ディズニー/ピクサー映画『ソウルフル・ワールド』劇中曲の「Its All Right」でアカデミー作曲賞を獲得し、2021年のアルバム『WE ARE』で最優秀アルバム賞を含むグラミー5冠を達成。ジョン・バティステ(Jon Batiste)がジャズ・ピアニストとしてキャリアを出発させた頃を思うと、遠くまで来たものだなと思う。
『WE ARE』では故郷ニューオーリンズの伝統的なジャズからヒップホップまで縦断しながら、懐かしくも新しいポップ・アルバムとしてまとめあげる手腕に驚かされたが、最新アルバム『World Music Radio』ではさらなるサプライズが待っていた。

先行シングル「Be Who You Are (Real Magic)」ではミュージカル・ユースによるUKレゲエの名曲「Pass The Dutchie」を引用した楽曲に、ラッパーのJ.I.D、韓国のNewJeans、コロンビアのラテンポップ・スターことカミーロ、シングル「Go」がTikTokから大ヒットしたUKのキャット・バーンズを迎えていたが、アルバムでも歴史や文脈を飛び越えるように、もしくは近年使われることが憚られてきた「ワールドミュージック」という言葉を再定義するように、世界中から多彩なゲストが集結している。

アマピアノを手がける南アフリカのネイティヴ・ソウル、スペインのジャズ・シンガー/トロンボーン奏者のリタ・パイエス、ナイジェリア発ポップスターのファイアボーイ・DML、サウスヒップホップの代表格リル・ウェイン、スムースジャズの帝王ケニー・G、フランスの鬼才音楽家シャソール、ヴィンテージソウルの第一人者であるニック・ウォーターハウス、元リトル・ミックスでバルバドスとジャマイカのルーツを持つリー・アン、ジョン・バティステと過去にコラボ経験のあるラナ・デル・レイまで。それぞれの収録曲ではゲストに合わせたサウンドが施されており、ジョン・ベリオン、ピート・ナッピ、テンロックといった売れっ子プロデューサーも大きく貢献している。

このように説明すると、『World Music Radio』がこれまでの作品とは別物みたいに思われそうだが、実際に聴いてみると『WE ARE』やジョン・バティステの歩みと地続きであることに気がつく。それにタイトル通り世界中のサウンドが鳴っているが、雑多という感じは決してない。


そもそも思い返せば、『WE ARE』や『Hollywood Africans』(2018年)にもいろんな要素が凝縮されていたし、ジョン・バティステはコンテンポラリージャズど真ん中の『Chronology Of A Dream』(2019年)のあと、コリー・ウォンとの共演作『Meditations』(2020年)で静謐なアンビエントを奏でるような人だ。彼はいつだってコンセプチュアルで情報量が多く、一点に留まらないマルチな才能を発揮してきた。

言い換えれば、どれだけコンセプトが移ろっても揺らぐことのない哲学が、きっと本人のなかにあるのだろう。昨年の第64回グラミー賞授賞式で披露された「FREEDOM」のパフォーマンスで、彼は多様性を肯定するメッセージを全世界に発信していた。自身の音楽を「ソーシャル・ミュージック」と位置付け、ステイ・ヒューマンというバンドを率いて街中を練り歩きながら、音楽を通じて人と人を繋ぐコミュニケーションを実践してきたジョン・バティステの思想は、本作で更新されようとしているワールドミュージック観ともシンクロし、不思議な統一感を生み出している。

10月6日(金)の単独公演、7日(土)・8日の「Coke STUDIO SUPERPOP JAPAN 2023」で初来日する彼とのインタビューでは、彼のなかで柱となっているアーティストとしての哲学や、音楽的志向の核について聞き出すことに。
Zoom越しに現れたジョン・バティステは完全に陽キャのノリで、凄まじいテンションの語り口に圧倒されてしまったが、その内容は恐ろしく明晰で、天性のスターであることを改めて思い知らされた。

