■使用禁止にすべき医学的3大理由
最近、自分の書く原稿がつまらなくなってきていると感じていた。私は取材して原稿を書くことを主な仕事としているので、小説家と違い、業務に“創造性”はあまり関係がないと思っていた。だが同じように取材して同じように原稿を書いても、数年前に自分が書いたものと比べると、独自性が弱まり、ただのガイド文のように見えてくるのだ。おまけに仕事中の集中力低下にも悩んでいて、メールの返信やインターネットの検索に明け暮れ、少し前なら2時間で書けた3000字の原稿が、2日ほどかかってしまうこともあった。一日にこなせる仕事量が以前より明らかに落ちているのだ。
そんな折、大学生の娘がタイムロッキングコンテナ(自分が制限したいものを入れて時間を決めてロックする)を買ってきた。これからオンライン授業を受ける、レポートを書くなどの課題に取り組む場合以外は、これにスマートフォンやノートパソコンをしまって、触れないようにするためだと宣言する。
私から見ると、娘はスマホやパソコン漬けではないようだったが、本人は「自分でスマホやノートパソコンの使用を制御できていない」と言う。一年前に発売されたPRESIDENT誌の大特集「スマホが危ない」のうちの、<「スマホは子供をダメにする」使用禁止にすべき医学的3大理由>の記事を見せてくれた。「3つの大問題」として、1)学力の低下、2)脳の発達が止まる、3)依存症を引き起こす、が挙げられている。
同記事の著者である東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授の発信はよく目にしていた。スマホを利用する時間が長い子どもほど成績が下がるという事実(調査結果)を、今からおよそ15年前に発表した脳機能研究の第一人者である。それは同じ学習時間、同じ睡眠時間の子どもたちで比較した場合も、だ。改めてPERSIDENT誌の記事を読み、「3つの大問題」は大人にも当てはまるのではないかと、私は川島教授の著書『スマホ依存が脳を傷つける』(宝島社新書)を購入した。
■これに思い当たるならスマホ中毒
同書を読み、大きな衝撃を受けたことが2つある。
ひとつは、子どもであればスマホを毎日3~4時間以上使う子どもは、脳の多くの領域で「発達」が止まる。加えて、脳が発達した成人でも、スマホを長時間使用すると、脳が働くのをやめてしまい、思考力や判断力が低下してしまうこと。
もうひとつは、スマホ依存傾向が高ければ、脳の萎縮に対する耐性が弱く、認知症の発症や進行を早めてしまう可能性があるということだ。
ちなみに私のスマホのスクリーンタイムは、平均して1日1時間30分程度。かなり少ないほうではないかと思う。ましてや依存ではないはずだ。ないはずなのだが、同書の帯に記された次の項目には、当てはまるものがいくつもあった。
<なんの疑いもなく 次のようなことをしていませんか?>
□朝いちばんにLINEやSNSをチェックする
□料理や洗濯の最中にインスタントメッセンジャーに反応する
□家族と食卓を囲んでいるときについスマホを見る
□子どもがグズるとスマホやタブレットでお気に入りのアニメを見せる
□動画を倍速で視聴する
□目的地への道案内をスマホにしてもらう
□寝るときに寝室やベッドにスマホを持ち込む
『スマホ依存が脳を傷つける デジタルドラッグの罠』(宝島社新書)より
<思い当たるならスマホ中毒です!>ともある。
これは直接、川島教授にさまざまな質問をするしかないと、私は取材の申し込みをし、東北大学加齢医学研究所を訪ねた。
■10秒しか集中力が持たない
開口一番、「大人の場合は、スマホ依存の境界線はどこにあるのでしょうか?」と尋ねると、
「私の考えでは、スマホを“道具”として使っているかどうか、です」と川島教授。
「例えば新幹線の時刻を調べたり、組織とのメールのやり取りをしたりといった行為は、道具としての正しい使い方でしょう。今日の株価は? イランの戦争はどうなっているのか? など目的意識を持ってニュースを検索することも、道具として使えています。しかし、隙間時間に、何となくといった理由で、動画を見てしまう、SNSを使ってしまう、ゲームをするのは、境界線を踏み越えたものだと思います」
また最初は目的意識を持ってニュースを検索していても、途中で気になる動画や別の記事を見つけてクリックする、あるいは何かの通知がきてそちらに気持ちが引き込まれてしまうことはないだろうか。これも目的からそれた時点でアウトだという。
「何かひとつに集中しようとしても、情報の割り込みが入ると、注意が別のものにいってしまう。このような行為を心理学の世界ではスイッチングと呼び、繰り返し行っていると、集中力がどんどん短くなることが明らかになっています。2015年にマイクロソフト社が出したレポートでは、カナダ人の成人の2割が10秒しか集中力が持たないと発表しています。共通項としてはSNSをしている、ICT(情報通信技術)のある施設で働いている、学んでいること。自分たちがつくり出した社会で集中力が短くなっていますよ、ということを警告しているのです」
■依存しやすいように設計されている
川島教授は、スマホが「強い洗脳ツールである」と指摘する。
