音楽フェスが全国各地にあふれ、規模や話題性だけでは差別化が難しくなった現在においても、独自の存在感を放ち続けているのが横浜・赤レンガ倉庫で開催される〈GREENROOM FESTIVAL〉以下、GREENROOM)。“Save The Beach, Save The Ocean”をテーマに掲げ、音楽とアートを軸にしたカルチャーフェスを20年以上にわたって続け、「都市型フェスの理想形」とも言える立ち位置を築いてきた。その背景には明確なコンセプトと、時代に合わせて進化を続けてきた柔軟なスタンスがある。本企画では同フェスのオーガナイザーである釜萢直起氏へのインタビューから、〈GREENROOM〉が支持されている理由と、都市型フェスが持つ思想や在り方をひも解いていく。
Interview:釜萢直起
フェスの原点はアメリカ・ラグナビーチ 雪の2月に開催された伝説の第1回目
──釜萢さんは地元が町田で、原体験としては中高でサーフィンやスケボーに夢中になり、大学時代にはサーフィン目的でシドニーに留学。フェスに関しては、〈MOONSHINE FESTIVAL〉(アメリカ・ラグナビーチ)に影響を受けて〈GREENROOM〉を始めた、と過去のインタビュー記事で仰っていました。 〈MOONSHINE FESTIVAL〉に行ったのは2004年。『The Surf Gallery』のWill Pennartz(ウィル・ペナーツ)や、『The Moonshine Conspiracy』というクリエイティブ集団のChris Malloy(クリス・マロイ)などがオーガナイザーで、アーティストだけではなくフィルマー、ペインター、ギャラリーのオーナー、ミュージシャンのマネージャーなど多様な人とカルチャーが混ざり合う現場に影響を受けました。〈MOONSHINE FESTIVAL〉を見て帰国したのが2004年の9月。そこからすぐに準備を始めて、2005年の2月に第1回目の〈GREENROOM〉を開催しました。 ──サラッと語っていますが、帰国から開催までの期間がかなり短いですよね。 そのときは火がついていたので。〈MOONSHINE FESTIVAL〉のオーガナイザーに「このフェスを日本でもやれないか」という話はしていて、初めは〈MOONSHINE FESTIVAL JAPAN〉のような形をイメージしていました。ただし資金難でフェス自体がなくなってしまって、途中からは「自分たちでやろう」という方向にシフトして、オリジナルの名前で開催することになりました。なので〈GREENROOM〉は〈MOONSHINE FESTIVAL〉の意思を引き継ぐフェスです。 ──〈GREENROOM〉開催に至るまで、特にどのような点で苦労しましたか? フェスを開催する前、GREENROOMという会社はブランドのブランディングや編集プロダクションがメインの事業で、自分としても以前は『warp MAGAZINE』という雑誌で働いていて音楽やライブは近いものでしたが、音楽イベントを開催したことは1度もありませんでした。 〈GREENROOM〉の制作を受けてもらうためにいろいろな会社にお願いしましたが、こちらはフェス界隈ではまったく無名でしたし、素人が来たみたいな感じでどこもダメでしたね。なので自分たちでなんとか作っていって、第1回目の〈GREENROOM〉を開催しました。
──第1回目の〈GREENROOM〉で特に印象的なエピソードを教えてください。 いま振り返ってもなぜと思いますが開催は2月。雪が降る中で100名ぐらいが並んでくれたのは印象的でしたし、すごく感動しました。初回はTommy Guerrero(トミー・ゲレロ)やRay Barbee(レイ・バービー)など海外のアーティストと、日本のバンドが半々くらい。当時は海外アーティストを招聘する難しさも素人すぎてわかっていなかったけれど、出版やブランドの事業でサーフィンやスケートボード界隈の繋がりはあったので、とにかくパッションでオファーしました。 ──今回は〈GREENROOM〉の現在のお話をメインにお聞きしたいので少し駆け足になりますが、そこから5年・10年・15年とフェスを続けていく中で感じた変化は? まず開催場所が、大さん橋から赤レンガに移ったのが大きな変化ではありましたね(2010年~)。あとはブッキングを含めお客さまに喜んでもらうクオリティを上げることに邁進してきた20年ではありますが、フェスはプロモーターがブッキングを担当しているのが多い中、自分たちはインディペンデントなやり方だったので、最初はなかなか苦戦しました。 それでも10年目ぐらいから流れが変わって、海外の旬なアーティストを呼べるようになったり、ペインターやアーティストたちが作品を出してくれるようになったりして。あと赤レンガに移ったことでマーケットも拡大していきました。〈GREENROOM〉は無料エリアにもライブステージがあって、DJがいて、いろいろなブランドの出店がある。フェス自体が“ひとつの街”のようになってコミュニティが強くなり、そのお祭りとして毎年遊びに来てくれるようになりました。 〈GREENROOM〉は“Save The Beach, Save The Ocean”をテーマとして掲げていますが、やっぱり海はオープンなものなので、フェスとしてオープンサイドにいることを大事にしてきましたし、そのテーマが「無料エリアの充実」という方向に繋がっていったと思います。