さらに記事後半では、『World Music Radio』に参加している二人の気鋭ジャズ・ミュージシャン、カッサ・オーバーオールとブラクストン・クックも本作にまつわるインタビューに応じてくれた。ジョン・バティステを深く知るための大型特集となったので、ぜひとも最後のページまで楽しんでほしい。

―『World Music Radio』というアルバムのコンセプトについて聞かせてください。

ジョン・バティステ(以下、JB):これはコンセプト・アルバムであり、ポップ・アルバム。その二つが一つになったアルバムなんだ。
舞台となるのは宇宙のインターステラー(星間)領域。ビリー・ボブ・ボー・ボブというキャラクターに導かれ、アルバムを進んでいくことになる。彼は僕の分身で、何千年も宇宙を旅をしながら「World Music Radio」と名付けられたラジオ局で流すのにふさわしい、様々なものが組み合わさった周波数を探してきた……というのが、このアルバムで語り手が紡ぐストーリーなんだ。そこにはワールドミュージックという言葉の定義を見直し、再考察し、ポピュラーミュージックの裾野を広げるために使おうじゃないかという思いを込めている。

―「ワールドミュージックという言葉の再定義」について、もう少し詳しく教えてください。植民地主義のイメージがあるとして、最近はグラミー賞などでも「World Music」という言葉は使われなくなりましたよね。


JB:そうなんだよ! ここ10年、いや、もうちょっと前からかな……その時代のポピュラーミュージックと呼ばれる音楽を聴いて明らかなのは、世界の様々な地域から生まれているということ。ところが、そういう地域のアーティストたちは、ワールドミュージックという世界の片隅のジャンルに追いやられてしまう。つまり、ヨーロッパとアメリカ以外は、すべてワールドミュージックにひとまとめ。これは大いに間違ってる。酷い話だよ。家父長主義であり、植民地主義。
いまや最も人気のあるポピュラーミュージックを故意に過小評価しているんだ。そんな状況を目の当たりにしたのは非常に興味深いことでもあった。これまでも僕はワールドミュージックというのは悪しき言葉だと思っていたよ。でも皮肉なことに、ポピュラーミュージックは日に日に、ワールドミュージックにインスパイアされてきてるんだから!(笑)

―あなたは以前から自分の音楽を 「ソーシャル・ミュージック」と呼んでいました。この言葉は『World Music Radio』にも繋がっている気がします。改めて、このソーシャル・ミュージックという言葉にどんな意味を込めていたのか教えてもらえますか?

JB:もちろん。
ソーシャル・ミュージックという言葉を僕が作ったことと、なぜ『World Music Radio』が生まれたのか、その二つは大いに関係がある。ソーシャル・ミュージックは僕の音楽、音楽へのアプローチ、そしてパフォーマンスにおける哲学だ。世界中のあらゆる文化において、音楽が”娯楽のためのもの”になる以前は、ある目的を持っていたとされている。その目的は、様々なコミュニティの中で様々な形で現れたわけだけど、どの世代の人々にも共通していた。つまり、音楽は昔から常に、そのコミュニティの一員となるために、そして年長者から下の世代へと人間の知恵を受け継ぐための手段として使われてきたんだ。儀式、精神的修行、ドラムサークルといった集団での音楽演奏。どれも形は違えど、音楽を通じて人と人が繋がるためのものだ。

で、ソーシャル・ミュージックはというと、様々な文化的背景や系譜を、この21世紀に、一つにしようってことさ。そこから生まれる音楽はどんな音がするだろう? それをどう実現すればいい? これまで結ばれないまま散在していた点と点を結ぶ、その方法は無限大にあると思う。さらには素晴らしい様々な音楽の系譜に敬意を払いつつ、コンテンポラリーな世界のサウンドとリズムと音の質感を混ぜ合わせる。それがソーシャル・ミュージックだ。それはヒューマニズム(人間主義)とアクティビズム(行動主義)の要素、すなわちパフォーマンスとライブ体験と結びついている。非常にカウンターカルチャー的で、パンク。そんなにポピュラー・ミュージック的だとは思われていなかった僕が、ここまで一般的になれたのは凄いことだと思うよ。『World Music Radio』は僕がポピュラー音楽のカルチャーに促されて作った唯一のアルバムさ。すなわち『World Music Radio』はソーシャル・ミュージックのポップ・バージョンなんだよ(笑)。

