ジョン・レノンザ・ビートルズ解散後に行った唯一のフルコンサートを収めた映画『パワー・トゥ・ザ・ピープル:ジョン&ヨーコ・ライヴ・イン・NYC』が、2026年4月29日より世界同時劇場公開される。ショーン・オノ・レノンがプロデュースを務め、グラミー賞受賞チームがレストア・再編集・リミックスを敢行。
音源に関しても徹底的にデジタル修復し、192kHz/24bitのハイレゾ・ステレオ、5.1chサラウンド、さらに一部の劇場ではDolby Atmosでの上映が行われる。本編の見どころを、荒野政寿(シンコーミュージック)に解説してもらった。

※本記事には映画の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい

1972年8月30日にニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開催された「ワン・トゥ・ワン・コンサート」は、障害を持つ子供たちのためのニューヨーク州立施設、ウィローブルックの劣悪な実情を告発したレポートがきっかけで始まった。ウィローブルックが抱える衛生面の問題や、職員による児童虐待など、非人道的な状況を世間に知らしめたジェラルド・リベラ(当時はTV局の記者)のもとへ、レポートの内容にショックを受けたジョン・レノンから連絡が入る。子供たちを支援するために何か行動を起こしたいという想いがジョンを突き動かし、リベラが企画したチャリティ・イベント「ワン・トゥ・ワン」の一環として行なわれるコンサートへの出演依頼を快諾する、という流れになった。

前年の71年にニューヨークへ移住してきたばかりだったジョンとヨーコ・オノは、フィル・スペクターとの共同プロデュースで完成させた2枚組アルバム『Sometime In New York City』を72年6月にリリース。同作に参加したエレファンツ・メモリーと8月22日からリハーサルを始める。カナダのフェス「トロント・ロックンロール・リバイバル」にプラスティック・オノ・バンドとして出演してから約3年が経過。その後もイベントやTV番組で歌ったり、フランク・ザッパのライブに飛び入りしたことはあったものの、長尺のコンサートは久々だった。しかも当初は夜のみの出演を予定していたが、チケットが瞬く間に売り切れて昼・夜の二回公演に変更。準備期間が短い中で、ジョンはかなりのプレッシャーを感じていたはずだ。


ジョン・レノン&オノ・ヨーコ「伝説のライヴ」を今こそ目撃すべき理由 映画『パワー・トゥ・ザ・ピープル』徹底解説


この「ワン・トゥ・ワン・コンサート」の模様は、1972年12月にABCテレビが、共演したスティーヴィー・ワンダーやロバータ・フラックの出演シーンも含むスペシャル番組として放送。ジョン&ヨーコのパフォーマンスが商品化されたのはずっと後で、1986年にビデオ作品『Live In New York City』(14曲収録)と、同題のライブ・アルバム(11曲収録)がリリースされた。昨年発売されたショーン・レノン監修のボックス・セット『Power To The People』で、昼・夜両公演のうち未発表だった曲の大部分が、ようやく世に出たばかり。それに続く最新ライブ・ドキュメンタリーが、今回劇場公開される『パワー・トゥ・ザ・ピープル:ジョン&ヨーコ・ライヴ・イン・NYC』だ。残された素材をもとに、サイモン・ヒルトンが監督、ショーン・レノンも協力してレストアと再構築に当たった。

レストアの効果は大きく、ややフィルムの退色が感じられた旧版から彩度が大幅に改善され、解像度も上がってクリアな映像に生まれ変わった。また、旧版では使用されていない別アングルをふんだんに取り入れ、マルチスクリーンで見せてくれる点もインパクト大。変化は編集ばかりでなく、60分足らずの旧版では観ることができなかった曲も収録して81分まで拡大、予想以上の見ごたえに唸らされる。

オープニングに置かれた「Power To The People」に続いて、ライブ本編の映像がスタート。1曲目の「New York City」から、明らかな変化に驚かされた。旧版では何故かカットされていた、歌詞にマクシズ・カンザス・シティ(その後CBGBと並んでNYパンクのメッカとなるクラブ)が出てくる2番のヴァースが復活しているではないか! 1番の歌詞に登場するデヴィッド・ピールはジョンの肝煎りでアルバム『The Pope Smokes Dope』をアップル・レコードからリリース、この日も会場に来ていた生粋のNYシンガー。タイミングよくパンク前夜のニューヨーク・シーンに飛び込んだジョンの高揚感が生々しく伝わってくるパフォーマンスだ。
ザ・ビートルズ「Back In The U.S.S.R.」を思い出さずにいられないリズムギターの刻みも、リミックスを経て格段に迫力を増している。

