「女性のことを本当に尊敬できないことになかなか苦しんでいた」と男が笑いながら話す。一方、隣に座る女は「私自身、男性を純粋に尊敬できないこともあった」と訥々と返す。
菊地成孔によるエレクトロポップ・ユニットSPANK HAPPYだ。SPANK HAPPYは、1992年にハラミドリ、菊地成孔、河野伸の3人で結成(1期)後、1999年からは岩澤瞳と菊地によるボーカルデュオ(2期)と形を変え、2006年に活動を停止していた。
時代に合わせて形を変えてきたSPANK HAPPYだが、2018年にFINAL SPANK HAPPYとして息を吹き返し、2019年10月には初アルバム『mint exorcist』をリリースした。再生に伴い、菊地成孔はBOSS THE NKをアバターに、新しいパートナーとして迎え入れられたのが小田朋美と相貌が瓜二つの新人OD。ちなみに小田は、東京藝術大学を卒業後、CRCK/LCKSのボーカリスト、菊地主催のdCprGのメンバーとしても活躍する音楽家である。なんだか複雑だが、どういうことなのか? 菊地が説明する。
「ええ、ご覧の通りですね、FINAL SPANK HAPPYは菊地成孔と小田朋美ではなく、アバターである彼等(指差す)、BOSS君とODによるユニットなんですよ。顔こそそっくりですが、小田さんは(指差す)クールでエレガントな方です。でも こいつ(ODを指差す)はひょうきんな弟キャラ。
菊地成孔と小田朋美ではなくアバターに活動させる。BOSSとODは互いが作詞作曲に携わる。これには一体どんな意味があるのだろうか?
2005年に『CDが株券ではない』という書籍を上梓していた菊地のことだ。現代社会と音楽のつながりについて意図することがあるに違いない──。

Photo by Kana Tarumi
「鬱っぽい雰囲気はやりきったので、もうやらないし、なにせ男女を対等にしたかった」
─まずは菊地さんと小田さんに伺います。お二人はもともと先生と生徒のような出会いだそうですね。
菊地:教師と生徒というか、僕が東京藝術大学で教鞭をとっていて、彼女が潜っていて……というような感じですかね。当時は小田さんは坊主頭でパンキッシュな風貌をしていました。
数年後に「すごい才能を持った若手がいるのでぜひプロデュースを」みたいな感じで紹介されたのが小田さんでした。まさかあの時の坊主頭の子だとは思いませんでしたけど。当初は、プロデュースも断ろうと思ったんですけどね。僕はジャズミュージシャンで、小田さんは藝大の作曲科でしっかりとクラシックの作曲の勉強をされている方だから。
周りに粘られて、小田さんのソロアルバム『シャーマン狩り』をプロデュースさせてもらったり、その後に僕のバンドに加入してもらったりしているうちに、小田さんのことは全く関係なく、SPANK HAPPYの再開を決めまして……。
─SPANK HAPPYは歴史あるグループですよね。菊地さんのパートナーを変えながら、今度で3期。
菊地:そうですね。90年代かな。世間では渋谷系が流行っている時からやっていました。当時は気持ち悪いとか言われましたけど、気持ち悪くしてたわけですもちろん(笑)。ゼロ年代あたりになったら「あれは早すぎた」「今やるべき」って言われたりして。それがピークに達したんですよね。
ラジオ(TBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波)で2期の音源を流すと、若いリスナーの食いつきが異常に良かったんですよ。何やっても「あいつは15年早い」とか言われてはいたんですけど、目の当たりにした感じでした。それで、「全く別の、新しいSPANK HAPPYをやろう」とスタジオのブースで思いついたんです。
─今までのSPANK HAPPYと今回は何が違うんですか?