―あなたの地元ルイジアナは音楽が豊かな場所でもあります。ニューオーリンズではアフリカ由来のもの、ヨーロッパ由来のもの、カリブ海由来のものが影響を与え合っていました。イギリスだけでなく、フランスやスペインの影響もあったし、ネイティヴ・アメリカンの影響も、独自のクレオールの文化もありますよね。そんな土地で育ち、ニューオーリンズ由来の音楽にも親しんできたあなたには元々、ソーシャル・ミュージックや『World Music Radio』的な哲学が育まれていたのではないかと思うのですが、いかがですか?

JB:僕もそう思うよ。全ての物事にはそうなるべくして起こる理由があると思う。僕は非常に深く豊かな音楽的伝統の中に生まれた。父方のバティステ・ファミリーはニューオーリンズ最大の音楽一家のひとつだ。他にもそういう音楽一家がいくつも存在し、まるでトライブ(部族)のようなんだ(笑)。ニューオーリンズは世界でもわずかしかない、アメリカでは唯一の、ソーシャル・ミュージックのメッカだ。いくつもの系譜が世代を越え、共存し、融合したならどうなるか、その生きた手本を示しているよ。他にないユニークで、ジャンルに捉われない音楽がそこにはある。アメリカのどの南部の州とも、北部の州の街とも違う、独自のブレンドがある街なんだ。そんな土地に自分が生まれたというのは運命だとしか言えないね。

Adoとアジアへの興味、多様な音楽文化をつなぐ秘訣

―『World Music Radio』ではNewJeansの参加も話題ですが、過去にもアジア人が書いた曲を録音していますよね。あなたの音楽とアジアの関係について聞かせてください。

JB:アジアのアーティストによる音楽は何年も前からリスナーとして聴いてきたし、コラボレートもしているよ。最近発見して、よく聴いているフェイバリットの一人がAdo。

―え⁉️

JB:知ってる?

―もちろんですよ。

JB:最近のお気に入りなんだ。僕がまだ幼い頃、家族で神戸にツアーで訪れたことがある。僕はメロディカ(鍵盤ハーモニカ)も演奏しているけど、最初のメロディカは父が日本で買ってきてくれたものなんだよ。あの楽器は僕にとって自分の一部みたいな気がしている。それだけでなく、子供の頃はかなり熱心なゲーマーだったので、ゲーム音楽のスコアからの影響も大きいんだ。下村陽子、植松伸夫……実際、そういったゲーム音楽の作曲家たちが一番最初に影響を与えてくれた人たちだった。だから僕はアジア、特に日本とは面白いつながりがあるんだよ。

もう一人、アジア人でコラボレートしたのは第一世代の中国系アメリカ人であるコリー・ウォン。彼との作品『Meditations』で、グラミーのニューエイジ・アルバム部門にノミネートをされたんだ。他にも、自分でもなぜなのかわからないんだけど、キャリアを通じて何度か、そういったアジアとの接点がある。だから10月、初めて日本に行ってパフォーマンスできるのが本当に楽しみなんだよ。

「Green Hill Zone」(ゲーム『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』の楽曲、作曲はDREAMS COME TRUEの中村正人)を演奏するジョン・バティステ(2018年)

―アルバムにはシャソールが参加した、その名も「Chassol」という曲もあります。鳥の鳴き声や人の喋り言葉を鍵盤に置き換えるパフォーマンスでも知られていますが、彼は「音」と「音楽」を分けていない音楽家だと思います。彼を起用したのはあなたが「ポップ」の定義を拡張しようとするだけでなく、「音楽」に対する認識をより自由にしようとしたかったのかなと思ったんですよね。

