「瀬戸内」と聞くと、穏やかな気候、美しい海、アートな島々、歴史ある港町……といったイメージをぼんやりと抱く。しかし実際にその土地を訪れてみると、そんな漠然としたイメージや観光パンフレットなどの情報だけではすくいきれない、生活のリズムや都市のカラーがたしかに存在する。
なぜ “宇品” なのか?街と海と島をつなぐ「ターミナル」
《せとうちサイクルステイズ》が建つのは、広島市南区の宇品。広島港を擁し、中心部から約20分圏内の立地は、都市と海が最も近づくポイントのひとつ。そして原爆ドームや平和記念公園といった象徴的なスポットから倉庫街や港湾エリアまで、わずかな距離で風景が切り替わるのが土地の特徴だ。
宇品という土地の特徴を活かしながら、瀬戸内の魅力を発信する施設として2026年の4月にオープンした同施設は、旧広島競輪場跡地を再整備した《アーバンサイクルパークス広島》に隣接。ホテルの目の前に広がる都市型パークには、競輪場はもちろんBMXやスケートボード、3on3、さらには子供たちが楽しめるランバイクまであらゆるアーバンスポーツが集結し、自転車を含むアーバンスポーツを単なる競技ではなく、カルチャーとして捉える場所として発信。初心者からプロフェッショナルまでがシームレスに混じり合うエネルギッシュな空間こそが、ここ宇品でしか味わえないサイクリング体験に、さらなる躍動感と奥行きを与えてくれるはずだ。
そして何より重要なのは、《せとうちサイクルステイズ》が“目的地”としてだけでは完結しないということ。広島市内を巡るショートコース、フェリーで江田島へ渡るアイランドコース、呉方面へ抜けるロングコースなど、提案する自転車ライドのすべてにおいて、同施設が起点もしくは中継点となっている。つまり宿泊する場所であると同時に、次の風景へ向かうための「ターミナル」なのだ。
まず館内には、サイクリスト目線の設備が揃う。
また、《せとうちサイクルステイズ》のスタッフは、単なる案内役ではなく“ナビゲーター”として位置づけられている。土地を走り込み、リアルな情報を持った存在だからこそ可能なガイドブックには載らない提案。その距離感こそが、同施設を単なるサイクリスト向けホテル以上の存在に引き上げるはずだ。
移動が体験に変わる余白を歓迎する手段としての自転車
取材当日は、《せとうちサイクルステイズ》を起点に自転車で広島市内を巡るショートコース(約13.5km)を体験。まずは広島駅から原爆ドームや平和記念公園といったこの街ならではの歴史ある文化施設を訪れ、そこから地元で親しまれているアトリエカフェやみなと公園をゆっくりとライドする。
そして海岸沿いを走り、勾配を登って元宇品公園展望台や宇品灯台に向かうと、そこからは一気に街の見え方が変化。先ほどまでの路面電車やバスが走る風景から、見渡す限りの海が眼前に広がる。
信号待ちのあいだに聞こえる生活音、橋を渡るときに一気に開ける視界、港に近づくにつれて濃くなる潮の香り。自転車で走るスピードだからこそ、そうした細かな変化を取りこぼさずにしっかりと受け取ることができる。そして観光地と生活圏が混在するこのルートは自転車で走ることで、広島・宇品という都市を“一枚の地図”ではなく、“連続するシーン”として体感させてくれるように感じた。 「なぜ自転車なのか」という問いに関しては、歩くには遠く、クルマでは早すぎる──その“あいだ”にある時間を、最も贅沢に扱えるのが自転車という乗り物だから、と答える。
同施設が提案する、フェリーで江田島へ渡るアイランドコースや呉方面へ抜けるロングコースなども、今回ライドしたショートコースとはまた違った魅力を体験することができるはず。船で海を越え、ペダルを踏み出す。その切り替えの瞬間も、瀬戸内サイクリングの醍醐味だ。それは次回のお楽しみに──自転車に乗って一度でも走ればリピートしたくなる奥深さを、この街で感じてほしい。
走る前後の時間も設計する瀬戸内を自転車カルチャーの発信地に
そして《せとうちサイクルステイズ》での体験は、もちろん走って終わりではない。同施設では、走り終えた身体をどのように回復させ、次の日につなげるのかという流れまでデザインされているのも魅力。大浴場やサウナ(競輪開催期間外のみ利用可能)、ジムスタジオ、カフェ&バー、DJブースを備えたラウンジなど、サイクリスト目線でホスピタリティにあふれた充実の設備が用意されている。
ゲストルームのコンセプトは、次なる冒険に備えて自分を整える「CARAVAN」。
食に関しても、アクティブなサイクリストをサポートする充実のメニューが用意されている。「旅のエネルギーチャージ」をコンセプトにしたメニューが並ぶ朝食や、ローストビーフ・パスタ・焼き立てパン・広島県産のお米・デザートなどから好きな物をたっぷり味わえるランチ。そしてロングライドなどの際に、エネルギーチャージとして最適なオリジナルサンドウィッチはテイクアウトも可能だ。
《せとうちサイクルステイズ》が目指すのは、ひとつのホテルの成功ではない。ツーリズム、スポーツ、カルチャーといった要素が交差する文化圏の形成であり、その価値を最も引き出すツールが自転車。宿泊者同士が自然とルートや店の情報を交換し、次の目的地を語り合う──自転車という共通言語が人と人をつなぐ環境がここでは生まれるだろう。広島・宇品から始まるこの試みは、瀬戸内を「一度訪れる場所」から「何度でも走りたくなる場所」へと変えていく。その最初の拠点として宇品はあまりにちょうど良く、ここから先のルートはまだ白紙でいい。走りながら、自分なりに書き加えていけばいいのだから。
Text by ラスカル(NaNo.works)
INFORMATION
せとうちサイクルステイズ広島宇品
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