■安土城「天主」が意味するもの
織田信長が、琵琶湖の東岸に位置する標高198メートルの安土山に、巨大城郭を築くことを命じたのは天正4(1576)年正月だった。これが安土城である。普請の総奉行は丹波長秀だった。
工事は急ピッチで進められ、完成した「天主(てんしゅ)」(城の最上部)に信長が移り住んだのが同7(1579)年だったと考えられる(『信長公記』では安土城は「天守」ではなく「天主」と表記されているため、以降「天主」で統一する)。
安土は滋賀県近江八幡市に町名として残っている。昭和の頃は「安土桃山時代」という時代区分の語源ともなっていた。最近では信長と豊臣秀吉が相次いで中央政権に君臨していたことから「織豊(しょくほう)時代」と言うことが多いが、呼び方が異なるだけで、安土が戦国期において重要な地・城であるとの認識は変わっていない。
なぜ、安土はそれほど特別なのか?
■首都は「滋賀」だったかもしれない
それは単なる軍事拠点にとどまらず、織田信長という支配者が居住し、かつ経済の中心地として整備されつつある地だったからである。そのまま城下が順調に発展し、かつ信長が本能寺で死ぬことがなかったら、日本の首都となった可能性すら感じさせるのだ。
実際、三重大学名誉教授の藤田達生氏のように、信長は琵琶湖および太平洋・環日本海の流通の要となる首都機能「安土幕府」を開府する構想を持ち、そこに朝廷をも招き入れ、「公武一統」をもくろんでいたと分析する史学者もいる。
安土城址の調査に関わった考古学者の木戸雅寿氏も、首都となりそこなった町といえるかもしれないと、安土が持っていた可能性を示唆している。
ひるがえって、徳川家康が江戸に入府した天正18(1590)年の時点では、まさか25年後の慶長20(1615)年に豊臣が滅び、江戸が実質的な首都となるなどと想像した人は、皆無だったろう。だが、考えもしなかったことが、本当に起きた。
戦国時代の権力者には、四半世紀もあれば新たに首都を築くことが可能だったという証左でもある。
信長は永禄10(1567)年、美濃斎藤氏から稲葉山城を奪取して岐阜城と改名した際、本丸に大きな櫓(やぐら)を設置する修築を行った。櫓は敵の動向を見張る偵察拠点であり、そこから弓を射て敵を近付けないための防衛的な意味合いも持っていた。
安土城ではその櫓を、ひときわ絢爛豪華に造った。これによって単なる防衛施設ではない、天下人の権威を示す建造物「天主」が誕生した。
■フロイス「ヨーロッパの塔より気品がある」
安土城の具体的な威容は『信長公記』やイエズス会宣教師、ルイス・フロイスの記録などから、ある程度は推定が可能だという。史料から推論すると五重六階・地下一階で全高は約32メートル、もしくは約46メートルなど、見解は分かれている。いずれにせよ、数十メートルの建物が標高198メートルの山の頂に立っていたのだから、壮観だったに違いない。
最上階の信長居住スペースである天主は、一辺が三間(約5.45メートル)の正方形の望楼(ぼうろう)(周囲を見渡せる建造物)だった。
天主の周囲には廻縁(まわりえん)と呼ばれる縁側を設け、転落防止の高欄(こうらん)(手すり)が付いていた。廻縁と高欄は鮮やかな朱塗りだったと考えられ、遠くから見ても映えた。また全階が書院造りだったという。
フロイスは「ヨーロッパの塔よりも気品がある壮大な建築で、(天主は)日本の諸国のはるか彼方から眺めるだけで、見る者に喜悦と満足を与えた」と記している。
天下布武(畿内制覇)に近づいていた信長の威厳を見せつける、独創・先進的な「見る者を魅了する城」といってよかった。
■完成から3年で主を失い焼失
だが天正10(1582)年、信長は本能寺の変で没する。主(あるじ)を失った城に明智光秀が一時的に入ったものの、直後に羽柴秀吉との山崎の戦いに敗北し、安土城も焼失した。
焼失の正確な原因は不明だが、小瀬甫庵(おぜほあん)が著した秀吉の伝記『太閤記』は、光秀の重臣である明智左馬助(さまのすけ)(秀満(ひでみつ))が山崎から撤退する際に「殿守に火をかけ」と記載している。一方、キリスト教宣教師たちの記録『耶蘇会日本年報』は、信長の次男・信雄が明智の残党を炙り出そうと城下に放火したところ、城にまで延焼したと書いている。
城の完成からわずか3年で、安土城はその役割を終えた。現在は天守台の礎石(土台)などの遺構が残るほか、金箔を施した瓦などが発掘調査で出土している。
■経済・軍事の中心地へ――信長が描いた夢
信長が琵琶湖東岸の安土の地に着目した理由は、いくつかある。
第二に、軍事面。当時、越後(新潟県)の上杉謙信との戦いは喫緊の課題であり、北国街道を抑えるうえで安土は重要な拠点だった。
第三に、琵琶湖の水運の中心地として発展させる狙いがあったと考えられる。実際、北に羽柴秀吉の長浜城、安土の対岸に甥・織田信澄(のぶすみ)の大溝城、琵琶湖西南に明智光秀の坂本城の3つの城を配し、湖上交通と軍事ネットワークを完成させている。これによって大量の物資・兵力を輸送できた。