菊地:たくさんありますけど、まずはメンヘラとか鬱とかの表現を捨てるということ、男女が対等であること、先取りしすぎる音楽ではなくインジャストなシティ・ポップをやること。そして何よりも、自分はやらないでアバターにやってもらう。ということですね。
岩澤さんと組んでいた2期はジェンダーがはっきりしていた。女の子が白紙のような美少女で、男が気持ち悪いフェティッシュな眼差しを持っているような。あとは幼児退行ですかね。鬱っぽい雰囲気。それはもうやりきったので、今度は「病み」なんて言ってないで、かつ男女が能動的で対等である、ということをやりたかったです。
「男が作曲で女がポエム…そんなの旧態依然じゃないですか」
─でも、菊地さんと小田さん、BOSSさんとODさんは年齢がかなり離れていますよね?
BOSS:はい、私とODは、菊地君と小田さんの実年齢と同じで、20歳以上違うんですよ。まあ、こいつ(OD)には年齢という感覚はありませんが、「人間に換算すると」というやつですね(笑)。一般論で言うと、年齢差が開けば開くほど対等な状態に持っていくには負荷がかかります。経験値とか社会的立場とか、それに伴う忖度が発生しますから。
─なぜでしょう?
BOSS:FINAL SPANK HAPPYはまず前提としてジェンダーが転倒してるんです。私はDTMの技術が全くありません。菊地君と同じです。ピアノを少々演奏はできる程度です。一方、小田さんもODもMIDIが使えるし、SNSの管理もできるし、なんならHTMLだって組める。
─HTML!
小田:中学生くらいの時に、PCで自分の部屋みたいなホームページを作るのにハマっていて。凝ったデザインにするには自分でHTML組んだらいけるんじゃないかなと。僭越ながらFINAL SPANK HAPPY『mint exorcist』の販売フォームも作らせて頂きました。
OD:自分はミトモさん(ODは小田をこう呼ぶ)の家にお世話になっている間に、DTMみんな覚えちゃったじゃないスか! だからデモは自分が作るデス! あと、菊地さんは免許を持っていないので、BOSSとふたりで移動するときは自分が運転するじゃないスか(笑)。
菊地:アバターだからな(笑)。
この投稿をInstagramで見る<スパンクハッピー最大の秘密基地>OD作業中じゃないスか。作詞作曲編曲はすべてボスと共作でやっていますが、打ち込みはOD、撮影はボスじゃないスか~。(手下が写ったので顔をボカしたじゃないスか~。) #spankhappy #スタジオ #手下 FINAL SPANK HAPPY (official)(@spank_happy)がシェアした投稿 - 2018年 6月月12日午前7時03分PDT
BOSS:その一方で僕はファッションやダンスが好きなので、そちらを担当しています。旧態依然たるジェンダー観というのは「男子が機械をいじりをし、女子がファッションに詳しい」というものです。FINAL SPANK HAPPYは基盤にこの転倒があります。転倒も平等への入り口ですからね。身長だってほとんど変わらない。こいつ(OD)が高いヒールを履いたら追い越されますからね。
OD:菊地さんだったら許されないことじゃないスか(笑)。
BOSS:まずジェンダーが「転倒」していて、次に「対等」になる。楽曲の制作面では完全に我々の合作です。
OD:明確にこの楽曲は自分が作ったと分けられるものはないデスね。割合は6:4とか7:3とか違いはあるデスが、どっちか一人が作りきるってことは一曲もしてないじゃないスか。
BOSS:でも、ユニセックスがしたい訳じゃないんで、合作した楽曲はフェミニンに仕上げて、基本的なジェンダーに戻しています。

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─念のため確認ですけど、菊地さんとBOSSさん、小田さんとODさんは別人なんですよね?
全員:もちろん。
─(笑)。今回のアルバムは切ない恋愛ソングが多いですね。
BOSS:FINAL SPANK HAPPYは、ジェンダーの転倒、ジェンダーレス、またジェンダーに回帰っていうジェンダーの3層構造になってるわけですね。ですので、ゆくゆくはステージ上でODにスカートとかMETガラみたいなロングドレスも履かせようと思ってます。
─なぜですか?