歴史的価値がある場所でフェスを表現 進化の先に迎えた20周年
──〈GREENROOM〉を続けて、横浜という街の見え方は変わりましたか? そうですね。〈GREENROOM〉を開催するエリアって赤レンガ倉庫のほかにも、少し足を伸ばせば野毛や中華街、みなとみらいなど魅力的なスポットがたくさんあります。海沿いなので景色も朝昼夜といろいろな顔を見せてくれるので、横浜はずっと変わらず好きですね。あと赤レンガ倉庫という歴史的価値がある場所でフェスを表現できていることに意味があると思うので、場所の持つパワーはすごく重要ですし、〈GREENROOM〉を通じて横浜の魅力も伝えていきたいです。 ──年々、会場に遊びに来る人の層も多様化している印象を受けます。 初めは男性ばかりのイベントで、コンテンツもマニアックなものが多かった。ただ海のカルチャーをより多くの人に知ってほしい気持ちがベースにあるので、それを広げるためにどうやったら知らない人たちに届けられるのかを考えていった結果、いまの形になっていきました。 マーケットもサーフブランドだけではなく、いろいろなジャンルのセレクトショップが入ってきてくれたことで広がっていきましたし、アーティストがアーティストを呼んでくれたり、コラボしてくれたり、自発的にどんどん発生してきたことも大きい。そういうのはこちらとしてもうれしいですし、〈GREENROOM〉は関わる人たちみんなで作ってきた感はありますね。 ──〈GREENROOM〉は数ある都市型フェスの中でも、圧倒的に行きやすいし、参加しやすい。横浜散策と合わせてフェスに遊びに行くこともできますし、なんならフェスの途中でちょっと街に繰り出してもいい。参加するハードルの低さが魅力でもあると思います。 例えばサーファーは海も街も近い感覚でONとOFFを楽しんでいて、マリブとハリウッドや、留学していたシドニーもボンダイやマンリービーチからタウンも近くて、そのまま夜はみんな繰り出すのが普通だと思っているので。エシカルなイベントにしていく方向性ではもともとないですし、自然を大事にするというメインコンセプトは重要ですが、カルチャーとしてはそこだけではない。自然と遊び、その両方の面白さをフェスの中に入れて作ってきたという感じですね。 逆にその方が伝わりやすいと思いますし、アカデミックに海のことを言い続けてもなかなか伝わらない。去年の20周年のときに、Jacob Collier(ジェイコブ・コリアー)が素晴らしいライブで自然の良さを伝えてくれたりもするし、いろいろなクリエイターやアーティストが海にインスパイアされた作品を残してくれるので、それをちゃんとエンタテインメントとして伝えていきたいと思います。 ──昨年の開催が終わったあとに、釜萢さんはインスタグラムで「Jacob Collierの自由な素晴らしいライブ、本当に感動した、あらためて俺自身、みんなに届けたいことがクリアに再確認できたと思う」と綴っていたのですが、いま仰っていたような部分ですか? そうですね。Jacob Collierのライブはみんなで合唱するのも含めて一体感が素晴らしかったですし、なんで自分はフェスを作っているのかという点も含めて、Jacobにわからされたというか。生の体験の重要さを再確認できたことで、改めてフェスを作り続けたいと思いました。 ──釜萢さんは20年以上、フェスを毎年開催するライフスタイルを送っていますが、その年のフェスが終わったあとは少しだけでもクールダウンする期間を設けていますか? やっぱり少し間を空けないと頭がこんがらがってしまうので、断つというとあれですけど、離れる時間も必要ですね。でもフェスベースでやっぱり日々が動いていきますし、その年の開催が終わると、すぐに次の年のブッキングが海外勢は始まっていくので。あといまはアジアのフェスと連携して、アーティストもアジアツアーのような感じで動いていくことが増えましたね。
──21年目という新たな始まりとして、今年の開催に向けて思うことは? うちはもともと会社ができたのが先で、そのあとに社名を付けたフェスを立ち上げたので、そういう意味ではみんなにとっても僕にとっても特別なものというか、まさに社運を賭けているような感覚ではありますね。フェスがなくなるときは、会社ごとなくなるときなので。