「New York City」が終わるなりアンプの音量をいじりに行くジョンは、どこか落ち着きがない様子。『Imagine』のスタジオ・バージョンよりサックスが強調されたアレンジの「It's So Hard」をゆったりと歌い終えると、「音、大きすぎる? リハーサルへようこそ」と、客席の様子を窺うように冗談めかして言う。

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Photo by Michael Negrin © Yoko Ono Lennon

そして旧版にはなかった、ヨーコが歌う「Move On Fast」へ。この年の11月に「Now Or Never」のカップリング曲としてシングルが発売され、翌73年のソロ作『無限の大宇宙(Approximately Infinite Universe)』にも収録される、ヨーコにしてはストレートなロックンロールだ。ウェイン”テックス”ゲイブリエルのギターが絶好調、時にジョンとツインリードになって盛り上げる。ヨーコのロッカーとしての魅力を、ここでのパフォーマンスを通して発見する人が多いのではないか。

なお、旧版では昼公演から採用されていた「Woman Is The Nigger Of The World」「Sisters, O Sisters」は、前述のボックス・セット『Power To The People』と同じく、2曲ともカットされた。歌詞の表現が人種差別的であると議論の的になってきた前者はともかく、後者はむしろ女性賛歌として親しまれてきたヨーコの代表曲のひとつ。ハイテンションな冒頭のMCを含むパフォーマンスが見られなくなった点は惜しい。新たに追加したヨーコの曲とのバランスを見て、収録を見送ることにしたのかもしれないが。

2026年の日本にも訴えかける「イマジン」「平和を我等に」

ここまでは昼公演からの演奏だったが、「Well Well Well」は旧版と違い、よりジョンの調子がいい夜公演に変更された。
昼よりもジョンの喉が開いたのだろう、パワフルな歌唱を聞かせる。『ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)』でのアレンジを踏襲しながら、ギターは再びツインリードで、リズム隊も重厚だ。おなじみの絶叫パートはヨーコからの影響が顕著で、やはりヨーコという触媒抜きにこの時期のジョンは語れないな、と再認識させられる。

そして昼公演の映像に戻り、ヨーコが歌う「Born In A Prison」へ。こちらはジョンの「Working Class Hero」と通じる人生観が歌詞に滲む。『Sometime In New York City』と同様にサビでジョンがハモっており、二人がマイクをシェアして歌うシーンは特に感慨深い。サキソフォン奏者、スタン・ブロンスタインのブロウに煽られるように、ヨーコが〈Let me out!〉と叫ぶエンディングも強烈だ。

「Instant Karma!」では、観客に「知ってる曲だったら一緒に歌おう」と促すジョン。もちろん客席は大盛り上がりだが、エンディングがうまく締まらなかったのを気にしてか、「次はうまくやるよ」「リハーサルみたいでごめん」と口走ってしまうところもジョンらしい。

「Mother」では声の具合を気にして時折首をかしげながら歌うジョンだが、ラフに歌いすぎた夜公演より、こちらの昼のボーカルの方が感情を込められているように思う。音数を絞った『ジョンの魂』のアレンジをそのまま活かし、あのアルバムの世界を生で伝えてくれる貴重なパフォーマンスだ。

「Instant Karma!」

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ「伝説のライヴ」を今こそ目撃すべき理由 映画『パワー・トゥ・ザ・ピープル』徹底解説

Photo by Michael Negrin © Yoko Ono Lennon

続くヨーコ歌唱の「Were All Water」からは、再び夜公演に。
ヨーコのボーカルと対話するようなウェインのギターと、アダム・イッポリートのドライブするキーボードに注目してほしい。ジム・ケルトナーを加えたダブル・ドラムス編成も効果てきめん、バンドの実力を存分に見せつける。

「声がしんどいかも」とブツブツ言いながらビールで喉を潤すジョン。「過去へ一度だけ戻ってみるか」と前置きして歌い始めるのは、ザ・ビートルズの「Come Together」だ。旧版ではあまり声が出ていない昼公演の映像が使われていたが、今回はファンの評判がよかった夜公演でのパフォーマンスを採用。旧版にポジティブな印象を持っていなかった人の評価が大きく変わりそうな、必見ポイントのひとつと言える。最後のコーラスでジョンが不意に〈Stop the war!〉と投げ込んでくるシーンも鮮烈だ。