BOSS:いやあ、だって(笑)、これでODがボーイッシュでマスキュリンな格好をしていたら単なるジェンダーレスですから。それって男も女もアニエスベーとコンバースを履いてた90年代リバイバルですよ(笑)。せっかくこの世にはジェンダーというものがあるんです。それを使ってあらゆるリージョンを見せたいですね。
─アートワークでは2人ともシャツでマニッシュな感じですしね。逆にBOSSさんがフリルのシャツを着る日が来ることもあるかもしれない。
BOSS:ですね。まあ私自身、少し前までレディースを普通に着てましたからね。今でこそメンズのSサイズを着てますが、レディースの方がシルエットが綺麗だったりするんですよ。今やファッション自体がそうなってきてますよね。
─BOSSさんとODさんは、合作する上で衝突は起きないのでしょうか?
BOSS:お互いが納得する良い曲ができているので最終的には成功している訳ですが、制作中はずっと喧嘩してます(笑)。
OD:路上でつかみ合いになった事もあるじゃないスか~(笑)。
BOSS: まあ、ジョン・レノンとポール・マッカートニーもやってたと思いますよ(笑)。一方で「やっぱ凄いなあお前」「ボスもヤバいじゃないスか~」という時間がなければやっていけません(笑)。
OD:衝突から始まっている……共感から始まるよりも「えっ? そこくるんですか?」という違和感……? 異物感から始まることが多いです。

菊地:えーと菊地ですが、それは僕と小田さんも一緒です(笑)。小田さんはご家族が男社会ということもあってかどうか、フロイトでいう、典型的なファロス願望があって、年長者の男性であれ、全く喧嘩を恐れない。僕、娘ぐらいの年齢の女性からこんなにボロカスに言い返されたのは初めてですよ。何か口答えしたら100倍で返してくる。でも、父親みたいには振る舞えないし、喧嘩になるのが嫌だから結局機嫌とっちゃってる。
小田:恐れないというか態度に出ちゃう……。「はい。わかりました」と言っても、嫌悪のニュアンスが……(笑)MIDIに打ち込むとか、具体的なオペレーションするのは私なので、嫌と思うところは手が止まっちゃう。
菊地:ストライキみたいなものですよね(笑)。
小田:拒否反応が隠せないし、思った通りにならない時の感情が、すぐには戻せないんですよね。でも、そうすると制作自体が進まないから……「じゃあどうすれば納得する?」と議論が始まって、最終的には何とか落ち着くからやっと形になる感じです。
OD:自分も、今では自分にとって違和感のあるBOSSの提案も、最終的には良くなるとわかってきたのでしぶしぶ納得、ということも増えましたデス! でも、最初の頃はスタジオ飛び出したりしてたじゃないスか~(笑)。
BOSS:今も全然反発されますよ!(笑)。ただ、嫌だと思ったときのパワーは大事なので。僕も僕で忖度や妥協はしないし。ただ、さっき言ったように「この小娘が!」とも全く思いません。こいつを尊敬しているので。
菊地:お互いにベーシックが違うので喧嘩するのは当然なんです。僕はジャズ。しかもジャズの中でもコンサバではないエッジィなものをやってきた。要するに「調性」から出たい人間。一方、小田さんは古典寄りのクラシック。「調性」を重んじるタイプ。当初、小田さんのプロデュースを断ろうと思っていたのもここでした。
坂本龍一はなぜポップミュージックで成功したのか?
─ある程度、衝突は予測できていたってことですよね。それでもジャズとクラシックの2人が組んでいるのはなぜですか?
