

○『ここだけの話』(インサイダー、特別利益提供の示唆)

○『他社はダメです』( 誹謗(ひぼう)中傷による独禁法抵触リスク)」
・AIのアウトプット:リスク判定【重大なコンプライアンス違反の恐れ】
該当発言(45分10秒):
○営業担当者「この運用で『絶対に』損はさせません。『ここだけの話』、来月にはさらに有利なキャンペーンも始まりますので……」
リスク評価:
金融商品取引法における「断定的判断の提供」および不当な勧誘に該当する可能性が極めて高いです。顧客が喜んでいたとしても、会社としては看過できないリスクです。直ちに担当者を指導し、発言の撤回を行わせる必要があります。
■AIが優秀な社員になるかどうかはあなた次第
いかがでしょうか。
同じ「音声データ」ですが、AIへの指示の解像度が変われば、返ってくる答えの鋭さはここまで変わります。
・営業部長は、「自社の勝ちパターン(競合・役員・時期)」というレンズで、受注確度を見抜きました。


・開発者は、「沈黙」というレンズで、顧客が口にしなかった本音(UIへの不満)を見抜きました。

・法務は、「NGワード」というレンズで、会社の致命的なリスクを見抜きました。
これが、コンテクストエンジニアリングです。単に「この会議の要約を生成して」と言うだけでは、AIは「一般論としての会議要約」の生成しかしません。
「我が社は何を重視し、何をリスクとみなすのか」
その具体的な基準(コンテクスト)を与えたとき初めて、AIはあなたの会社の最強の参謀へと進化するのです。これが、「一次情報を捨てる経営」と「一次情報をしゃぶり尽くす経営」の決定的な差です。
コンテクストエンジニアリングの本質は、AIに要約させることではありません。
自社がこれまで培ってきた示唆をAIにインプットすることによって、「過去最高の新入社員」として24時間365日、自社の知りたい観点に即した分析結果を生成させ続けることにあるのです。

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中野 慧(なかの・けい)

ブリングアウトCEO

東京大学教育学部卒業後、米系戦略コンサルティングファームのベインアンドカンパニーに入社。企業価値最大化のためのプロジェクトを多数経験。その後リクルートでオンライン教育事業のプロデューサーとして、事業戦略企画から実装まで行う。リクルート退社後、スタートアップ企業立ち上げ、日本産業パートナーズのDX顧問を経て、2020年12月にブリングアウトを創業し、現職。


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(ブリングアウトCEO 中野 慧)
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