ここからはしばらく昼公演の映像が続く。「Come Together」について「ほとんど間違えずに歌えた」「年だね」とボヤいてから、「次は今の時代についての歌だ」と前置きして「Imagine」へ。”今”の1972年にジョンが発したメッセージが、2026年の現在も有効であること、本質的な問題が変わらないままであることを重く受け止めざるを得ないシーンだ。大きなアレンジの変更はなく、1ラインずつ噛みしめるように歌うジョンの真剣な表情をカメラがとらえている。

放送禁止にされたことをヨーコが訴えてから始まる「Open Your Box」では、ジョンがスライド・ギターで暴れ、エレファンツ・メモリーの面々を鼓舞。
負けじとヨーコもテンションを上げていく。放送禁止と言えば、次の「Cold Turkey」も同様の仕打ちを受けた曲。ヘロイン中毒から脱する際の禁断症状を歌った大胆な内容だが、これをシングルとして発売、全英14位・全米30位まで上昇させるパワーが1969年当時のジョンにはあったのだ。

次のヨーコが歌う「Dont Worry Kyoko」は、旧版にはなかった。「Cold Turkey」のB面として発売され、1969年9月のトロントでも歌われてジョンを食う存在感を示したヨーコの代表曲のひとつ。ヨーコ・オノ・プラスティック・オノ・バンド(小山田圭吾、ネルス・クライン、本田ゆか他が参加)として出演した2014年のフジロックでも、やはりクライマックスはこの曲だったことを思い出す。オルタナティブの時代に入ってからようやく真っ当に評価されるようになったことでもわかる通り、ヨーコの定型にとらわれないボーカリゼイションは、時代の遥か先を行っていたのだ。

そしてエルヴィス・プレスリー「Hound Dog」のカバーから、映像は夜公演に戻る。ヨーコがかぶっているのは全共闘の「叛」ヘルメットだ。歌いながら思わず「エルヴィス、大好きだよ」と洩らしてしまうジョンと、自分流のボイス表現を貫くヨーコ、2者の個性がせめぎ合う。

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ「伝説のライヴ」を今こそ目撃すべき理由 映画『パワー・トゥ・ザ・ピープル』徹底解説


ジョン・レノン&オノ・ヨーコ「伝説のライヴ」を今こそ目撃すべき理由 映画『パワー・トゥ・ザ・ピープル』徹底解説

Photo by Michael Negrin © Yoko Ono Lennon

続いてヨーコが読み上げるのは、1932年、アドルフ・ヒトラーが”法と秩序”について語った演説。全権委任法を制定してナチスによる独裁体制へと突き進んで行く直前の発言を引用し、警鐘を鳴らす。
2026年の今見ると、独裁者の策謀は本質的に変わっていないのだな…と血の気が引く場面だ。その流れで、平和を訴える「平和を我等に(Give Peace A Chance)」のパフォーマンスが始まる。上気したジョンが「レゲエだぜ!」と煽るが、まだアメリカのミュージシャンにはジャマイカのサウンドが理解されていなかったのだろう、微妙にレゲエにならないリズム解釈に時代を感じる。

ジョンに続いてマイクを回していくのは、この日共演したスティーヴィー・ワンダーやメラニーといったスターたち。ステージ上には同じく出演者だったシャ・ナ・ナの面々や、デヴィッド・ピール、アレン・ギンズバーグ、フィル・スペクター、そしてこのイベントの主催者であるジェラルド・リベラの姿も確認できる。事前に配られたタンバリンを打ち鳴らす観客とステージが一体になり、無垢なパワーが溢れていく感動的なエンディングだ。

日本では学生運動が失速、政治への関心が急速に薄れていく1972年。しかしベトナム戦争が続いていたアメリカでは、昼夜計4万⼈を動員したこんなイベントがニューヨークの中心地で堂々と行なわれていたのだ。サイゴン陥落は1975年3月。そしてベトナム戦争は終結し、ジョン&ヨーコが訴えた「War is over, if you want it」は、ついに現実となった。

「平和を我等に(Give Peace A Chance)」

ジョン・レノン&オノ・ヨーコ「伝説のライヴ」を今こそ目撃すべき理由 映画『パワー・トゥ・ザ・ピープル』徹底解説

『パワー・トゥ・ザ・ピープル:ジョン&ヨーコ・ライヴ・イン・NYC』
2026年4月29日(水・祝)~TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ なんば ほか公開
監督:サイモン・ヒルトン
製作: ショーン・オノ・レノン、ピーター・ウォースリー
出演: ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、プラスティック・オノ・バンド、エレファンツ・メモリー、スティーヴィー・ワンダー ほか
上映時間:81分(予定)
鑑賞料金:一律3,000円
(ドルビーアトモスなど特別なスクリーンでは追加料金がある場合がございます)
公式サイト: https://www.culture-ville.jp/powertothepeople

