2018年、弊誌が選ぶベストミュージックビデオ。
10位:セイント・ヴィンセント「Fast Slow Disco」
監督:ゼヴ・ディーンズ
ポップを再構築したセイント・ヴィンセントのアルバム『Masseduction』からのバラード「Fast Slow Disco」のミュージックビデオは、カオスなロックコンサートが舞台。誰もかれもが体を重ねる、官能と温かさが入り混じる饗宴。ただし、堕落した欲望はそこにはない。男性の肉体の山を押し分けて現れるのが、アニー・クラーク。周囲の狂乱に悦に入りつつも、相手をそそのかしたり、迫ったりはしない。この世界観を作り上げるために、ゼヴ・ディーンズ監督はゲイ専用の出会い系アプリを使って、ブルックリンのメタルバーSaint Vitusにレザーの装身具姿のイケメンやマッチョを集めた。撮影中にウマが合い、そのままカップル成立にいたった者もいたそうだ。E.D.
9位:Flasher「Material」
監督:ニック・ロニー
ワシントンDC出身のポストパンク・バンドFlasherは「Material」の映像化にあたり、YouTube時代のメディアのやり方を踏襲した。こうして完成したミュージッククリップは、バッファリング、ポップアップ広告、アルゴリズム、オートプレイ、タグ付け、フレームスキッピングのオンパレード。とくに笑えるシーンは『ケンタッキー・フライド・ムービー』のインターネット版という感じがしなくもないが――素人のアカペラ映像、角栓取り動画など、なんの脈絡もない爆笑映像――Flasherのようなインディーズロックバンドが、こうした拡散ビデオと場所取り合戦をしなくてはならない状況を思えば、十分楽しめる。
8位:Blackpink「Ddu-Du Ddu-Du」
監督:Seo Hyun Seung
Blackpinkは、2009年にデビューしたメガスター2NE1以来、YG Entertainmentが久々に放った女性グループ。
7位:Tierra Whack「Whack World」
監督:ティボー・デュヴェニクス
Tierra Whackのミニアルバムと合わせてリリースされた、モーフィングの連続映像は、シュールで、R&Bにのせたトリップ体験――15曲を15分で一気に駆け抜ける――22歳のフィラデルフィア出身のラッパーは、さまざまな設定で登場する。マペットたちが歌う墓場、パステルカラーのネイルサロン、リビングルーム、死に装束に身を包んだ葬式、ウォン・カーワイの映画から出てきたようなダイナー。Whackの曲に合わせ、各場面がぱっと切り替わる。物憂げにブルーな気分で華やかなレッドカーペットを歩いたかと思えば、次の瞬間には山男風の訛りで「あんたのケツを/ぶっ飛ばす」と宣言し、赤い風船を飛ばしている。監督のティボー・デュヴェニクスは、ミシェル・ゴンドリーばりのペースをどんどん上げていくが、一番驚いたのは最初の場面転換。アーティストがキュビズム風の顔が描かれたフードを下ろすと、家庭内暴力の被害者の顔が現れる、というシーンだ。
6位:ドレイク「ゴッズ・プラン」
監督:カレーナ・エヴァンス
「ゴッズ・プラン」でラップスターのドレイクはマイアミ市内を旅しながら、ビデオの撮影用に充てられた予算100万ドルを、生活に困っている家族や食料品店の買い物客、奨学金を必要とする子供たちや女性支援センターに配って回った。これまで、意図的にビデオの撮影予算を膨らませたアーティストはいた。マンサンとローマン・コッポラ監督は、ロンドンの地下鉄の駅で「Taxloss」の撮影をしてひと騒動おこし、ブリンク182は「ザ・ロック・ショウ」で若者の乱痴気騒ぎに乱入した。だが「ゴッズ・プラン」の予算はこれをはるかに上回りながらも、最も慈悲あふれるものとなった。またこの作品はドレイクと、23歳のカレーナ・エヴァンスの初コラボーレション作品でもある。今年のトップクラスの才能の持ち主だ。2人のコンビは、さらに「ナイス・フォー・ホワット」「アイム・アプセット」「イン・マイ・フィーリングズ」でも引き継がれたが、YouTubeの閲覧件数で10億件を間近に控えているのは今のところ「ゴッズ・プラン」のみ。1人でやろうと思っても、そうそうできないことだ。E.D.
