■日本の新築住宅は「すき間だらけ」でも合法
「日本では、合法的に隙間だらけの家がつくれる」
驚かれるかもしれませんが本当です。
仮にあなたが、数千万円かけて新築した住宅がすきま風が入ってくるような“欠陥住宅”であっても、クレームの対象にはならない可能性が高いのです。
理由はいたってシンプルで、法律がないからです。
「そんな大げさな。法律がないだけで、業者がちゃんとやってくれているでしょう?」
残念ながら、そんなことはありません。これは、30年間あまり住宅事業に携わってきた筆者の実感です。
どれだけの“すき間”があるのかを確認されないまま、数千万円から1億円以上の高額な商品が売買されているのが住宅市場の現実です。
一方、欧米の多くの地域では、事情がまったく異なります。住宅は完成時に“隙間の量”(=気密性能)の測定が義務付けられており、一定の基準を満たさなければ是正が求められます。見た目がどれほど立派でも、一定以上の隙間があると「完成」とはみなされないのです。
筆者は、現在、結露のない健康・快適な住まいづくりをサポートする会社を経営し、日々、住宅の断熱・気密性能に向き合っています。本稿では、住宅性能の専門家の立場から、日本の住宅市場が抱えるこの「気密性能」の問題について読み解いていきます。
■なぜ「気密性能」が重要なのか
断熱と気密は、しばしば混同され、断熱性能を高めるとそれに比例して気密性能も高まるとも誤解されがちです。ですが、この2つは全く別物です。
断熱とは、壁や窓を通じて熱が外に逃げるのを防ぐ性能です。いわば「熱の伝わりにくさ」を高める技術です。
一方、気密とは、建物のすき間を減らし、空気の出入りを制御する性能です。
どれだけ暖房で室内を暖めても、すき間が多ければ暖かい空気は外へ逃げ、冷たい外気が侵入してきます。
例えるなら、分厚いセーターを着ていても、その上に風を防ぐウインドブレーカーを着なければ、風が入ってきて寒さを防げないのと同じです。セーターの編み目が粗ければなおさらです。
断熱材の性能がいくら高くても、建物全体にすき間が多ければ、その効果は大きく損なわれてしまいます。
断熱性能が「熱の移動」を抑える技術であるのに対し、気密性能は「空気の移動」を制御する技術です。
この2つは独立した性能でありながら、実際の住環境においては密接に結びついています。
断熱性能については、諸外国に比べてとても緩い基準ではありますが、日本でもやっと2025年4月から建築物省エネ法により、新築住宅に断熱性能の基準を満たすことが義務付けられました。
ところが、冒頭でも触れたとおり、「気密性能」については、義務どころか基準すら定められていません。法制度上はどんなに隙間だらけでも、違法ではないので、クレーム対外。補償は期待できないのです。
断熱だけを強化しても、気密が伴わなければ、その効果は十分に発揮されません。
逆に言えば、気密性能は、断熱性能を「生かす」ための前提条件ともいえるのです。
■健康リスクと直結している
メカニズムはわかりました。では、具体的にどんな問題が起こりうるのか、5つにわけて順番に見ていきましょう。
① 室内で寒暖差が出る
気密性能が低い住宅では、室内の空気は想像以上に頻繁に入れ替わっています。
その結果、暖房しても暖気が外へ逃げやすく、外から冷気が入り込みやすくなります。すると、暖気より重たい冷気が床付近に流れ込み、足元だけが冷えるといった現象が起きます。
② 家の中で寒暖差が出る
さらに問題なのは、家全体の温度ムラです。
断熱性・気密性がともに高い家であれば、リビングの暖房をつけているだけで、家全体が均一にあたたまります。隙間があれば、暖気は家の中にとどまってくれないので、暖房をつけているリビングは暖かくても、廊下や脱衣室は寒いということがおこります。
このような住宅は、「快適さ」の問題にとどまらず、健康リスクとも直結します。
特に冬場、暖かい部屋から寒い脱衣室や浴室に移動した際の急激な温度変化は、血圧の急上昇を引き起こし、ヒートショックのリスクを高める要因とされています。
結露からくる問題もあります。
室内外の温度差が大きい状態で、暖かく湿った空気が冷たい表面に触れると結露が生じます。これがカビやダニの発生を招き、アレルギーや呼吸器疾患のリスクを高めることも知られています。
■電気代は上がり、資産価値は下がる
③ 空調の効率が下がる
気密性能の不足は、家計も直撃します。本来であれば一定のエネルギーで維持できるはずの室温が、空気漏れによって不安定になります。余分なエネルギー消費を招き、結果として電気代が跳ね上がります。
④ 計画換気が機能しない
もう一つ、見落とされがちなのが、換気への影響です。
現在の住宅では、計画換気によって室内の空気の流れを計画し、適切に入れ替えることが前提になっています。しかし、すき間が多い住宅では、計画された給気口ではない意図しないすき間から空気が出入りするため、換気計画が機能しないのです。
⑤ 建物寿命が縮まる
最後に、見えにくいながらも重要なのが「耐久性」への影響です。
気密性能が低い住宅では、空気とともに水蒸気も壁の内部に侵入しやすくなります。