JB:その通りだよ。シャソールはいろんな意味で僕のmusical brotherだ。彼は従来の意味での音楽の境界線にとらわれることがない。でもそれをやれるのは、すべてを知っているからだ。知っているからこそ、曲げられる。そこに存在するルールを知っていれば、ルールを変えたり、挑んだり、再考察できるし、場合によっては無視することもできるんだ。そこまで音楽を学び、熟知している人間ってあまりいないから、僕らはすぐに通じ合った。クラシック音楽からジャズまで、フォークもロックも……学んだ音楽の知識を使って、人が思うポピュラーミュージックの既成概念、もしくはアバンギャルド・ミュージックの既成概念を広げる。どちらか一方ってことじゃないってことさ。最も理解が難しいと思われてるアバンギャルド・ミュージックも、最も大衆的だと思われてるポピュラー・ミュージックも、その間にある全ての音楽も結局は一緒。そんなふうに捉えているミュージシャンとは、なかなか出逢えないよ。

―キューバ音楽やジャズのリズムの中には「トレシージョ」と呼ばれるリズム単位があります。これは世界中の音楽にも入っていて、アフリカ、ヨーロッパや中東、アジアの音楽の中に見られるものです。トレシージョを例に出しましたが、一見、別々に存在している音楽のなかに実は同じ構造が入っていることは多々あることです。あなたの音楽が多様でありながらも、なぜだかまとまりのあるように感じられるのは、音楽の歴史や構造を深く探求して、その中にある共通点や差異を捉えているからだと感じるのですが。

JB:イエス! 実はうまくやるためのちょっとしたコツがあるんだ。それはコンピューターで言うなら「コード」ってことになるんだけどね(笑)。『World Music Radio』がまとまりのある一つのステートメントに聴こえるのは、そのおかげだと思う。いろんな音楽の形を勉強していけば、音楽にはいろんな種類のスタイルがあるとわかる。それぞれをリスペクトするだけじゃなく、自分がすでに体験してきて、自分の体の一部となっている音楽と、どこかで繋がっているかも知れないと考えるってことさ。音楽にTransformation (変換、転換)を起こす鍵はそこだと思う。新しく自分が知った知識と、すでに自分の中にあるDNAというか、知識や経験に基づいたものをいかにコネクトさせ、自分の視点から自分のものにするか。ソースにリスペクトを払うことなく、ただ派生的に何かを生むっていうんじゃない。そうではなく、今までバラバラに見えていた点と点を繋げるということ。そのためには深く飛び込んで、掘り下げる必要がある。しかも一つだけじゃなく、いろんなものに。そうすると表面を見ているだけでは見えなかった繋がりが見えるようになるんだ。

―『World Music Radio』では多様な文脈のゲストが参加していますし、世界中の様々な地域、様々な時代の音楽要素が入っています。そして、超がつくほどポップです。それでも僕は、以前のアルバムにもあった「ジョン・バティステらしさ」を本作にも強く感じるのですが、ここまで特別な試みをしていても聴こえてくる「あなたの音楽的な核の部分」は何だと思いますか?

JB:音楽を通じて、一種のエクスペリエンス(体験)を作れるっていう考えかな。だから、毎回アルバムを作るごとに考えているのは……いや、直接的に考えなかったとしても……ライブなエクスペリエンスという概念の境界線を広げたいと思っている。その結果、新しくなるというよりは古いものに戻っていくんだ。たとえばコンサートでも、ステージの僕らとチケットを買って観にきている客席というよりは、まるで古代の村のコミュニティで人が集っているような場面もある。

もう一つ、僕の音楽の核には常に、一緒に育ってきたジャズやニューオーリンズの音楽がDNAとしてあるわけだけど、DNAを構成する3つめの要素はゲーム音楽だ。ジャズと言っても、僕にとってはトラディショナルなジャズじゃない。僕が初めて聴いて、演奏したジャズはアバンギャルドなニューオーリンズのコンテンポラリー・ジャズだった。フリー・ジャズだよ。

―まさかのフリージャズ!?

