■「最も重要な問題」と強調した習主席
2026年5月14日、約9年ぶりに中国を訪れたトランプ米大統領と、習近平国家主席による米中首脳会談が行われた。習主席はこの会談に際して、台湾問題を「最も重要な問題」と強調し、「この問題を適切に処理できなければ米中関係を危険な状態に追い込むことになる」と、米国の関与を強く牽制した。
アメリカは台湾問題に対し、いわゆる「戦略的曖昧さ」を維持しながらも、軍事的プレゼンス維持は崩さない姿勢を見せてきた。台湾海峡では米海軍艦艇や哨戒機の通過が続き、日本、イギリス、オーストラリアといった同志国との合同訓練や情報共有も拡大傾向にある。
会談における習主席の発言は、中国にとって台湾問題が国家戦略そのものの中心にあることをあらためて示したものといえる。だが、仮に中国が台湾を軍事的に制圧できたとしても、国力の強化につながるとは言い難い。それどころか、新たな負担を生み出し、自国の首を絞めることになっていくだろう。
■軍事的に困難な「渡海侵攻」
まず大前提として、台湾侵攻は軍事作戦として高難度だ。台湾海峡の幅は最短でも約130km、平均で180km前後あり、この距離を越えて兵力を展開するためには制空権、制海権、補給線の維持を同時に成立させる必要がある。
つまり中国軍は、単に上陸するだけではなく、海上輸送、航空優勢の確保、補給の維持、そして上陸後の戦闘継続という複数の機能を同時に成立させなければならない。
軍事史において渡海侵攻は最も困難な作戦の一つとされてきた。
現在の中国は同様の条件を再現できない。最大の制約は米軍の存在だ。台湾有事は最初から米軍の介入を前提とした作戦になる。その時点で、完全な制空・制海権の確保を前提とする短期決戦は成立しにくい。
台湾側が優位になる条件も存在している。台湾は都市化された沿岸部と内陸の山岳地帯が組み合わさった地形を持ち、防衛側に有利な戦場環境だ。また、台湾軍は上陸阻止から市街戦までを想定した防衛体制を整備しているため、仮に上陸が成功しても戦争は短期で終わらない。むしろその時点から本格的な消耗戦に移行することになるだろう。
■開戦と同時に戦場が拡大する
加えて、台湾有事は、軍事衝突の瞬間から関与主体が拡大する。
先述の通り、米国の関与は高い確率で想定される。日本、オーストラリア、欧州諸国も、後方支援や後述の経済制裁を通じて間接的に関与するだろう。
戦場の範囲も拡張する。台湾海峡に加え、南シナ海、東シナ海、さらには世界の海上輸送網にまで影響が及ぶおそれがある。
また現代戦では、衛星通信、サイバー空間、電子戦が統合されるため、戦場は物理空間に限定されない。軍事行動の影響は物流、金融、通信、エネルギー供給といった民間インフラに直接波及する。
■台湾の半導体産業を止めれば中国にも打撃
そして中国にとって最も大きな制約となるのは、経済システムの遮断リスクだ。
戦争が発生した場合、G7諸国は金融制裁・輸出規制・投資制限を同時に発動する可能性が高い。特に半導体製造装置、航空機部品、高性能素材といった分野への輸出規制は、中国の産業構造に直接的な打撃を与える。
金融面では、ドル決済網からの部分的排除や国際資本市場へのアクセス制限が発生する可能性があり、その場合、中国企業の資金調達コストは急激に上昇する。外資系企業の撤退や投資停止も加速し、経済の流動性そのものが低下する。
もっとも、中国もこの数年で人民元決済システムを整備し、サプライチェーンの内製化を進めるなど制裁耐性を高めるための対策を打ってはいる。だが、それでも逃れられないのが、台湾の半導体産業が世界的な供給網の中核を構成しているという事実だ。
とりわけ先端プロセスの製造はTSMC(台湾積体電路製造)がほぼ独占しており、最先端の3ナノメートル世代では世界シェア約90%を占める。その供給停止はスマートフォンやAIサーバー、自動車、通信インフラといった複数の産業へ同時に影響を及ぼす。
つまり台湾有事が発生した場合、中国は世界経済の混乱の影響を直接受ける側にも回ることになるわけだ。
■占領できても統治は安定しない
さまざまな制約を乗り越えて、中国が台湾本島を軍事的に制圧したとしよう。しかし台湾問題はそれで集結するわけではない。
台湾社会は長年にわたり民主主義制度を維持してきた。選挙制度、司法制度、報道の自由といったあり方が社会全体に浸透している。自由な社会で育った市民は、外部勢力による支配を正統と認めない。占領後には、抗議活動や不服従運動、地下組織の形成といった抵抗が広範に広がっていくだろう。
そのため中国は占領後、治安維持と情報統制を同時並行で実行しなければならない。それは一朝一夕には終わらず、統治コストは時間とともに拡大していく。
さらに、その段階でも戦争が継続している場合、外部からの圧力も並行して存在する。
結果として中国は、外部との軍事的対立と内部統治という二重の負担を同時に抱える状態に固定される。
■それでも中国は「統一」を放棄できない
