海外研修やコンクールへの挑戦を通して得た学び、そして日々、現場の第一線でチームを率いるなかで大切にしている考え方や目指す未来について、リーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクション「オールデイダイニング リモネ」シェフの北川 拓朗氏に話を伺った。
写真:リーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクション「オールデイダイニング リモネ」シェフ 北川 拓朗氏
常に「90点以上」を出し続ける
──北川シェフは2004年に入社され、20年以上にわたりロイヤルホテルの厨房に立たれています。シェフが考える「ロイヤルホテルの食」とはどのようなものでしょうか。
他ホテルの料理人の方々と交流するなかであらためて感じるのは、ロイヤルホテルの味の歴史には、驚くほどの柔軟性があるということです。「伝統を守る」というプライドを大切にしながら、それ以上に「常識にとらわれない発想」を重んじてきました。
その象徴ともいえる一品が、誕生から半世紀近く愛されている看板料理「海の幸のピラフ」です。当時の西洋料理では、味噌や醤油を使うことはタブーに近いものでした。しかし、ロイヤルホテルのシェフは本場フランスの味に固執するのではなく、「日本のお客様に喜ばれる味」を追求し、隠し味として和の調味料を取り入れたのです。お客様の目線に立ち、常識にとらわれずに挑戦する。その柔軟な姿勢が、私たちが築き上げてきたオリジナリティの源泉だと思っています。
──歴史あるホテルでありながら、柔軟な姿勢を保ち続けられるのはなぜだと思われますか。
先人の料理人たちは、常に「自分たちにしかできないことは何か」を考え続けてきました。その姿勢が、今のロイヤルホテルの文化を形づくっているのではないかと思います。私がまだ駆け出しだった頃の料理長も、非常に柔軟な考え方の持ち主ばかりでした。ホテルの厨房は上下関係が厳しいところも多いと聞きますが、ロイヤルホテルには比較的自由に意見を交わせる空気があります。さまざまなアイデアを出し合う、いわばブレーンストーミングのような雰囲気が自然と根づいているのです。
──若手時代に、料理人としての姿勢について教えられたのはどんなことでしょうか。
先輩によく言われて今でも印象に残っているのは、「常に90点以上を出し続けなさい」という教えです。人間ですから体調や精神状態に左右されることもありますし、毎回100点を出すのは難しいでしょう。でも、60点、70点の日があってはいけない。つまり、常に90点以上の仕事をし続けること。それがプロだという考え方です。
90点以上を維持し続けるには、日頃の自己管理が欠かせません。
写真:リーガロイヤルホテルの看板料理「海の幸のピラフ」
フランスでの経験が地元の食を見直すきっかけに
──ロイヤルホテルでは、1976年から海外料理研修制度を設け、多くの料理人に海外で学ぶ機会を提供してきました。北川シェフもフランスで研修を経験されていますが、現地ではどのような気づきを得られましたか。
意外に思われるかもしれませんが、現地で実感したのは「日本の料理人のレベルの高さ」でした。もちろん、フランス人は生まれた時からその土地の食文化の中で育っているので、フランス料理に対する独特の「感覚」を持っています。そこは、簡単には追いつけない部分でしょう。でも、日本人の知識や技術は世界で十分に通用すると確信したのも事実です。
もう一つ印象的だったのは、地域ごとに食文化が大きく異なることです。湖の魚しか使わないところもあれば、肉料理に特化している地域もある。
──その経験は、帰国後の料理にどのように生かされていますか。
日本、特に関西というこの場所で、何ができるのかを深く考えるようになりました。2025年にリモネがリニューアルした際は、朝食メニューに大阪の郷土料理である「肉吸い」や「きつねうどん」「たこ焼き」を取り入れています。旅の楽しみの一つは、その土地ならではの食に出会うことだと思います。フランスで感じた地産地消の精神を、自分たちなりの形で表現したいと考えました。
