1983年に結成、絶大な人気を誇っていた香港のロックバンド・Beyond。93年6月に中心人物の黄家駒(ウォン・カークイ)が、不慮の事故によって無念の死を遂げた後、メンバー3人の不仲説が飛び交い、解散を宣言するなど現在も不穏な空気が漂ったままだ。
(写真は「CNSPHOTO」提供)

 今年は結成30周年を迎え、また6月30日にはカークイの20回忌を迎えるため、Beyondファンの多くが記念コンサートの開催を熱望している。だが香港メディアが、メンバーの黄貫中(ポール・ウォン)と黄家強(スティーブ・ウォン)が、微博(マイクロブログ)を使ってお互いをののしっていると報道。長い間不仲が伝えられている2人だが、その原因はポールの妻・朱茵(アテナ・チュウ)によるものだという。ポールとアテナが交際中だった2003年、プライベートのタイ旅行がリークされ、アテナが豊満になったと報道された。スケジュールを広めたのがスティーブではないかとアテナは疑い、ポールとの関係にも影響したとのことだ。その後スティーブは、アテナやポールへ批判めいた発言を度々残している。

 カークイ亡き後バンドとしての結束が弱まり、個人活動が増えていったBeyondは、2005年に解散を迎える。その決定的な理由は、やはりポールとスティーブの友情の亀裂。意見が合わないどころか、解散前の数年間は一切の連絡を絶っていたという。08年にカークイの15回忌コンサートが行われた際には3人揃ったものの、ポールと葉世栄(ウィング・イップ)の出番は少なく、「たった2曲しか歌わせてもらえなかった。“あの人”は衣装替えばかりしていたけれど、カークイを追悼するのに何度も服を着替える必要があったのか?」と、ポールは今でもスティーブの振る舞いを不満に思っているようだ。カークイの実弟・スティーブは、コンサートを仕切る権限を持っていたと思われる。


 ほかにも「12年12月に結婚したウィングは、スティーブとポールに連絡しなかった」、「09年に合同でライブを開催したスティーブとポールの意見が合わず、殴り合いの喧嘩をした」、「Beyond名義で中国で活動しているウィングに、スティーブが非難を浴びせた」、「カークイのお墓で顔を合わせてもウィングとスティーブはあいさつすらしない」などなど、数々のうわさや目撃談があり3人ともに不仲な様子。バンドの核であったカークイがこの世を去ったことで、3人はこれほど仲違いしてしまったのか、と嘆くファンは多い。お互いを尊重し、理解し合う気持ちが必要だと思われる。このままでは今後記念コンサートの開催や復活は望めない、というのがBeyondの現状だ。(編集担当:饒波貴子・黄珮君)
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