BOSS:これは菊地君からのミッションですが、彼の人生の悲願(笑)のひとつが、インジャストの音楽をやることなんです。特にポップミュージックでは「今、ちょうどいいものを届ける」という最重要なことができなかったんです。Perfumeやセカオワ、大森靖子さんや長谷川白紙君やKIRINJIを聴いている人が、今SPANK HAPPYを聴いて「いいな」って思うシティ・ポップを作りたかったですね。
菊地くんはいつも先の先の先をやらないと落ち着かない症状を持っているので、誰かが後ろから引っ張ってくれないとインジャストのものを作れない。ODも小田さんも、コンサバの良さを持っているので、非常に助かりますね。
小田:引っ張る力みたいな。それと別に菊地さんは過激だったり過剰だったりというかちょっとやりすぎるタイプで、それが中毒性を生んでいると思うんですけど……その過剰さを良くも悪くも私が中和しているような感じはあるかもしれません。
OD:BOSSは最初、何スかそれは?というアイデアを出すデスね。自分は綺麗にしっかり出来ているのが、ついついスキスキじゃないスか(笑)。
BOSS:ははは。まあ、コンセプチュアルな層を重ねたり混ぜたりしたくなる症状ですね。それは私や菊地君の個性に限らず、20世紀のエッジのテンプレともいうべき事です。でも、過剰過剰っていうけど、あくまで音数で言うと、クラシックなODの方が多くないか?
OD:確かに自分は音数は多いデスね(笑)。シンフォニックでドラマチックがついついスキスキじゃないスか(笑)。
BOSS:極論、今ってキックとスネアとベースとSEがあれば音楽は成り立つんだけど、ODはきれいな和声をつんで、ドラマをもたせた交響曲みたいな。
後半に向けてシンフォニーらしさがあがっていく「雨降りテクノ」。「テクノの側面とミュージカルの側面。点描的なピコピコしたサウンドで始まって、途中に台詞が入って、サビにはシンフォニー。あれこそ絵に描いたような共作ですね。あはは」(BOSS)
BOSS:ただ、ポップスは削ぎ落としが必要な音楽なんですね。コンセプトの量と音数を互いにトレーディングしている感じ。ポップスはミニマリズムとキャッチやフックがないと成り立たない。ウェルメイドできてればいいという単純な話ではない。かといってパンクのレベルまでゴリゴリしてしまう事は我々には出来ません。
ウェルメイドでありポップでキャッチーであるために、敢えてBack to Bachというか、きっちりとした和声とベースラインとメロディラインの骨組みが必要。そのうえでポップな要素をのっけた音楽をFINAL SPANK HAPPYではやりたかったんです。
例えば藝大の作曲科卒でポップスの分野で一番成功しているのは、言うまでもなく坂本龍一さんですよね? 藝大というアカデミックな場所にいれば、技法や情報量に勝るクラシックがポップスを包含でき、「軽音楽」として簡単にポップスができると考えるのは紋切り型であり、ポップスに対する侮辱です。坂本さんの素晴らしさは、そんな単純な話じゃないんだ。という能力の使い方です。
しかも、彼の横にはポップス博士の細野晴臣さんがいて、ファッショナブルな高橋幸宏さんがいた。2人がいなければ「坂本龍一」は完成しなかったと思うんですよ。クラシックとポップスでは音楽のボキャブラリーが全く違いますからね。今やポップスも書誌学的な分野になっていますし。要するにサブカルです。
YMOのように……とまでは言わないけれど、小田さんだけでも菊地君だけでもできないポップミュージックをやるのが我々のミッションです。
ベックの名盤『Odelay』に収録されている「Devils Haircut」』。どこかYMOの「体操」を彷彿とさせるアレンジが際立つ。「自分はポップスのことは全然わからなくて、レッチリががローリング・ストーンズの直後に生まれたバンドだと思っていたら、BOSSに笑われたじゃないスか(笑)。そんなポップス無知な自分と、ポップス博士でもあるBOSSで、YouTubeでカバーする曲を探して一致したのがこれデス」(OD)
