カシミールで4月22日に発生したテロ事件を契機に、インドとパキスタンの対立が再び激化した。5月8日には空戦が展開されたが、インド空軍が保有するフランス製の新鋭多用途戦闘機の「ラファール」が、パキスタン空軍が保有する中国製戦闘機のJ-10Cによるミサイル攻撃で撃墜された。
インドのエリート育成能力に疑いを持つ者はいない。米国のテクノロジー業界のトップ企業のリーダーの多くがインド出身者だ。グーグル、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフト、X(旧ツイッター)などの経営陣には、インド人エリートの姿が多く見られる。彼らは皆インドで育ち、インドのトップ校であるインド工科大学(IIT)を卒業し、米国に留学して最優秀校で博士号を取得し、米国のイノベーション業界で頭角を現した存在だ。同じ米国留学経験者でも、インド出身の人材は中国出身の人材を「世界規模で圧倒」している。
しかし、インド出身のエリートの多くは、インドの現代化の進展とは無縁だ。彼らは米国で努力して成功したが、母国の建設にはほとんど関与していない。
しかし中国の状況は違う。1950年代から、留学生として出国して相手国で実績を積み重ねていたロケット工学の銭学森、核物理学の銭三強やトウ稼先(「トウ」は「登」におおざと)らが帰国して、祖国の建設に尽力した。2000年以降も生物学の施一公、饒毅、顔寧らが、西側の高給と名誉を捨て、祖国の科学技術建設に参加してきた。
また、留学経験者ではないが、祖国の発展に大きく貢献した人物も多い。例えばディープシークの梁文鋒、バイトダンスの張一鳴、華為技術(ファーウェイ)の任正非らだ。自国で職責を全うすることで、自国の発展に貢献する中国人エリートは珍しくない。インド人エリートの状況とは対極的だ。
海外留学をしたインド人エリートが帰国を望まない理由はまず、自国の環境がよくないからだ。官僚主義と腐敗が蔓延し、さらにカースト制度による差別の連鎖が存在する。出自が低い階層である場合、見えない差別のネットワークに阻まれてのし上がるのは困難だ。インド人エリートは外国に行って状況がまるで違う別世界を目にし、視界が開ける。だから自国の発展に希望が持てなくなる。
中国の工業化は人材が豊富なだけではなく、政策の整備もあって、国有企業と民間企業の連携が進められてきた。また中国のインフラ建設は猛烈な勢いで進んで来た。インドの政策は常に数歩遅れ、インフラ建設は牛車のように遅く、交通も非常に不便だ。
インドの主要企業グループなどはいずれも最先端分野を切り開くことができず、ハイテク系企業はソフトウェア分野に限られている。結果として、シリコンバレーの産業チェーンの末端で他人のために衣を縫っているようなものであり、自前の完全な工業チェーンを築くことは困難だ。インドが自主生産したとされる戦闘機もすべて性能が低く世界の最先端とは大きな隔たりがあり、国内の南部に配備されるだけで、パキスタン国境付近には配備できない。インドの国防は結局、フランス、ロシア、米国の混成武器システムに頼るしかないが、それも結局は一度の戦闘で崩壊してしまった。
インドは最優秀の人材を輩出しながらも自国の工業化を実現できず、現代化の道を着実に進むこともできない。ダチョウのように現実を見ないことを選び、自国の戦闘機がパキスタンの中国製戦闘機に撃破されたという事実に向き合おうとしない。これは人材配置の失敗という悲劇であり、制度構築の失敗の結果だ。(翻訳・編集/如月隼人)