なぜ日本人は英語が苦手なのか。巧みな英語を使いこなす経営コンサルタントのショーン川上さんは「日本人の英語習得における最大の構造的ハードルは、皮肉にも発展した経済と国内市場の大きさのせいである」という――。

※本稿は、ショーン川上『英語力の核心』(アルク)の一部を再編集したものです。
■日本の英語力は123カ国中96位
日本は英語教育に莫大な投資をしています。筆者が仕事でお世話になっている日本を代表するシンクタンク、矢野経済研究所の調査によると、2024年度の国内語学ビジネス市場は約7906億円(2025年度も7901億円とほぼ横ばいで推移する見通し)。市場全体は成熟しつつも、最近では「英語を教える」から「学習に伴走する」英語コーチングビジネスやAI英会話アプリなどがけん引役となり、成人向け教室や関連ビジネスが成長を続けているとのことです。
しかし、この莫大な投資に対するリターンはどうでしょうか? EF英語能力指数(以下EFEPI)2025年版によると、日本は123カ国中96位。アフガニスタンと同順位で、5段階中最低の「Very Low Proficiency(非常に低い能力)」に転落しました。2011年の初回調査(14位/40カ国)から11年連続で下落。アジア25カ国中でも17位と低迷し、韓国(48位)にも大きく差をつけられています。
客観的なテストスコアも同様です。TOEFLiBT(2024年)の日本人平均は72点で、韓国の86点、中国の85点、世界平均の86点を大きく下回ります。TOEICL&Rも564点(31位/45カ国)で、韓国の678点に100点以上の差があります。興味深いのは、韓国も日本に劣らず巨額を投じている点です。

■英語学習の「成否」を左右するモノ
Samsung経済研究所(SERI)の2006年試算では英語教育総支出が14.3兆ウォン(GDP比1.9%)でしたが、韓国統計庁によれば2024年の小中高私教育費だけで29.2兆ウォンと過去最高を4年連続で更新し、英語が最大の支出科目です。留学費用や企業研修等を含めた総支出は約57兆ウォン(GDP比約2.2%)に達すると推計されます。2006年にTOEFL147カ国中111位だった韓国は現在86点まで上昇しましたが、その代償として教育費が家計を圧迫し、社会問題化しているほどです。
一方、EFEPIで常に世界上位を占めるオランダや北欧諸国では、英語が小学1年から必修であり、テレビも吹替ではなく字幕文化。英語は「追加で学ぶもの」ではなく、日常に埋め込まれています。シンガポールやフィリピンも同様で、英語が公用語・教育言語として制度化されているため、民間の「英語教育市場」という概念自体が日本とは構造が異なります。
この国際比較から見えるのは、「費用をかければ成果が上がる」という方程式は成り立たないということ。教育アプローチ、言語環境、学習者の「切迫感」――これらが成否を左右しているようです。
日本の英語教育市場は「リピーター」に支えられているとも指摘されます。英会話学校や教材に手を出すものの挫折し、再挑戦するサイクル。この構造自体が投資効率の低さを物語っています。GDP世界4位、「絶対的貧困率」は世界最低水準――英語ができなくても、飢えることも住む場所を失うこともない。

世界有数の英語学習市場を持ちながら英語力96位というパラドックスの根底には、まさにこの「英語がなくても生きられる」豊かさがあるのです。
■韓国の学生が語った「切迫感」
ソウルで開催された国際ビジネスシンポジウムに招かれたときのことです。懇親会で隣に座ったのは、延世大学経営学部に通う22歳の女子学生、ジヨン(仮名)さん。彼女の英語は完璧ではありませんでしたが、積極的に話しかけてきました。
Can I practice my English with you? I need to improve it before graduation.
(英語の練習をさせてもらえますか? 卒業までに上達しないといけないんです)
彼女は、日本のトヨタホンダに就職したいといいます。でも、日本語はまだ勉強中。だから、まず英語で面接を受けられるレベルになりたいと。
そして韓国では、良い会社に就職するには英語が絶対に必要で、TOEIC 800点は最低ライン。それに加えて、実際に英語でプレゼンテーションやディスカッションができるレベルが求められると言います。(※1)
If I don't speak English, I can't get a good job. It's that simple. My parents spent so much money on my English education because they know I'll need it to survive,
(英語が話せなければ、良い仕事に就けない。それだけのことです。両親は私の英語教育に大金を使いました。
なぜなら、それが私が生き残るために必要だと知っているからです)
■「あったらいい」ではなく「必須」
彼女の言葉には、日本人学生にはあまり見られない切迫感(a sense of urgency)がありました。
※1:ジヨンさん(仮名)の当時の実感を示す発言であり、韓国の採用市場全体で「TOEIC800点が一律の最低ライン」であることを意味しません。スコア要件は企業・職種・採用年度で大きく変動します。
ここに、英語は「必須(essential)」なのか、それとも「あったらいい(optional)」ものか、という構造的な違いがあります。すなわち、英語が話せることに対する「切迫感」の違いです。日本は世界有数の経済大国であり、国内市場だけでも1億2000万人の消費者がいます。多くの企業にとって、国内市場だけで十分なビジネスが成立します。個人にとっても、「英語が話せなくても、日常生活や仕事で大きな支障がない」環境が成立しているのです。
対照的に、韓国の人口は約5200万人、台湾は約2400万人、シンガポールは約600万人です。国内市場が比較的小さいため、事業損益を担保するため、そして経済成長するためにも国際市場への進出、すなわち外貨獲得が不可欠です。企業も個人も、グローバルコミュニケーションの共通言語である英語の習得に、生き残りをかけた必要性を感じているのです。
■韓国企業は日本の「2倍の予算」を投じる
大手電機メーカーの韓国オフィスで働く日本人駐在員から、こんな話を聞きました。