─これだけ考えられているのに、タイトル曲の「mint exorcist」で、ODさんが「音楽なんて簡単じゃないスか」と言ってて驚きました。
BOSS:「mint exorcist」は着想から作詞作曲して演奏まで5分くらいしかかかってません。ナレーションにある通りなんです。「さっきの鰻、うまかったなあOD。あ、曲浮かんだ」といって、2人でまとめました。さっきからインジャストなポップミュージックと言ってますけど、それって簡単に言うと無教養な状態になれるかどうかなんじゃないかと思うんです。
誰もがパッと聴いて強く惹かれる。これがジャズからもクラシックからも失われた、ポップスの本質的な力です。こだわりの強い人が聴き込んで聴き込んで「これヤバい」ってなるより、菊地君も小田さんも知らない人たちが「いいね」ってなるような。
アルバムの最後に挿入されている「mint exorcist」はピアノと2人のデュエットのシンプルな構成。ODが「音楽は皆さんが考えているよりもずっと簡単じゃないスか」という言葉を発する。
─でも、クリエイティブな世界だとやっぱり「ヤバい」の方に惹かれませんか? 例えば鬱々しい作品に中毒性がある法則ってあると思うんですよね。
BOSS:メンタルを壊している人たちはいっぱいいるから、っていうか、原理的には全員そうです。恋している者は全員狂っている訳ですし。音楽表現として鬱々としている表現っていうのは、今や常套手段なわけですが、青春や恋の表現を禁じ、多形倒錯を幼児退行によって表現する。それは2期のSPANK HAPPYでやりきった感もあり。
我々ももちろん鬱っぽいドープネスな部分はあります。菊地君と小田さんは尚更じゃないでしょうか。でも、自分の毒々しさを音楽表現の中に積載して繰り出すのはあまりにもベタな商売で、商売するにしても、もうちょっと洒落た商売がしたいな。と、その程度の話です。
OD:自分は鬱々というか、乱暴者じゃないスか(笑)。BOSSも大概ですケド(笑)。
#MetooとTABOO
─ポップスをやっているとはいえ、「エイリアンセックスフレンド」では、「甘いペニス」という単語が冒頭で歌われていて驚きました。今、表現の規制がどんどん厳しくなっているので。
冒頭からODが「苦いキス 甘いペニス」と切なく歌う「エイリアンセックスフレンド」。FINAL SPANK HAPPYは基本的にステージ上でリップシンクでパフォーマンスする。
BOSS:ははは。あんなもんでエロいエロい動揺されてもねえ。今って、放送コードとか映倫のような決まりがあってガチガチですよね。
ネットで性的ファンタジーは、胃もたれするぐらい見放題、だからこそ、なんでしょうか、アイドルや爽やかなバンドとか、青春を歌っているフォーキーな楽曲では絶対に性的な言葉やモノは越境しない。それは関税でもあり放送コードでもあります。そんなもん不自然だなと思っていて。令和のシティ・ポップは、チラッとペニスという単語が入っていても大したことじゃないと思うんですよ。だってシティ・ポップって街で生きている人たちのラブストーリーなわけだから......性愛ありますよね?(笑)。でも描かないっていうのはちょっと病的に古めかしいなと。キスは歌われるのにペニスは歌われない。
小田:タブー化しちゃいますよね。
菊地:TABOOレーベルが潰れる訳ですよ(笑)。
BOSS:多くのコンサバティブな人によって、現場は硬直しますよね。まぁでもだから面白いんだけど。
肩こりがあるから肩もみがあるように、音楽に規制コードがあるから刺激を与えて揉みほぐせるわけですよ。切ない曲のファーストルックにあえて「ペニス」という単語を持ってくる。騒ぐ人は騒ぐでしょう。でも鎮火するじゃないですか。「倫理上、ラジオで流せません」と言われたことないですし。