JB:そう。それらとクラシック音楽……つまり、音楽を聴き始めた初期のものが、僕の音楽の核なんだと思う。しかも、それらはどれもジャンルレスだった。一つのカテゴリーにこだわって何かを作るということは昔から一度もなくて、想像力に導かれるままにそうしてきたんだ。

―最後に、ついに10月に日本公演がありますが、どんなライブになりそうですか?

JB:僕も楽しみなんだ。ものすごい体験になるよ。大きなエネルギーが溢れるような……本当はもっと言いたいけど、みんなを驚かせたいんだよね。

―では、東京でお会いできるのを楽しみにしています。

JB:うん、そのときに会おう!!

ジョン・バティステが語るワールドミュージックの再定義、多様な音楽文化をつなぐ秘訣

Photo by Patrick OBrien Smith

カッサ・オーバーオールが語るジョン・バティステ
「オープンマインドなアバンギャルド主義者」

エレクトロニックミュージックの名門Warpから『ANIMALS』を今年リリースし、ジャズシーンに旋風を巻き起こしたドラマー/プロデューサー/ラッパーのカッサ・オーバーオール(Kassa Overall)。10月19日(木)東京・WWW X、10月20日(金)大阪・Billboard Live Osakaで開催されるジャパンツアーは必見だろう。『World Music Radio』では「BOOM FOR REAL」でドラムプログラミングを担当している彼がインタビューに応じてくれた。

―ジョンと知り合った経緯を聞かせてください。

カッサ・オーバーオール(以下、KO):ジョンと僕は同時期にNYのジャズ・シーンに身を投じたんだ。僕は(オハイオ州の)オバーリン音楽院を卒業してからNYに移住し、彼はジュリアード音楽院に進学した。僕らはNYのシーンでは同じ「クラス」にいたんだ。ジャムセッションで一緒になったり、最終的には彼のクルーと一緒にNY中を走り回った。すごく楽しかったのを覚えてるよ。そして最終的には、いろいろな形でコラボレーションをした。ジョンはいつも僕のエレクトロニックな感性に興味を持ってくれていたんだよね。

―ジョンは「BOOM FOR REAL」のコンセプトを、あなたにどう伝えたんですか?

KO:当初、この曲はバスキアのコンセプトに基づいて作られたんだよ。ジャン=ミシェル・バスキアの抽象的な性質を表わす音楽を作るってアイデアだったと思う。そのセッションで僕らはいろんなことに取り組んだ。完成した曲からはさまざまな断片的な要素がすべて集まって、バラバラなハーモニーを生み出しているのが聴き取れるはずだよ。

―「BOOM FOR REAL」はどんなプロセスで作ったんですか?

KO:ジョンとの仕事は常に実験から生まれるんだ。彼はとてもオープンで特定のものに固執しない。だから僕はスタジオで、ちょっとしたアイデアを伝えたり、より良くするために追加できることがあれば提案していた。そんなとき、彼の反応はいつも「いいね!」って感じなんだ。ジョンはオープンマインドなキャット(ジャズ・ミュージシャン)だから。その(自由で自発的な)「プロセス」を本当に信じているんだよ。

―ジョンからあなたに対してリクエストはありましたか?

KO:覚えてないなぁ。とにかく自由だったから、その瞬間瞬間に何かを見つけようとしていた感覚だけは覚えている。ただ、エレクトロニック・ドラムの制作が僕らのスタジオでの探求の大きな部分を占めていたことは確かだね。そのサウンドを、他のすべての出来事の文脈にどう適合させるかってことかな。