「韓国企業の英語研修予算、日本企業の1.5倍から2倍ですよ。うちの会社(日本企業)が年間2億円なら、韓国の同業他社は4億円使ってる。サムスンなんて、人力開発院全体の教育予算が年間60億円、のべ4万人が学習するって聞きました」

「なぜそこまで?」

「彼らにとって、英語力は『あったらいいスキル』じゃなくて、『企業の生存戦略』なんです。グローバル市場で勝てなければ、会社がつぶれる。だから本気なんです」
日本では、グローバル化の必要性は認識されつつも、この「切実さ」の欠如が、学習モチベーション維持を難しくし、一定レベルに達した後の「伸び悩み」を生む大きな要因となっているのです。
それでは、同じアジアの国々は、どのようにして英語力を高めてきたのでしょう? 筆者がこれまでさまざまな国際プロジェクトで見てきた中から、3つの事例をご紹介します。これらに共通するのは、明確な市場目的、イマージョン環境、そして思考と言語の一体化という3つの要素です。
■事例1:企業戦略としての英語[サムスン人材開発院]
2008年頃、韓国のビジネスパートナーに招かれて、サムスンの人材開発施設を見学する機会がありました。ソウル近郊の龍仁(ヨンイン)エリアにある、まるで大学キャンパスのような広大な敷地を持つ宿泊型の研修拠点でした。
当時のサムスンといえば、象徴的存在だった李健熙(イゴンヒ)会長の時代に、サムスン電子が尹鍾龍(ユンジョンヨン)から李潤雨(イユンウ)へとCEOを引き継ぎながらも、大胆な攻めのリズムを崩さなかった時代です。
日本が高品質・高機能の「国内優等生モデル」からなかなか抜け出せない間に、サムスンは最初から「世界で勝つ」前提で、半導体のキャッシュ、量産能力、サプライチェーン、商品投入の速度を一体に捉え、危機局面すら「差を広げる時間」に変えていました。強さの正体は、個別製品のヒットではなく、世界市場のルールを自社に有利な形へ押し上げる圧倒的な実行力でした。