OD:NHKラジオで流れてたじゃないスか~。朝から(笑)。
(一同:爆笑)


Photo by Kana Tarumi
小田:私自身、#Metooの文脈がある時代、自分自身の活動に関して当初は自己検閲というか慎重になりすぎてしまった時期も正直あったんです。でも、自分の中にピュアな欲望ってあるじゃないですか。それをタブーにするのではなくて、認めて向き合った上でサラっと言ってしまったほうが良いんじゃないかって思うようになったんですよね。
実際、「エイリアンセックスフレンド」のライブ映像がYouTubeにアップされた時、他人事ながらどんな反応があるのか気になっていたんですけれど、意外とサラッしていて。まぁ……海外の歌詞って普通にもっと自由ですよね。
─日本が過剰に抑制しているところはありますよね。
BOSS:海外には作詞にコードなんかないですからね。
菊地:無さすぎるけどな(笑)。
OD:歌詞以外にも、海外のアーティストさんがすげー露出の多い衣装を着ていても、人にもよるデスが「いやらしい」より「かっこいい」じゃないスか。一見エロく見えるもんでも、そんなもん自分の気持ちひとつじゃないスか(笑)。
小田:セクシーだからといって媚びているわけではないし、逆にボーイッシュだからといってサバサバしているとも限らない。どんな服を着ていても、どんな歌詞を歌っていても、多かれ少なかれ矛盾みたいなものが出てくると思うんですが、その矛盾こそ魅力だとも思っているので、あえてサラッと歌うのが良いなと思っていたら、ODが気負わず普通に可愛く歌っていて(笑)。
BOSS:シティ・ポップを標榜しつつ、綺麗で切ない楽曲で青春や恋愛だけのエモさで泣かせて終わり、というのも……我々はもう十分に大人ですからね。私なんか壮年ですよ(笑)。ペニスという言葉は極端ですが、歌詞全般に渡ってちょっとエロい要素を散りばめています。でもそれは単なるガジェットというか、撒き餌にすぎなくて、それを切ないところに落とし込む。大人の切なさですね。
「僕はそこそこマッチョで、女性のことを尊敬できないことに苦しんでいた」
─切ない歌詞を歌いつつ、湿った感じにならないバランスはどう作ってるんですか?
菊地:先程話したジェンダーの扱いと、まあ、彼ら(アバターを指差す)のキャラクターですかね。東京藝術大学作曲科出身の小田朋美とジャズミュージシャンの菊地成孔、なんて息苦しいだけでしょ(笑)。まあボス君がOD見つけてきてくれて本当に良かったです(笑)。
─普段、クールな小田朋美さんとひょうきんなODとのギャップはそこから……。
BOSS:いやいや。え? え? あれ? こうやって目の前に4人並んでても小田さんがODだと思ってるんですか?まさかね?(笑)。
OD:鏡使ってトリックとかしてないじゃないスカ~(笑)。江戸川乱歩みたい(笑)。
菊地:僕も来て、お忙しい小田さんにわざわざ来て頂いても、混同しますよね(笑)。まあ、僕たちにも責任はある。相貌が似てるんだから(笑)。
OD:BOSSと菊地サンは全然似てないじゃないスか(笑)。
菊地:双子は必ず言うよな。「自分たちは全然似てない」って(笑)。
─すみません。アバターさんとのインタビューって難しいですね。
BOSS:いえいえ(笑)。それはさておき、もちろん、私も菊地君もODを操縦するつもりはありませんし、着せ替え人形にするつもりもありません。だって、人間を非人間化してこちらの希望するキャラクターを押し付けるのは隷属ですからね。男が女を自由にできる、自分の好きなようにしたてあげるプロデュースって、端的に男根主義じゃないですか。
─では、どうやって……ある種仮面のようなものができていったのでしょうか?