「開発に携わる人たちは心理学を研究し、人々が夢中になりやすいような情報の出し方をしています。ひとつの動画を長時間視聴されるより、コロコロといろんなところに飛んでもらったほうが新しい広告が上がってお金が入りますから、YouTubeのような動画共有プラットホームでは気が散るようにできていますし、検索中にあえてハズレの情報を挟み込んでいます。それにより興味のある情報に出合ったときに“嬉しい”と感じるように仕向け、またこの喜びを味わいたいと思わせて、ハマらせていく。つまり依存しやすいように設計されているのです」
さらにスマホを使っていると、「脳を使っている」ように感じるが、これは大きな勘違いで、実は脳が働いていないのだという。先に記したように川島教授の著書には「スマホを長時間使用すると、脳が働くのをやめてしまう」とある。どういうことか。
「正確には限られた場所しか使えていないのです。視覚や聴覚、多少手を動かすので運動に関する機能は使えています。ところがスマホをいじっているとき、情報を処理するための要である前頭前野の活動が低下しているということがわかりました。前頭前野の働きは、考える、覚える、理解するといった知的活動をはじめ、コミュニケーションをする、アイデアや新しい考えを生み出す、判断力、応用力といったもので、人間らしさをつかさどります。
■仕事を1時間しっかり行って「疲れたと感じるか」
例えば認知症予防のトレーニングとして知られるデュアルタスクでは「ウォーキングをしながら引き算をする」「歌いながら体操をする」といった2つのことを同時に行うと、複数のことに同時に注意が向き、前頭前野が活発に活動して認知機能も向上することがわかっている。しかし、スマホで短時間のアプリを切り替えているときには前頭前野の活性化は見られないという。それは、「どこにも集中していないから」(川島教授)なのだそうだ。
「今、自分の脳が働いているかどうかというのは、測定しなければわかりません。けれどもビジネスパーソンで考えると、仕事を1時間しっかり行って、『疲れたと感じるか』は、大きなポイントでしょう。前頭葉(前頭葉の大部分を占めるのが前頭前野)を使って思考を巡らせていると、30分程度で休憩が欲しくなるはず。それが1時間でも2時間でも、もしくは午前中ずっと同じペースでその作業が継続できるのであれば、それは脳が使えていない可能性が高いです」
体を動かさなければ筋肉量が低下していくように、スマホを使い続けると依存性が高まるうえに前頭葉が鍛えられず、脳機能が低下していく。川島教授の調査では、大学生でスマホを長時間使用している人は脳に加齢性変化が表れているという。“早く年を取ってしまう”ということだ。
思考力を奪われた人間はコントロールしやすく、低コストで維持しやすい社会になるという経済モデルもあるそうだから恐ろしい。
スマホ依存を回避する方法はあるのか。川島教授がスマホに振り回されない3段階を示す。
「まず『使わない時間』をつくること。特に就寝の1時間前から電源を落として、睡眠時は自分の手元から物理的に離す。これがスタートポイントです」
■スマホを解約した
アラーム代わりにスマホを使っている人は目覚まし時計を買ったほうがいい。次の段階として、家族が揃って食事をするときに電源を落とす。そして「スマホがなくても楽しく暮らせる経験をするのが第3段階」という。休日は家にスマホを置いて出かけるのも楽しいかもしれない。
最後に、私自身の「創造性の低下」について川島教授に相談をした。実は私は1年半前までガラケーを使っていた。
と話すと、川島教授はうなずきながら「創造性が高まるのは情報を遮断しているときです」と答えてくれた。
「情報が外からバンバン入ってきたら、自動的に受け取るのに精一杯でクリエーティブなことはできません。また創造力は前頭葉の働きですから、スマホを使っていればどんどん劣化するでしょう。スマホの世界から離れて、リアルな体験を増やす。誰かと食事をするでも料理をつくるでも、旅行や演劇を楽しむことでもいいでしょう。すると脳がたくさん使えて、多くのインプットができます。そのうえで、情報を遮断し、インプットしたものを頭の中でこねくり回すと、豊かな発想を得られます」
これを聞き、私はスマホを手放そうと、川島教授への取材から2日後に解約した。今はガラホを使っている。インターネットに接続はできるが見にくいので、もう移動中にニュースをチェックすることはないだろう。目的地への道案内もしてもらえないから不便になる。LINEだって使えない。それなのに今は、手放した開放感がたまらない。
私たちは何のために生きているのだろうか。次々に新しい情報を得て、便利さを得て、その先に何があるのだろうか。スマホを手放せとは言わない。でもぜひ一度、脱スマホの一日を体感してほしい。「思ったより時間がある」ことに気づくと、本当にやりたかったことに取り組め、毎日が楽しくなる。
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笹井 恵里子(ささい・えりこ)
ノンフィクション作家、ジャーナリスト
1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。
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(ノンフィクション作家、ジャーナリスト 笹井 恵里子)

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