推薦コメント第1弾(ピーター・バラカン、杉真理、藤本国彦、湯川れい子、立川直樹、サエキけんぞう)

1972年のアメリカで、うまく行かない戦争を更に規模拡大中のニクソン政権に睨まれ始めていたジョン・レノン。表向き障害を持つ子供のためのチャリティ・コンサートでしたが、ジョンとヨーコの言動から彼らの真意ははっきりと伝わってきます。
ビートルズ解散後の最初で最後のこのフル・コンサートで「インスタント・カーマ」や「マザー」などソロの曲を歌うジョンの姿は実にカッコいい。劇場ではわずかな上映期間のようなので早めに!
──ピーター・バラカン(ブロードキャスター)

私が悪うございました。今まで思ってたのと違って、この映画を通して感じたのはメッセージ性云々よりも音楽が素晴らしいライブ、そして「音楽人」としてのジョンだった!
アンプのボリュームをちゃっかり上げるジョン、常に8ビートのダウン・ストロークでギターを刻むジョン、曲中ヨーコに歌い出しのタイミングを教えるジョン、言い訳ばっか言ってる可愛いジョン、そして歌い出した時の唯一無二のジョン。あぁこの人について来て良かった。ヨーコの曲もキャッチーではないか、「Don't Worry Kyoko」は日本民謡に聞こえたが。
──杉真理(シンガーソングライター)

オープニングの「ニューヨーク・シティ」をはじめ、ロックンローラー=ジョンの面目躍如たるギターとヴォーカルの荒々しさ。
後半の「コールド・ターキー」から「ドント・ウォリー・キョーコ」へと続く圧倒的なパフォーマンス。
さらに「ハウンド・ドッグ」からアンコールの「平和を我等に」へとなだれ込むエネルギーに満ち溢れた演奏。
映画『パワー・トゥ・ザ・ピープル:ジョン&ヨーコ・ライヴ・イン・NYC』を観て、これがビートルズ解散後、ジョン・レノンの唯一のフル・コンサートであるという事実と向き合える時がようやくやって来たという実感がある。
──藤本国彦(ビートルズ研究家)
(*抜粋版 全文はオフィシャルサイトに掲載)

およそ55年前のマディソン・スクエア・ガーデン。ヨーコのノー・ブラのセーター姿。下を向いた乳首が透けて見える。ジョンが「イマジン」や「Mother」を歌う。心が鋭くえぐられて、涙が湧いてくる。ジョンとヨーコ唯一のフル・コンサート。こんな世界が現実にあったんだと認識する。ヨーコの絶叫するヴォーカル。ジョンの「ハウンド・ドッグ」をライヴで聴くなんて…と、今、改めて感動しまくっている。
──湯川れい子(音楽評論・作詞家)

映画のタイトルにもなった「パワー・トゥ・ザ・ピープル」で始まる「ワン・トゥ・ワン・コンサート」で、ジョンは筋金入りのロックン・ローラーであることを証明した。ヨーコさんが読むヒトラーの言葉にかぶる構成に唸らされる「ギブ・ピース・ア・チャンス」まで15曲。非常に濃密で、ポリティカルな要素が実に見事にロックン・ロールと溶けあっている。20年という歳月をかけて素晴らしい修復作業をしたショーンの思いと情熱が随所から伝わってくるのもいい。これをスクリーンで体験できる喜びとともに、この唯一無二のライブフィルムが永久保存されることに心から拍手を送りたい。夜を徹して語れる魅力がある。
──立川直樹(プロデューサー/ディレクター)

これがあのワン・トゥー・ワン?見違えるようなバンドの演奏となっている。劇場版映画「ゲット・バック」がそうだったのだがおそらく、AI技術がサウンドに大きな効果をもたらしている。エレファンツ・メモリー(&ジム・ケルトナー)の演奏に潜んでいたグルーヴの可能性を大きく引き出しているのである。特にベースと、ドラム・サウンドには驚かされた。ジョンの生々しい気取りのないMCも「ほとんど間違えずに歌えた」(「カム・トゥギャザー」)など細部に渡って楽しめる。意のままにタンバリンを叩く客席の女子達が扇情的だし、それを愛でるジョンも良い。左右の画面で臨場感あふれる興奮を捉え、精細にブラッシュアップされた映像で、70年代に60年代末の自由なシーンを創り出そうとしたジョンとヨーコの試みが奔放に捉えられた。大きな拍手を送りたくなる、素晴らしいドキュメントとなった。
──サエキけんぞう(パール兄弟)

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