菊地:まあ、小田朋美さんは彼女が学生の時から知っているわけですし、付き合いが長いですから。この長い付き合いの中で潜在的に持っている欲望が見えたから、例えば『シャーマン狩り』のジェケットで、裸になってください。とか提案できたんですよね。
自分が自分だけで作り上げた自己像と言うのは必ず歪んでるから苦しくなるんですよ、きっと。なのでそこに潜在的に抱いていたペルソナを与えると生き生きする。ユングのようですけど、メガネをかけるとか話し方を変えるとか髪を切るとか、簡単なところで人は変わって、本来持っている力が引き出せる。これがプロデュース業の本質だと思っていますし、男性側ができるフェミニズムの実践の一つだと思っています。料理人は、鯛の死体を好きなように弄んでいるんじゃありません。鯛の中に潜んでいる本来の味を引き出す訳です。料理の鉄人のように(笑)。それは食材に対する敬意ですね。対話とも言えます。
小田:実は私にとって懐かしいキャラクターなんですよ、ODは。子供の頃は、兄2人がいる家族の中でひょうきんなことをして笑わせるのが好きだった。でも、成長していく中で「女の人ってピエロになりきれないのでは」と思ってしまって。なんでだろう。
……本当はずっとピエロになりたかった。ピエロに憧れすぎて「たのしいピエロ組曲」っていう曲を作ってましたからね。幼稚園くらいの頃ですけど。その組曲の中には「かなしいピエロ」って曲もあったりして(笑)。
菊地:ピエロが悲しい。これまた古典的な……(笑)。
小田:ODを見ていると、たまに羨ましくなります。別の仕事で、菊地さんがなさる提案の中で「えっ?」とか「無理なんじゃないですか」って思うことは、いつもあります。でもやってみると必ず上手くいって、自分で自分を縛っていたと感じることが多かった。解放感があった。ODがノーストレスでリップシンクのダンスをしたり、ステージで私には着れないようなウェアを着たりして、きゃっきゃ言って楽しんでるのを見ると、自分の子供の頃を見てるような気分ですね。これって退行ですかね?
菊地:まあ、一種のそれですかね。
この投稿をInstagramで見るFINAL SPANK HAPPY (official)(@spank_happy)がシェアした投稿 - 2018年 8月月6日午後2時17分PDT
─異物とか異論をとりいれて自己解放するのは、人としての成熟っぽいですね。
菊地:発達っていうのかな。退行の反対ですね。
─2期を鬱々しい退行としたら、FINAL SPANK HAPPYは発達。
菊地:発達は退行よりもビターです。ビタースイートぐらいが一番良い。女も男もひれ伏すクールな才媛に、実はコミカルなピエロ欲求があったことに気が付いたのは僕だけなんじゃないかなぁ。小田さんは普通にしているとシャーマニックになるんですよね。
─女の人を巫女的な感じで崇める形式ってありますよね。
BOSS:そうそう。女性崇拝はプリミティブだから、すごく簡単です。簡単が悪いわけじゃないけど、とにかく簡単です。菊地君はUAさんや宇多田ヒカルさんとご一緒した縁で、経験値として持ってたんじゃないでしょうか。だからすべての民が一人の巫女にひれ伏す構図は飽き飽きしていて、FINAL SPANK HAPPYのプロトタイプをイメージしたんだと思います。女性を崇拝しながら嫌っているミソジニーこそ、フェミニズムの反対の極みですしね。
(ODが寝始める)
菊地:自分がプロデュースするなら違うことやりたい。小田さんをシャーマニックな偶像にして喜ぶなんて、パソコンを起動させるようなもんです。そんな仕事をして稼いで死ぬなんてろくな人生ではない。『シャーマン狩り』っていうのは、小田さんが小田さんを狩るという意味です。
僕はそこそこマッチョで、女性のことを本当に尊敬できないことになかなか苦しんでいた。尊敬したいんですよ。でも、本当にピュアに尊敬することって、まぁ僕は昭和のミドルスクーラーでもあるから難しかった。だって、もうすぐ60歳ですからね。自分の内なる保守性と見つめ合わないと(笑)。
─女性として尊敬したのは小田朋美さんが初めてくらいですか?