―『World Music Radio』を聴いて感じたことを聞かせてください。

KO:ジョンはすべてのアルバムでステートメントを発信していると思う。僕にとって、ジョンはアバンギャルド主義者であり、ポップな感覚の中で実験的なことをしていても、外部の思想家ならどうするかってことをいつも示しているんだ。彼は曲の構造を追求しているから、ポピュラーなサウンドや美学を利用してはいるけど、よく聴くとそのなかに常にユニークなものを入れていることがわかると思う。ジョンを知っていて、同時にセロニアス・モンクをはじめとした長老たちの音楽も知っている人なら、ジョンの音楽からユニークさが滲み出てくるのがわかるはずだよ。だから、ジョンの音楽は僕のようなリスナーにとっては、非常に満足のいく体験なんだ。

ジョン・バティステが語るワールドミュージックの再定義、多様な音楽文化をつなぐ秘訣

Photo by Samantha Monendo

ブラクストン・クックが語るジョン・バティステ
「この10年で遂げた驚くべき進化」

ブラクストン・クック(Braxton Cook)はオーセンティックもハイブリッドも幅広く対応できるアルトサックス/フルート奏者にして、メロウなサウンドを手がけるプロデューサーであり、ボーカリストでもある。テイラー・スウィフトマック・ミラーといった大物の作品に参加し、キーファーやマセーゴ、ブルー・ラブ・ビーツともコラボするなど、シーンの様々な場所に顔を出すキーマンは、『World Music Radio』では「My Heart (feat. Rita Payés)」で演奏だけでなく作曲面でもクレジットされている。

―ジョンと知り合った経緯を聞かせてください。

ブラクストン・クック(以下、BC):ジョンと僕はお互いジュリアード音楽院に通っていた。彼は僕が入学する1年前に卒業したんだけど、卒業後もよく学校の周りをぶらぶらしていたんだよ。ドラマーのジョー・セイラー(ジョンのバンド、ステイ・ヒューマンのメンバー)など、ジョンのバンド仲間の多くはまだジュリアード音楽院に通っていたから、ジョンはリハーサルのためによく学校に戻ってきたんだよね。僕は最初にジョー・セイラーと親しくなり、彼の卒業リサイタルに出演することになった。ジョーは、エディ・バーバッシュ(ジョンやコリー・ウォンの作品に起用されているサックス奏者)にアルトを吹いてもらい、ジュリアード音楽院のクラシック音楽科の学生だったチューバのイバンダ・ルフンビカ(ステイ・ヒューマンのメンバー)、その他数人のジュリアード音楽院のミュージシャンをバンドに迎えていた。卒業生のジョンは特別ゲストだったんだよ。その卒業リサイタルはとても楽しかった。ジョンと一緒に演奏するのは初めてだったしね。その後、ジョンは僕をバンドに迎えてくれたんだ。僕はそこでエディ・バーバッシュからホーン・パートとハーモニーを学ぶことができた。2011年から2012年にかけて、僕はジョンとよく一緒に演奏したんだ。地下鉄の列車、路上、そして彼の愛の暴動(Love Riots)などなど、街中のあらゆるタイプの「会場」でね。

ジョン・バティステによる「Love Riots」の様子(2016年)

―あなたが参加した「My Heart」はどんな経緯で作られたんですか?

BC:きっかけは、同じくジュリアード音楽院のジャズ・ミュージシャンで僕のルームメイトだった親友のジャハーン・スウィート(ケンドリック・ラマー、テイラー・スウィフト、ドレイクらを手掛けるプロデューサー/ソングライター)がある晩、ジョンの新しいプロジェクトのセッションに誘ってくれたことだった。そこで僕は、このプロジェクトに携わっているたくさんのプロデューサーやソングライターに会うことができ、彼のアルバムがどのように進行しているのかを聞くことができた。それに数年間会っていなかったジョンと再会できたことも嬉しかったよ。

それから数週間後、ジョンのエグゼクティブ・プロデューサーで私の友人でもあるライアン・リンから、「My Heart」について連絡があった。彼はTextでデモを送ってきて、「(この曲を聴いて)君の頭のなかに聴こえたものをどんどん足してくれない?」と言ってきた。僕はデモを聴いて、すぐに課題を理解したよ。とてもノスタルジックな雰囲気の曲だったから、オールドスクールでドリーミーな雰囲気を加えたくて、バックボーカルのパートとフルートを少し加えたんだ。瑞々しい演奏のフルートやサックスがほしいなと思ったんだよね。

―ジョンからのリクエストはありましたか?

