そこで、すこし日本にゆかりのある外国人に「日本の印象」を聞くことで、我々が忘れかけていた日本の素晴らしさに改めて気づくことができるかもしれません。
アラスカ州で生まれ育ち、テキサス州やカリフォルニア州などアメリカ各地で暮らしてきたリッチさん(59歳)。現在はユタ州を拠点に、商業写真を手がけるプロのフォトグラファーです。各地を移り住みながらも、40歳を過ぎるまで北米を出たことはありませんでした。
彼にとって、初めての海外が日本だったといいます。初来日は2010年。以来22回、合計326日を日本で過ごしました。今回はそんなリッチさんに日本の印象を伺いました。
40歳を過ぎて初の海外が「日本」
「40歳を過ぎるまで、一度も北米を出たことがなかったんです」そう笑うリッチさんにとって、初めての海外が日本でした。仕事で、世界的な写真配信会社Getty Imagesの撮影プロジェクトに参加することになり、東京を訪れたそうです。
「空港に着いたときは、ただ圧倒されました。“本当に日本に来たんだ”と、自分でもすこし信じられなかったですね」
アラスカ州で育ち、その後はアメリカ各地を移り住んできたものの、海を越えた経験はなかったリッチさん。遠い国として見ていた日本に、自分が実際に立っている。
「うれしさもありましたし、緊張もありました。とにかくすべてが新鮮でした」
東京で味わった“読めない不安”
当時のリッチさんは日本語がまったく読めませんでした。当時はスマートフォンもなく、翻訳アプリも一般的ではない時代です。駅名や案内表示を見ても分からず、目的地へ向かうだけでも緊張したといいます。
「40歳を過ぎて、あんなに無力な気分になるとは思いませんでした」
一方で、東京の街並みにはすぐに惹かれたそうです。街は整い、清潔で、人々は落ち着いている。大都市でありながら、どこか秩序があったと振り返ります。
さらに、交通の便利さにも驚いたといいます。
「電車移動が本当に便利なんです。
アメリカでは都市のつくりそのものが広く、通勤や買い物、日常の移動も車が前提になっている地域が少なくありません。そのため、駅を起点に人が集まる東京の感覚は新鮮だったようです。
さらに印象に残っているのが、夜道の光景でした。
「すこし暗い通りを、若い女性がひとりで普通に歩いていたんです。アメリカの大都市では、あまり見ない光景でした」
治安の良さを感じた瞬間だったそうです。アメリカでは地域差こそありますが、夜間は一通りの少ない場所を避けたり、車で移動したりと、防犯を意識する人が多いのです。
置き忘れたカメラが無事に戻ってきたことに感動
「窓越しに、自分のカメラが座席に見えたんです。しかし、ドアが閉まり、電車はそのまま走り去っていきました。そのときは、“終わった”と思いました」
初めての日本。
「仕事初日の朝10時です。日本に来たばかりで、もうカメラをなくしたのかと、頭が真っ白になりました。正直、何をしたらいいのか分かりませんでした。もう戻らないと思っていました」
駅で相談したものの、最初はうまく意思疎通ができませんでした。英語も通じず、紙切れ一枚を渡され、そこには日本語で書かれた案内と電話番号が書かれていたそうです。
ところが翌日、英語の話せる駅員の女性が対応してくれます。リッチさんの事情を聞くと、落とし物の確認や手続きを丁寧に進めてくれたそうです。
「その人が本当に親切だったんです。安心しました」
そして数日後、駅員から連絡が入ります。カメラは見つかっていました。
「信じられませんでした。14時間近く、そのまま座席に残っていたんです。アメリカでは、なかなか想像しにくいことです」
アメリカでは、落とし物が人目につく場所に長時間そのまま残っているケースは多くありません。だからこそ、リッチさんは日本の治安の良さが強く印象に残ったようです。
さらに、その女性駅員は勤務後にもかかわらず、受取先の駅までいっしょに来て、通訳までしてくれたそうです。
「仕事が終わったあとですよ。それなのに、いっしょに来てくれたんです」
その女性こそ、のちにリッチさんの妻となる女性でした。
「当時は、まさかこうなるとは思っていませんでした。でも、あのカメラを忘れていなければ、彼女にも会っていなかったかもしれません」
リッチさんはそういって笑います。偶然の忘れ物が、彼の人生の流れを変えたのです。
“あの日”から続く日本との縁…その後、駅員の女性と結婚!
「妻の家族が東京に暮らしていることもあり、東京には特に親しみがあるんです。あのときカメラを忘れていなかったら、今の人生は違っていたかもしれません」
そう語るリッチさんの表情は穏やかでした。旅先で起きた小さな出来事が、人生を大きく動かすことがあります。日本との縁が家族との時間へとつながった、まさにそんな物語でした。
<取材・文/トロリオ牧(海外書き人クラブ/ユタ州在住ライター)>
【トロリオ牧(海外書き人クラブ)】
2001年渡米、ユタ州ウチナー民間大使。アメリカでスーパーの棚入れ係やウェイトレス、保育士を経験したあとアメリカ政府の仕事に就く。政府職員として17年務めるが、パンデミックをきっかけに「いつ死んでもOK!な生き方」を意識するようになり2023年辞職。現在はNHKラジオ出演や日本のWebメディア執筆など幅広く活動中。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
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