──今年のラインナップの中で、特に注目してほしいアーティストは? 今年はJON BATISTE(ジョン・バティステ)をベースに進んできました。コロナのときにNetflixで彼のドキュメンタリーを見てからずっと呼びたいと思っていて。去年のJacob Collierは“音楽の神の子”だとすれば、BATISTEは“音楽の神”そのもの。僕の中ではすべてがナンバーワンですね。 その前に出演するJANELLE MONÁE(ジャネール・モネイ)は、2月にキャンセルを発表したEzra Collective(エズラ・コレクティブ)に変わって急遽出演を決めてくれて。助けてもらったことも含めて思い入れは強いです。あとはロンドンを拠点に活動するEmma-Jean Thackray(エマ=ジーン・サックレイ)もカッコイイので楽しみにしていてください。 邦楽ではGEZANがRED BRICKステージに出るのが〈GREENROOM〉らしいですし、GADOROのような新しいアーティストも楽しみ。それとTribe Sampler Collective – Nujabes Tribute Set –は鎌倉にスタジオがあって自分も鎌倉に住んでいますし、海岸で聴く彼らのサウンドは合うでしょうね。KREVA、Dragon Ash、スカパラといった定番のメンツも出てくれますし。
──アートに関しても、今年の注目のポイントを教えてください。 個人的に今年はSTACY PERALTA(ステイシー・ペラルタ)。やっぱり『DOGTOWN』や『POWELL』の映画なども含めてずっとインスパイアを受けてきたので、彼の作品が来るのはうれしいですね。
アクセルを踏み続けるオーガナイザーの境地 GREENROOM FESTIVALのこれから
──20年以上にわたって続けてきた結果、〈GREENROOM〉は街の風物詩になっていますし、会場から漏れる音を聴く人々も、ある意味で風景として定着しているというか。 めちゃくちゃいますね。でも来年、チケットを買ってくれるかもしれないですし、昔からそういうこともポジティブに捉えてきたので。チケットを買って入ってくれれば最高のライブを観られますが、まずは無料エリアのマーケットなどを目当てにでも遊びに来てほしいです。 ──ちなみに近年の日本のフェスシーンに対して、思うことはありますか? いまって日本にも500個ぐらいのフェスはあると言われている時代なので、逆に独自路線を生み出すのが難しくなっているとは思います。その点、〈GREENROOM〉は有料・無料エリアがあるカルチャーフェスという形でずっと20年やってきました。あとフェスはこれからも増え続けていくと思いますが、洋楽と邦楽の両方を楽しめるフェスという意味では日本はそれほどまだ増えていないので、そのスタンスはこれからも変えずにやっていきたいという感じですね。 ──釜萢さんは今後、〈GREENROOM〉をどのようにしていきたいですか? 過去のインタビューでは、「エリアをもっと広げていきたい」というようなことを仰っていました。 やっぱり〈GREENROOM〉は大さん橋で始まったフェスなので、次の周年とかには赤レンガと大さん橋をくっつけたいなと。大さん橋と赤レンガの間には象の鼻パークや広場などもあるので、そういった場所も使いながらいろいろなコンテンツをやっていきたいなとは考えています。あとは横浜みたいな街がほかの地方にあれば、そういうところでも開催してみたいですね。 ──釜萢さんにとってフェスは、もはや切っても切り離せないものだと思います。 いまは主催のフェスと受託のフェスがあるので、そういう意味では1年中、フェスを作っています。自分は場づくりが好きですし、空間も好きなので、みんなが楽しめる場所を作りたい。それが数日で終わる儚さも含めて、自分はそういうのが性に合っているのだなと思います。 ──フェスのオーガナイザーの方にインタビューさせていただくときは、ベタなのですが毎回、最後にこの質問を聞いているのでお願いします。あなたにとってフェスとは? ちょうど昨日、クリエイティブマンの清水(直樹)さん(〈SUMMER SONIC〉のオーガナイザー)とJ-WAVEの『YOU ONLY LIVE SONIC』で対談したのですが、話していて自分もそうだと思ったのは、やっぱりどこか“ネジが外れている”。フェスはハイリスクなエンタテインメントであり、前を見ることや上を見ることを続けないといけなくて、守りに入ってしまうと停滞していずれはなくなる。 その意味で〈GREENROOM〉は20年間ずっと、ブッキングもコンテンツもアクセルを踏み続けてきましたし、それがオーガナイザーとしての境地なのかなと。それはフジロックの生みの親である日高(正博)さんも、先ほど名前を挙げた清水さんもそう。コーチュラだってずっと踏み続けているし、一方でアーティストはコーチュラのステージで最高のものを揃えてくる。 そういう意味で踏み続けることが重要。先のことはわからないですが、呼べていないアーティストはたくさんいるので、〈GREENROOM〉はまだまだ先があるのかなと思います。
Interview & text by Rascal(NaNo.works) Photo by Shunichi Oda
INFORMATION
GREENROOM FESTIVALʼ26
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