──北川シェフはエスコフィエ・フランス料理コンクールやル・テタンジェ賞など、数々のコンクールで受賞されています。挑戦のきっかけは何だったのでしょうか。
日々の仕事で精一杯ではあったのですが、先輩から「もっとできるだろう」と背中を押していただいたことがきっかけでした。コンクールで大切なのは、時間を守ること、妥協しないこと、そして完璧な準備。実はこれは、日々の仕事とまったく同じです。つまり、コンクールで結果を出す人というのは、日々の仕事をきっちりこなしている人なのです。
例えば、4時間の競技であれば、その時間内に完璧に仕上げるための練習を何度も繰り返します。1分でも遅れれば減点。付け合わせが一つ間に合わないからといって諦めることも許されません。過酷な挑戦ですが、その分、得られるものも大きいと感じています。コンクールに出るためには、さまざまな食材や技法を徹底的に学ばなければなりません。その過程で得た知識や技術は、必ず現場の仕事に生きてきます。若い頃にこうした経験を積んでおくことは、その後の新しい挑戦の土台にもなるはずです。今は、挑戦しようとする部下に対して、自分の経験をもとにアドバイスができることをうれしく感じています。
写真右:2019年 第9回エスコフィエ・フランス料理コンクール準優勝 当時の北川シェフ
本物の味をさらに高いレベルに引き上げる
──2023年、30代でオールデイダイニング「リモネ」のシェフに抜擢されました。当時の心境はいかがでしたか。
正直なところ、パニックでした(笑)。歴代のシェフは大先輩ばかりですし、スタッフには私より年上の方がたくさんいます。
そのうえで心がけてきたのは、固定観念にとらわれないことです。何十年も続いてきたレシピであっても、本当にこの作り方が最適なのかをあらためて見直す。最新の器具を使えば、より正確に、より美味しく仕上げられるかもしれない。そんな可能性を常に考えるようにしています。
──後進への指導については、どのようなことを意識されていますか。
若いスタッフには、「なぜそうするのか」という本質を考えることの大切さを伝えています。今はSNSやAIなどで簡単にレシピや情報が手に入る時代ですが、それが本当に正しいのかを見極める力が求められていると思います。メニューを考えるときも、お客様に喜んでいただけるかという視点に加えて、「この料理がスタッフの学びや成長につながるか」ということも意識しています。
また、彼らにはあえて一段上の仕事を任せるようにしています。
──最後に、「食のロイヤル」が目指す未来、そして北川シェフ自身の展望をお聞かせください。
時代が変わっても、長く愛され続けてきた「本物の味」は大切に守り続けなければいけません。そのうえで大切なのは、本物の味をさらに高いレベルへと引き上げることです。料理の世界でも設備や技術は日々進化していて、昔はできなかったことが今はできるようになっています。そうした新しい技術を柔軟に取り入れながら、究極の味を追求していく。それが「食のロイヤル」のこれからの姿ではないでしょうか。
料理人としての原動力は、「プライド」の一言に尽きると思います。このレベルまで期待されているのだから、それに応えられる自分でありたい。そんな想いを胸に、柔軟に進化し続けるロイヤルホテルの食を、これからも担っていきたいと考えています。
写真:チームと共に、料理に向き合う北川シェフ(手前右)
●北川 拓朗(きたがわ たくろう)
2004年、株式会社ロイヤルホテル入社。
入社後は、宴会調理や「レストラン シャンボール」などで経験を積む。
2017年からはフランスの三ツ星レストラン「メゾン ラムロワーズ」、「ラシェット シャンプノワーズ」で半年間の海外研修に臨み、帰国後は宴会調理部門のスーシェフに就任。日々の業務と並行しながら、数々のコンクールにも挑み、技術を磨き続けた。
2023年4月、リーガロイヤルホテル大阪 ヴィニェット コレクション「オールデイダイニング リモネ」のシェフに就任。
コンクール受賞歴
2014年 第12回AJSA Culinary Challenge in OSAKA 2014 総合第1位
2018年 第9回 エスコフィエ・フランス料理コンクール 準優勝
2019年 ル・テタンジェ賞 国際シグネチャーキュイジーヌコンクール 第3位