本来、壁内は断熱材や防湿層によって適切にコントロールされるべき空間ですが、すき間が多い状態では湿気の流入を完全に防ぐことが難しくなります。
結果として発生するのが「壁内結露」です。
壁の内部で水分が結露すると、断熱材の性能は低下し、木材は腐朽しやすくなり、湿った環境を好むシロアリ被害のリスクも高まります。これらは外からは見えにくいため、気づいたときにはすでに構造体にダメージが及んでいることも少なくありません。
日本の住宅は、欧米に比べて極めて短寿命になっています。その要因の一つとして、壁内結露による劣化が挙げられています。
重要なのは、問題の多くが「後から発生する」という点です。
建設時には見えにくく、住み始めてから長期にわたって積み重なっていく。
本来、断熱と気密は「セットで初めて意味を持つ性能」です。
単なる快適性の指標ではなく、住宅のライフサイクル全体に関わる基本性能であるのにもかかわらず、日本では、断熱性能が制度的に義務化される一方で、気密性能はほとんど問われません。
このアンバランスこそが、日本の住宅が抱える根本的な問題の一つなのです。
■海外の基準はどうなのか
「日本では、建物がどれくらい“すき間だらけ”かを測る義務がありません。多くの北米の地域では考えられないことです。」
こう指摘するのは、米国の建築事情にくわしい岡田早代さんです。
岡田さんは、米ウェントワース工科大学大学院で客員教授を務め、米国を拠点に住宅設計を行ってきた、建築家です。
岡田さんによると、北米では「ACH(Air Changes per Hour)」やCFM(Cubic Feet per Minute)という指標が用いられているそうです。
ACHは時間あたりの室内の空気が何回入れ替わるか示すもので、CFM/SFは外皮面積当たりの漏気量を示すものです。
米国の多くの州や市では、国際エネルギー保存基準(IECC)に基づき、新築住宅・建築物に気密測定が義務付けられています。州などによって基準値は異なりますが、具体的な上限値が定められ、ブロワードア試験で実測されます。
ブロワードア試験とは、写真のように、玄関などに大型ファンを設置し、建物内を強制的に加圧・減圧して空気漏れ量を測定する検査です。基準を満たさなければ是正が求められ、建物の使用許可が下りないという厳しい条例を設けている自治体もあります。
例えば、ニューヨーク市では、漏れる空気の最大値(Air Leakage Max)は表(最下段)のように定められています。
戸建住宅だけではなく、集合住宅や非住宅建築物も規定の対象です。
ちなみに日本では、気密性能というと対象は戸建住宅にほぼ限定され、集合住宅やオフィスビル等の非住宅建築物で議論されることはほぼありません。
さらに戸建て住宅を手掛ける工務店のなかでも、一定の気密性能を約束し、気密測定を全棟実施するような取り組みを行っているのは、ごく一部に限られます。
当社は、このような気密性能にこだわっている全国の工務店と提携して、新築や断熱リノベを計画している方々に無料でご紹介しています。ですが、エリアによってはこのような工務店がなかなか見つからないのが実情です。
気密性能について、北米が特別先進的なわけではありません。欧州の国々でも、表のようにかなり厳しい基準が定められています。国際的にみても、日本の気密性能への取り組みの遅れはとても顕著なのです。
■なぜ日本は「測らない制度」を続けてきたのか
では、なぜこれほど重要な気密性能が、日本では制度として位置づけられてこなかったのでしょうか。
まず確認しておくべきなのは、技術的に不可能だからではないという点です。
先に述べたように、日本国内にも、気密測定を全棟で実施し、高い気密性能を実現している工務店やハウスメーカーは存在します。
多くの工務店・ハウスメーカーは、「できない」のではなく、「やっていない」というのが実態です。
実は、日本でもかつては気密性能に関する基準が存在していました。1990年代後半から2000年代初頭にかけては、とても緩いものでしたが、目安の基準が設けられていた時期があります。
しかし、この基準は現在撤廃されています。
なぜこのような世界の潮流に逆行する制度変更が行われたのか、その理由はよくわかりませんが、背景として、いくつかの構造的な要因が考えられます。
一つは、コストの問題です。
気密性能を高めるためのコストは建設時に発生しますが、その効果である光熱費の削減や快適性の向上は、住み始めてから長期にわたって現れます。
建築費や分譲価格は購入時に明確に意識されますが、将来の光熱費は分散され、見えにくいものです。
この構造が、「初期コストを抑える代わりに、将来コストを負担する」という選択を消費者にさせています。
もう一つは、施工現場の負担の問題です。
気密性能を確保するためには、設計段階から気密ラインを明確にし、現場での施工精度を高い水準で管理する必要があります。さらに、完成時には気密測定を行い、数値で確認する工程が加わります。
これらは、現場の手間やコストの増加につながります。