そもそも安土には豊浦(といら)・常楽寺(じょうらくじ)という琵琶湖の港が2つあり、そこから無数の水路が城下に走っていた。「安土八幡の水郷」と呼ばれる由縁だ。
信長はそこに、岐阜から安土を経由して京に向かう下街道(したかいどう)を合流させ、また安土から中山道へと続く道など陸路のインフラを整備した。
天正5(1577)年には、十三ヶ条の掟書を安土城下に発布している。これは城下の治安保障を信長が担い、かつ住民の税負担を軽減するなど、商取引の自由化を図るものだった。
信長は水陸の交通を発達させた一大商業都市を建設し、自らの傘下に置こうとした。
それはまた、いずれ安土を日本の中心にしたいという、壮大な夢の第一歩だったのではないだろうか。
■4つの城に共通する「経済都市の建設」
信長は居城をたびたび変える武将だった。例えば武田信玄なら山梨県甲府の躑躅ヶ崎館、上杉謙信なら新潟県上越の春日山城を拠点とし続けたのに対し、信長は那古野城→清須城→小牧山城→岐阜城、そして安土城と、居城を4回変えている(地図参照)。
もっともこの内、那古野城は父の信秀から譲り受けた城である。また清須城は織田一族の内紛を平定する過程で奪い取った城だが、尾張の中央に位置する交通の要衝という以上の意味は、持っていなかったと思われる。
それに対し、明確な意図を持って自ら築城し、拠点としたのが小牧山城だろう。その意図とは、一般的には美濃斎藤氏攻略の拠点だったというのが定説だが、同時に商業都市を形成する狙いがあった。
事実、小牧山城下には、商人や職人を職能ごとに集住させる町割が採用されていた。例えば染め物職人の「紺屋町」、鍛治職人の「鍛冶屋町」、油商人の住む「油屋町」といった町名が存在し、商都の形成を意識していたことがわかる。
さらに岐阜城では、近隣の加納を中心に楽市楽座を開いた。
そして安土城下でも、一大商業地の建設を試みている。つまり信長の城は、イコール城下を中心とした「一大経済都市の建設」を意味しているといってよい。
商業によって領内の経済活性化を図ろうとした戦国大名は、信長のほかにもいる。今川氏(駿河)も、北条氏(相模・武蔵)も行った政策だ。
■「戦国の覇王」の集大成になるはずだった
だが信長は、居城を移すたびにその地区の経済的飛躍に取り組んだ。冷酷な「戦国の覇王」という印象を持たれがちだが、実際には自由競争の促進と、物流の円滑化によって領国を富ませるという強い意思――そんな理念を持っていた人物だと、わかるのである。
安土城の天主と城下は、信長のそうした理念の集大成だった。だからこそ、安土の発展がそのまま維持されれば首都として機能し、その後の日本の歴史に大きな影響を及ぼしたかもしれない、と思えるのだ。
こうしてみると、信長にとって安土城とは単なる拠点ではなく、日本の中心地を自ら創り出すという、壮大な構想の象徴だったと考えられる。安土の地から天下に号令をかけ、国を改める――その夢を、信長は安土の地に賭けた。
しかし、本能寺の変によって夢は志半ばで断たれた。城も焼失した。天主は失われ、城下町も衰退した。
それでもなお、石段や礎石が残る荘厳な安土城址に立つと、「もし信長が生きていたなら」という可能性を感じる。歴史に「if」が禁物なのは承知しているが、未完に終わった夢の先の景色を「見たかった」と、夢想してしまう。
そう思わせる人物は、歴史上でもそう多くはない。信長はその1人だろう。
参考図書
・太田牛一著、中川太古訳『現代語版 信長公記』(新人物文庫、2013年)
・藤田達生『信長革命「安土幕府」の衝撃(角川選書484)』(KADOKAWA/角川学芸出版、2010年)
・木戸雅寿『天下布武の城 安土城』(新泉社、2004年)
・加藤理文、小和田哲男『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』(ワン・パブリッシング、2020年)
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小林 明(こばやし・あきら)
江戸文化風俗研究家 編集プロダクション「ディラナダチ」代表
編集プロダクションdylan-adachi(ディラナダチ)代表。江戸文化風俗研究家としてニッポンドットコム、和樂web、Merkmal、ダイヤモンド・オンライン、弁護士JPニュースなどに記事を執筆中。また『歴史人』(ABCアーク)、『歴史道』(朝日新聞出版)など歴史雑誌の編集も担当している。著書『山手線「駅名」の謎』(鉄人社)など。
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(江戸文化風俗研究家 編集プロダクション「ディラナダチ」代表 小林 明)

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