5位:ジェイ・ロック、ケンドリック・ラマー、フューチャー&ジェイムス・ブレイク「キングズ・デッド」
監督:デイヴ・フリー&ジャック・ベガート
樹のてっぺんからウォール街、観光客に純粋主義者――ジェイ・ロックのアルバム『Redemption』に収録されている三つ巴ソングのビデオは、楽曲同様いい意味でブッ飛んでいる。株式取引市場や紙吹雪の舞う理髪店という設定で、ロック、ケンドリック・ラマー、フューチャーの3人が代わる代わる、金、一夫多妻制の王室、そして「ロールスロイスを腕に巻いてやるよ」といった話をぶちまける。監視カメラの映像や被害者の視点で撮影された暴行シーンのバックに流れるジェイムス・ブレイクのサンプリングがなんとも不気味。
4位:ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフ「Palante」
監督:クリスティアン・メルカド・フィゲロア
2017年9月、ハリケーン・マリアがプエルトリコを直撃すると、甚大な被害とそれに続く人道危機が訪れた。死者の数は2975人(ハーバードの調査によれば5000人近いともいわれる)。ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフのアリンダ・リー・セガーラと監督のクリスティアン・メルカド・フィゲロアは、自分たちの思いを表現する方法を模索していた。そして互いに連絡を取り合ううち、やがて「Palante」のコンセプトに行き着いた。メラ・マーダーとカリーム・サヴィノンが演じる別れたカップルが、1600マイルの距離を超え、いまだ癒えぬ傷を抱えながら、再び歩み寄る姿が描かれる。フィゲロアはプエルトリコ育ち。この10年国内外を行き来していた彼は、久々に故郷へもどってビデオを撮影した。ハリケーン以降、足を踏み入れるのはこれが初めて。そこで彼が目にし、フィルムに収めた映像は、統計上の数字よりもはるかに切実に胸に訴える。最終的に「Palante」は、相手にされないさみしさ、立ち直る強さ、そして別離の痛みを描いた美しい物語となった。
3位:Anderson .Paak「Til Its Over」(a.k.a. Welcome Home)
監督:スパイク・ジョーンズ
そう、正確にいうと「Welcome Home」は、AppleのSiri搭載ホームスピーカーHomePod用に造られた4分間のCM。だが、ドレイクの「Hotline Bling」に資金提供したのも、何を隠そうAppleだった。ミュージックビデオ界のベテラン、スパイク・ジョーンズが監督し、Anderson .Paakの曲を全面にフィーチャリングした「Welcome Home」の映像は、壮大なコンセプトと視覚効果に富んだ90年代に一気に引き戻してくれる。FW Twigsが自宅のアパートを引き伸ばして現れる色彩のラインは、さながらミシェル・コンドリー風の幾何学的なワンダーランドか、ジャミロクワイの「ヴァーチャル・インサニティ」の振り付け部屋を思い起こさせる。
2位:Childish Gambino「This is America」
監督:ヒロ・ムライ
ラッパー兼俳優兼作家の売れっ子ドナルド・グローヴァーと、『アトランタ』の監督ヒロ・ムライが底なし沼のような才能を駆使して、世界を魅了する最高のプロテスト作品をひねり出した。ラッパーの言葉遊びの手法で映像を自在に操り、グランドマスター・メリー・メル、アイスキューブ、チャックD、ケンドリック・ラマーたちが歌ってきた”アメリカ像”を可視化した。ひとつ例を挙げれば、裏庭で白馬に乗る人物は、おそらくラップ界で絶大な支持を得るミルトン・ウィリアム・クーパーの著書にちなんだものか。カオスの中で踊り狂うグローヴァーの姿は、銃規制から政府の横行、資本主義と黒人社会の関係性に対する一種の声明文ともとれる。「そう、このビデオは時代の変化が交わるクレイジーな交差点――それが楽曲とビデオ全体の前提になっている」とムライは、ニューヨークタイムス誌のインタビューで語っている。「暴力にさえも、悲しいかな、漫画みたいな一面がある。『ルーニー・テューンズ』の原理はどこにでも転がっているんだ。
1位:ザ・カーターズ「エイプシット」
監督:リッキー・サイズ
2016年、ビヨンセは全曲映像付きのアルバム『レモネード』をリリースした。2017年、今度はジェイ・Zが、『4:44』のほぼ全曲でミュージックビデオをリリースした。夫婦コラボとなったアルバム『エヴリシング・イズ・ラヴ』のビデオはたったの1本。だが「エイプシット」は、絵画に関する芸術史論を総動員したくらい内容の濃い作品だ。実のところ、このビデオがリリースされた数日後、芸術史の専門家の何人かが、映像に登場する各場面に秘められた意味を解明しようと試みた。2人はルーブル美術館を貸し切って、白人ヨーロッパ芸術の象徴ともいうべき建造物を、黒人の音楽、黒人の動き、黒人の声で満たした。サモトラケのニケの前で、ビヨンセはステファン・ロランドとアレクシ・マビーユの衣装に身を包み、ミーゴスのビートに乗って賃金平等を歌う。ダイブやGIF動画じみた動きには、思わずモナリザのような微笑みを漏らしてしまうかもしれないが、アポロンの間の入り口で立ち尽くすときのような衝撃に圧倒される、そんな何かが「エイプシット」にはある。コンセプトは、今年最大の自慢大会――だが、最も印象的で、最も芸術的な自画自賛だ。E.D.