短期的な建設コストを重視する市場においては、ニーズが顕在化しなければ、こうした追加負担は敬遠されやすくなります。
さらに見逃せないのが、供給側の産業構造の問題です。
日本の住宅市場では、大手ハウスメーカーの多くが鉄骨造住宅を主力としています。
しかし、鉄骨造は構造的に気密性能の確保が難しくなっています。
部材同士の接合部が多く、取り合い部分の処理も複雑になるため、木造に比べてすき間を完全に抑えることが難しいのです。
また、鉄は木に比べて温度による伸び縮みが大きいことも、安定して高い気密性能を確保することが難しくなっている要因のようです。
このような事情もあり、鉄骨造を主力とする事業者にとっては、気密性能の数値化や義務化は積極的に推進したいテーマではありません。
もちろん、これは産業全体の問題ではなく、あくまで一部の企業の問題です。
しかしこうした企業が多いため、結果として、業界全体として「気密を最低基準として強く求めない」方向にバランスが取られてきた可能性は否定できません。
こうした複数の要因が重なり、気密性能は制度として明確に位置づけられないまま現在に至っているのです。
その結果として生まれたのが「気密性能を確認しなくても成立する住宅市場」です。
基準が存在しておらず、測定されないものは、比較されません。
比較されないものは、価格にも反映されにくくなります。
こうして気密性能は、住宅にとって本来重要な要素でありながら、市場の中で評価されにくい状態に置かれてきました。
消費者は住宅を選んでいるように見えて、実際には本来は必要な「重要な情報」が与えられていないのです。
この構造こそが、日本の住宅市場が抱える大きな問題の一つなのです。
■性能は「市場任せ」にしてはいけない
本稿をふくめ、これまで3回に分けて、岡田さんからのお話をふまえ、日米の住宅事情の違いを考えてきました。
〈第1回:「ホルムズ海峡が閉鎖したから」でも「冬が寒いから」でもない…家の電気代が上がり続ける根本原因〉
〈第2回:なぜ日本の学校は"暑くて寒い"のか…専門家が「先進国とは思えない」とあきれる"日本の公共建築のお粗末さ"〉
この中で強く感じたのは、北米では、住宅は単なる私的な財ではなく、エネルギー消費や環境負荷、さらには住民の健康にも影響を与える長期にわたって受け継がれるべき社会的なインフラであるという考え方です。
だからこそ気密性能についても、「最低でもこの水準は満たすべき」というラインを制度として明確に設定し、測定によって担保する。その上で、より高い性能は市場競争に委ねるという構造になっています。
一方、日本では、断熱・気密性能については、法制度ではなく市場に委ねられてきました。
遅ればせながら、断熱性能については、非常に緩い基準が法律により義務化されましたが、気密性能については手つかずの状況です。
その結果、見える性能は向上しても、見えにくい性能は後回しにされやすい構造が生まれています。
劣化しやすい可能性のある住宅であっても、それ自体では違法とはならず、日本の住宅が欧米に比べて極端に短寿命であることにつながっています。
そしてそれは、さらに日本の住宅が欧米に比べて「資産にならない」という事実にもつながっています。
住宅は人生で最も大きな買い物の一つであり、同時に長期間にわたって使われる社会資産でもあります。
重要な基本性能を「見えないまま」にしておいてよいのか。
今、改めて問われているのは、その一点なのではないでしょうか。
岡田早代(おかだ・さよ)
マサチューセッツ州認定設計士、 ウェントワース工科大学大学院客員教授、自然エネルギー財団研究員(建築の脱炭素関連)
2004年よりマサチューセッツ州で学校・保育園等の公共建築物の新築・改修、低所得者層の集合住宅の設計に従事。環境コンサルタントとしても活動している。
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高橋 彰(たかはし・あきら)
住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事
東京大学修士課程修了。リクルートビル事業部、UG都市建築、三和総合研究所、日本ERIなどで都市計画コンサルティングや省エネ住宅に関する制度設計等に携わった後、2018年に高気密・高断熱住宅の工務店を無料で紹介する「高性能な住まいの相談室」を運営する住まいるサポートを創業。著書に、『元気で賢い子どもが育つ! 病気にならない家』(クローバー出版)、『人生の質を向上させるデザイン性×高性能の住まい:建築家と創る高気密・高断熱住宅』(ゴマブックス)、『結露ゼロの家に住む! ~健康・快適・省エネ そしてお財布にもやさしい高性能住宅を叶える本~』などがある。
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(住まいるサポート社長/日本エネルギーパス協会広報室長/一般財団法人 ひと・住文化研究所理事 高橋 彰)

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