■「逃げ場のない」研修施設とそのプログラム
一方、技術力や生産力ではすでに世界トップクラスにあるものの、欧米企業と英語で議論し、交渉し、意思決定を主導できる人材が十分とはいえない。そんな強い危機感を抱いていた時代だったようです。
案内してくれた人事担当のキムさん(仮名)が、まず見せてくれたのが語学研修棟でした。
「ここでは、海外赴任予定者などが数週間、原則として英語だけで生活します。英語に『慣れる』どころか、『逃げ場のない環境に置く』ことが重要だと考えていました」
冗談かと思いましたが、彼の表情は真剣でした。
「研修期間中は、いわゆるEnglish Onlyのルールです。講義やディスカッションだけでなく、食堂や廊下でも英語。早朝から夜遅くまで、ほぼ1日中、英語環境に身を置く高密度なプログラムです」
評価についても、当時ならではの厳しさがありました。
■語学力が「キャリアの分岐点」になる
「研修の最後には、TOEICやOPIcといった指標で到達度を確認します(※2)。目標に達しない場合、すぐに海外赴任というわけにはいきません。語学力がそのままキャリアの分岐点になるという認識が、社内でかなり強いのです。厳しいですが、それくらいやらないと欧米の市場では戦えません。
スコアそのものより、会議や交渉の場で『使えるかどうか』がすべてですから」
※2:新入社員のTOEIC平均点は900点以上(最低ライン:事務系700点、技術系620点)
後日、実際にサムスンで海外営業を担当している方と話す機会がありました。その方は、この合宿型の語学研修を経験していました。
「正直、地獄でしたよ。でも、あの数週間で、英語に対する恐怖心がなくなりました。完璧じゃなくてもいい、とにかく伝えなければ仕事にならない、という感覚を体でたたき込まれたんです」
17年前という時代を考えれば、このやり方は合理的であり、何よりも危機感と切迫感に満ちたものでした。日本企業でも当時、語学力の重要性は認識されていましたが、仕事を止めてでも合宿させ、行動変容を狙うところまで踏み込んだ例を、筆者はあまり知りません。
■事例2:市場獲得のための言語[K-pop業界]
数多くのアーティストを育成・輩出する韓国随一の大手芸能事務所を訪ね、練習生のマネジメントを担当している方にお話を伺ったときのことです。彼は、スマートフォンで練習生の週間スケジュール表を見せてくれました。朝9時から夜11時まで、びっしりと予定が詰まっています。ボーカルトレーニング、ダンスレッスン、演技レッスン、そして、毎日必ず2時間の語学レッスンが入っています。
「英語、日本語、中国語。これは絶対にサボれないんです。なぜなら、デビューできるかどうかの評価基準に、語学力が含まれているからです。でも、それが当たり前なんです。TWICEを見てください。日本人メンバーだけでなく韓国人メンバーも、全員が日本語でインタビューを受けられますよね。あれ、練習生時代から徹底的にたたき込まれてるんです」
彼は続けます。
「私たちにとって、語学は『あったらいいスキル』じゃなくて、『市場獲得のための必須武器』なんです。日本市場は大きいから重要。アメリカ市場も狙う。中国も東南アジアも。それぞれの市場で、現地の言葉でファンとコミュニケーションできることが、成功の鍵なんです」
特に最後のコメントは、音楽、エンターテインメントに限らない的を射たものでした。
「日本も変わろうとしてるのはよく分かります。縮小しているとはいえ、まだまだ国内市場が大きいから、どうしても『国内で成功すればいい』という発想になっているのでは? K-popは最初から世界市場を見据えている。その差は大きいですよ」
■事例3:思考と言語の統合[シンガポール初等教育]
コンサルティングは当然ながら企業に対して行うものですが、お付き合いが長くなると、社長をはじめ経営陣個人のご相談に乗ることが多くなります。本来は別料金としたいところですが、なかなかそうもいきません(笑)。
さて、あるクライアント企業の社長がシンガポールに移住することになりました。お子さまの将来の教育を考えての決断だったそうです。しかしながら、ご本人も奥さまもあまり英語が得意ではなかったため、筆者は、お二人のお子さんの学校選び、さらには英語の勉強をお手伝いすることになりました。
社長は「できれば公立校で、シンガポールの教育を体験させたい」と希望されました。筆者も個人的に興味があり、インターナショナルスクールや私立も含めていくつかの小学校を訪問しました。そんな中で、圧倒的に印象に残ったのが、授業の進め方です。
算数の授業を見学させてもらいました。先生が英語で説明し、子どもたちも英語で質問し、英語でディスカッションしています。彼らにとって英語は「外国語」ではなく、「学ぶための言語」なのです。驚いたのは、小学3年生の児童が算数の問題を解いた後、Why did you choose this method?(なぜこの方法を選んだの?)と先生に聞かれ、英語で自分の思考プロセスを説明していたことです。
■小4の子どもが英語を「使いこなせる」ワケ
「単に答えを出すだけではなく、なぜそう考えたのかを言語化させるんです。これが批判的思考(critical thinking)の訓練になります」
校長先生がそう説明してくれました。
「シンガポールでは、英語は道具です。英語を使って、数学を学び、科学を学び、歴史を学ぶ。だから、子どもたちは英語を『勉強』するのではなく、『使いこなす』ことを自然に身につけていくんです」
理科の授業では、実験結果を英語でまとめ、クラスメートの前でプレゼンテーションをしていました。小学4年生です。
社長のお子さんは、最初は英語がほとんど話せませんでした。でも、6カ月後に会ったとき、流暢とはいえないまでも、英語で自分の考えを説明できるようになっていました。
「最初は大変だったみたいですけど、今は楽しそうです。週末も学校に行きたいと言って困っています。英語で友だちと話すことが、もう普通になってるみたいで」
社長はそう話してくれました。実際、EF英語能力指数2024版でシンガポールは世界3位。アジアではトップです。でも、それは単に「英語教育がうまい」からではありません。中国系、マレー系、インド系といった多民族からなるこの国での共通語としての「英語で思考する」教育の結果でもあると思います。
■日本の英語教育に決定的に欠ける「3要素」
これらの事例には、明確な共通点があります。日本の英語教育に欠けているのは、まさにこの3つなのです。
1 明確な市場目的

サムスンは「グローバル市場での主導権」、K-popは「世界市場でのファン獲得」、シンガポールは「多民族国家での統合」――具体的で明確な目的がある

2 イマージョン環境

サムスンの「English Only」、K-popの「毎日2時間の語学訓練」、シンガポールの「英語で思考する教育」――「逃げ場のない環境」をつくっている

3 思考と言語の一体化

単なる「翻訳」ではなく、英語で考え、英語で表現し、英語で議論――言語を思考のツールとして使いこなしている
日本人の英語習得における最大の構造的ハードルは、皮肉にもこの発展した経済と人口。「英語がなくても生きられる」経済環境そのものです。この環境下では、どれだけ教材を買っても、どれだけ塾に通っても、「切実な必要性」が生まれにくい。そして、切実な必要性がなければ、学習は「義務」や「努力目標」にとどまり、真の習得には至らないのです。
この構造を理解することが、第一歩です。

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ショーン 川上(しょーん・かわかみ)

経営コンサルタント

専門は全社戦略/経営開発、事業再生、新規事業開発。2025年11月よりJ-WAVE 81.3FM x ラジオNIKKEI「Make IT NEXT」ナビゲーターを務める。

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(経営コンサルタント ショーン 川上)
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