こうした高コスト構造が存在するにもかかわらず、中国共産党が台湾統一を放棄しないのは、軍事や経済の損得勘定だけでは説明できない理由による。台湾は中国にとって、国家としての成立がいまだ完結していないという現実を、否応なく突きつけ続ける存在なのだ。
中華人民共和国は国共内戦の勝者として1949年に成立した。だが、その敗者であるはずの中華民国政府は台湾に存続し、統治を続けている。この事実そのものが、中国共産党政権にとって、決して解消されることのない歴史的矛盾であり続けてきた。
台湾を放棄するということは、「中国を代表する唯一の正統政府である」という中国共産党の自己定義を自ら崩すことに等しい。台湾問題は損得勘定で計算できる政策目標ではなく、体制の根幹そのものだ。毛沢東が建国を、鄧小平が改革開放を象徴したように、習近平は「統一」をもって自らの時代を完結させようとしてきた。
■国内の不満を薄める装置として機能
なおかつ、現在の中国指導部にとって台湾統一を掲げることは、国家の安定した運営において必要不可欠な要素となっている。
台湾は中国沿岸部に対する海上アクセスの要衝であり、安全保障上の現実的意味は重い。
そしてより重要なのは、内的な機能である。現在の中国経済は、成長率の鈍化、不動産不況、地方財政の悪化を同時に抱え、若年層の就業機会は制約が強まっている。社会不満は局所的に蓄積しやすい状態にあり、政権はこれを束ねる政治的装置を必要としている。
台湾統一の夢は、その装置として機能してきた。経済の停滞や雇用不安といった個別の不満を、「中華民族の統一」という単一の国家目標に収斂させることで、政権は求心力を維持している。逆に言えば、台湾を諦めることは、不満を束ねる軸を自ら手放すことを意味するのだ。
■中国が選択するグレーゾーン戦略
統一を諦められない一方で、軍事的な完全勝利は構造的に得られない――この矛盾の中で中国が選択してきたのが、戦争でも放棄でもない第三の道、すなわちグレーゾーン戦略だ。
軍事演習の常態化、航空機や艦艇による接近、経済的圧力、サイバー攻撃、認知戦、外交的孤立を組み合わせ、戦争に至らない形で台湾の行動空間を狭めていく。狙いは短期的な勝敗ではなく、時間そのものを武器にすることだ。年単位、十年単位で台湾の選択肢を削り、国際社会の関心を消耗させ、米国の関与意志を試し続ける。
その結果、台湾海峡では、開戦には至らないが緊張は解けない、不安定な均衡が常態化することになる。
■台湾有事は日本にとって何を意味するか
軍事侵攻を含む台湾有事が起きれば、日本経済は大きな打撃を受ける。
まっさきに影響が出るのは半導体関連だ。日本の自動車産業や電子機器産業は海外からの部品供給で成り立っており、台湾からの供給停止は生産全体に影響を及ぼす。
次に海上輸送。台湾周辺は日本の輸出入の動脈であり、有事の際は輸送コストと保険料の急騰、さらには代替航路の不在によって日本企業のサプライチェーンが広範に停滞する。
金融市場への影響も甚大だ。地政学リスクの顕在化は株式・為替市場に即時に反映され、企業の資金調達コストから個人の資産価値まで、日常的な経済活動の前提を揺るがす。
こうした経済影響への対策は当然進めるべきだが、それだけでは足りない。日本がやるべきは、日米同盟を「政治判断に委ねない仕組み」へと再構築することだ。
現在の日米同盟は、有事の際に米国がどこまで関与するか、自衛隊と米軍がどのように連携するかが、その時々の政権の判断に大きく委ねられている。これは中国側に「米国は本当に来るのか」という疑念の余地を与え続けることになる。基地使用、後方支援、指揮統制を平時から具体化し、危機発生時に「米国が介入するかどうか」を議論する余地を残さない。
台湾有事は、すでにグレーゾーン戦略のもとで進行しつつある。米国の関与を不確定要素にしないこと、すなわち中国に「勝てる未来」を想像させないことが、日本にできる最大の抑止といえるだろう。
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宮田 敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト
1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校(現・情報学校)修了。中国・北朝鮮を担当。2008年、日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関 金正恩が最も信頼するテロ組織』(潮書房光人新社)、『中国の海洋戦略』(批評社)などがある。
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(元航空自衛官、ジャーナリスト 宮田 敦司)

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