BC:ジョンは特に何もリクエストしてこなかったね。ジャハーン・スウィートとライアン・リンの2人からのリクエストに対し、僕は1時間以内にボーカル、フルート、サックスのパートをたくさん送り返したんだけど、彼らはすぐに気に入ってくれたよ。それからジャハーンは、僕のパートが曲を完璧に引き立てつつ、やりすぎにはならないようなアレンジを施してくれた。彼らはバックパートの完璧なバランスを見つけたと思うよ。

―『World Music Radio』を聴いて感じたことを聞かせてください。

BC:アルバムを聴いて、ジョンのアーティストとしての進化に驚かされたよ。僕とジョンは10年以上の付き合いだ。最初に会ったとき、ジョンはあまり歌わず、ピアノとメロディカが中心だった。だから、彼がこんなに素晴らしいシンガーソングライター・パフォーマーに進化していることに驚いてしまった。また、このアルバムのプロダクションは、前作とは別次元にあるように感じる。ジョンは知的で思慮深く、全世界に受け入れられる音楽を作ることを常に夢見てきたと思うけど、このプロジェクトでそれを達成したと思う。このプロジェクトに参加できたことを光栄に思っているよ。

―あなたはテイラー・スウィフト『Midnights』収録の「Lavender Haze」にもクレジットされていますよね。この曲の話も聞いていいですか?

BC:僕は曲のなかで流れるボーカル・サンプルを歌ってるんだ。始まりは数年前、ジャハーンにボーカルのアイデアとコードを送ったことだった。メジャー・コード進行にのせて”I don't wanna see you in my dreams no more”と歌ったんだ。ジャハーンは素晴らしいプロデューサーで、僕のアイデアを反転させてピッチを上げ、その下に4つ打ちのポップなドラム・グルーヴを載せて送り返してくれた。これはすごいなって思ったよね! でも、それから何年間も音沙汰がなかったから、僕は存在さえ忘れていたんだ。

2022年の9月に突然、ジャハーンから連絡が来た。プロデューサーのSounwaveがジャック・アントノフのためにそのアイデアを演奏し、テイラー・スウィフトがそれに曲をつけたと教えてくれた。僕は「おぉぉぉー!」って思ったよ(笑)。でも、これがどうなるかは実際に見てみないとなって感じでもあった。テイラーのチームは徹底的な秘密主義だから、僕はこの曲が2022年10月21日にリリースされるまで聴いたことがなかったんだよ。でも、あの曲のなかで僕の言葉ははっきり聴こえないんだけど、僕の言葉はそのまま「Lavender Haze」とアルバム『Midnights』全体のコンセプトを物語っていると思う。そこが好きだね。テイラーもそう思ってるかはわからないけど、クールだと思うよ。今ではすべてが運命だったように思う。いずれにせよ、僕はジャハーンに感謝しているし、そのアイデアをプロデュースしてくれたこと、そしてこのような大作に参加させてくれたことに感謝してるんだ。

ジョン・バティステが語るワールドミュージックの再定義、多様な音楽文化をつなぐ秘訣

ジョン・バティステ
『World Music Radio』
発売中
再生・購入:https://jon-batiste.lnk.to/WMR

ジョン・バティステ Premium Showcase in TOKYO(単独公演)
2023年10月6日(金)神田スクエアホール
詳細:https://www.creativeman.co.jp/event/jon_batiste_2023/

Coke STUDIO SUPERPOP JAPAN 2023
2023年10月7日(土)・8日(日)ぴあアリーナ MM
出演:ジョン・バティステ、Mrs. GREEN APPLE水曜日のカンパネラ、NewJeans、BOYNEXTDOOR(10/7のみ)、xikers(10/8のみ)
詳細:https://superpopfestival.jp/