菊地:音楽家としてはギリギリ初めてぐらいじゃないですか?『cure jazz』(2006年)で組んだUAのことは崇拝していましたからね。巫女としての力がすごすぎて尊敬している暇もなく圧倒されていた。「UA様が歌ったら雷が落ちる!」みたいな(笑)。
─崇拝と尊敬は違うと。
BOSS:全く違います。小田さんなんて菊地君の23歳も年下。娘の年齢を尊敬するというのは、娘がオリンピックにでも出ないと(笑)。
─負荷が大きい。
BOSS:その点、ODは楽です。笑ってバカに出来るような奴だからこそ、すごい力を出した時に、バリアフリーに敬意を持てます。「なんだそれ! お前すげえなあ!」みたいな。
菊地:小田さんに関しては、結局実力なんですよね。美しいとかスタイル良いとかいう美点は、それだけでは尊敬の念を産むには、少なくとも僕にとっては難しい。むしろ、マッチョに引っ張られるファクターです。小田さんが書いた弦楽のアレンジを聴いて本当にすごいと思った。調性の音楽で良いと思うことは滅多にない。特に邦人が書いたものでは。
─菊地さんと小田さんは、映画『東京喰種 トーキョーグール【S】』の劇伴も担当していますよね。クレジットの並びが「小田朋美・菊地成孔」の順番だったのもそこに帰着するんですか?
菊地:あれは小田さんへ先にオファーが来たんですよ。それだけです。
小田:最初は菊地さんの名前を差し置いて大丈夫かなという気持ちもあったんですが、私にオファーが来たので、チームとしてのルールに従ってそうしました。
菊地:『東京喰種 S』の前に『素敵なダイナマイトスキャンダル』を2人名義で担当したんですよ。それは菊地にオファーが来た。オファーが来た方の名前を前にしようってなりました。SPANK HAPPYと同様、一概にどっちが作ったって言い切れない楽曲なので。
─ピュアに対等なんですね。
小田:お互いの敬意がベースに関係性が成り立っています。女性もちゃんと男性のことを尊敬しなきゃいけない。社会構造とか抑圧とか個人的経験とかいろいろあって、女性も難しくなっちゃっている部分もあると思うんですよ。相手がマッチョだと思ってしまうと、純粋に尊敬できなくなっちゃう。でも、お互いに心から尊敬していることが前提にあれば、反発しても一緒に進んでいける。
菊地:仮に小田さんが僕を尊敬していると仮定したとして、ファクトでいうとフックアップしたプロデューサーだし、バンドに誘ったり、そういう自動的に決まっているような尊敬ってあるじゃないですか。そんな尊敬はほぼ意味ない。
小田:その尊敬だけだったら菊地さんに反発できないですよね。ストライキとか(笑)
─女性をアウトプットで尊敬して対等になる。
BOSS:そうそう。フレッシュで強い尊敬。それまでの歴史や関係性から全く切れた一対一の付き合いの中でできた敬意の結晶みたいなものがFINAL SPANK HAPPYなんですよ。まあ、OD、寝ちゃったままですけどね(笑)。先に写真撮っておいて良かったです(笑)。
菊地:まあ、動物はよく寝るよな(笑)。

Photo by Kana Tarumi

FINAL SPANK HAPPY
『mint exorcist』
発売中
※各種ストリーミングサービスでは、CD収録全12曲のうち「アンニュイエレクトリーク」「共食い」を除いた10曲を配信。
FINAL SPANK HAPPY mint exorcist TOUR
2019年12月22日(日)福岡 Kieth Flack
2019年12月26日(木)東京 WWW X
料金:¥4500+入場時ドリンク代
※18歳未満入場不可
※東京公演のみ 未就学児入場不可
FINAL SPANK HAPPY特設ページ:
https://www.bureaukikuchishop.net/spank-happy