今年の初め、大きなニュースとなった山梨県で2週間以上続いた山火事の現場から、猟犬12匹を避難させる女性の姿があった。猟師の江口寿瑞子(すずこ)さんだ。

江口さんは、30代で東京から山梨県大月市に移住した。2020年頃から平日は東京で不動産会社に勤務し、週末は大月で狩猟を中心に過ごす2拠点生活を開始、2023年に完全移住。

それから3年経った現在は相棒と呼ぶ愛犬リク、ロクと暮らし、地元の70代以上のベテラン猟師たちに混じって山を歩き、犬とともにシカやイノシシの狩りをする。彼女は、なぜ狩猟の現場で生きる道を選んだのだろうか——。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の...の画像はこちら >>
都会で暮らしていると、食べ物も仕事も人とのつながりも、どこか実感を伴わないものになっていく。肉はスーパーで買い、野菜はパックで手に取り、困りごとはサービスで解決する。だが、便利になるにつれて、“生きている”命の手応えもいつしか遠のいていく。

彼女が選んだのは、その遠くなった命の手応えを自らの身体で取り戻していく暮らしだった。

昔は100人以上いた猟師が今は7、8人に

――現在、猟師としてどのような活動をされているのですか?

江口:現在は東京に週2、3回ほど通い、会社勤めを継続しながら、狩猟期の11月から3月と、それ以外の時期にも有害駆除として、年間通して狩猟に出ます。山にかけておいた罠を、毎朝6時頃にチェックしに行くのが日課です。2025年からは、獲ったシカ肉をペット用のジャーキーなどに加工して販売しています。また、狩猟体験ツアーの提供や狩猟免許取得のサポート、移住の相談なども受けています。4月から大月市初のジビエ解体施設が稼働し始めて、そちらの運営もしていきます。
今後はペット用だけでなく、人が食べるジビエ食材も増やしていく予定です。

――狩猟体験ツアーとは具体的にはどんなことを?

江口:山に行き一緒に罠を見回ったり罠のかけ方を一緒にやってみたり、シカが通った痕跡を見てもらったりします。もしそのタイミングで罠にかかったシカがいれば実際に命を止めるところ、解体するところも見せられますし、嫌でなければ解体を一緒に体験してもらっています。

――毎週日曜日にチームで狩猟を行うとお聞きしました。

江口:山梨県内で、東部の大月市、上野原市、都留市がまとまった東部猟友会というものがあります。その中の富浜分会という会で狩猟をしています。昔は100人以上いたそうですが、今は7、8人と少なくなったので、隣の分会と一緒に大物クラブをやっています。大物クラブというのは四つ足の動物、つまりイノシシやシカなどを狩るグループです。東京からの参加者も受け入れていて、メンバーは今、38人ほどです。日曜日に集まって近くの扇山に入ります。巻き狩りという、猟犬とチームで行う猟が中心です。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
自宅そばから見えた火災時の様子(江口さん提供写真)
――全国ニュースにもなった林野火災がとても近かったそうですね。


江口:いつも猟に入る山での火災でした。家の前から山の火が大文字焼のように見えていました。だんだん火の手が下に降りてきたので、大物クラブの山小屋に繋いでいる12匹の猟犬たちをうちに避難させました。消防の方たちが山小屋のギリギリ20メートル先ぐらいで食い止めてくれて、なんとか燃えずに済みました。

一匹ずつに犬小屋があるのでそのときは12個の小屋ごと運びました。普段は野生の勘が鈍らないように、基本的には山で生活している猟犬たちです。富浜分会で飼っていて、私が朝晩にご飯をあげに行っています。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
火災後の山の様子(江口さん提供写真)
――山火事が起きたことで、狩猟への影響はいかがでしたか?

江口:消火活動が落ち着いてから山に入ると、シカはいったん近隣の山に移動して減っている感じがしました。長い期間放水していた影響からか、狩りで使っていたけもの道がさらさらの砂地になってしまった場所もあり、足音が立ちやすくなってシカにばれて逃げられたりもしました。燃えてしまった木もあるので長い時間をかけて回復していくのかなと思っています。
           

目の前にシカが飛び出してきた

――江口さんは東京で働いていたそうですが、もともとジビエが好きだったり狩猟に興味があったりされたのでしょうか。

江口:もともと興味はありませんでしたが、仕事仲間にスポーツで射撃をする人がいました。その人が実際に山に入って狩猟体験をするために、東京から毎月、大月の山に通うようになって。
あるとき、一緒に行こうと誘われて、気軽に遊びに行くような感覚で狩猟の見学に行ったんです。もともと登山などは好きだったので、自然を感じに山に行く、という感覚だったかもしれません。

――その日にどんな体験をされたのですか?

江口:もう、びっくりしました。駐車場にいたときに、ちょうど自分の目の前にシカが飛び出してきて。東京から1時間ちょっとのところにこんなに自然がたくさんあって、動物が目の前に現れるような世界が存在するんだってことに衝撃を受けました。何度も通っていたはずの仕事仲間も、目の前に生きたシカが現れたのはそのときが初めてだったというんです。私は初めて訪れた日に、奇跡的にもそんな体験ができました。猟師さんは離れたところにいたので、そのシカは逃げてしまったのですが。

――そこからハマって狩猟免許を取得しようと思ったのですか?

江口:地元のおじいちゃん猟師たちの勢いがすごかったんですよね。女性が珍しかったのもあると思うんですけど、早く鉄砲(免許)取れとか、空き家見つけてやるとか。勢いに流されたところはあります(笑)。この流れに乗ったら楽しそうかなってノリで。


ただ、狩猟免許を取得しようとしても、当時は新型コロナの影響で間隔をあけるため、試験会場の席数が少なくなっていました。東京では抽選になかなか当たらなかったので、5年ほど前に東京から山梨県大月市に住民票を移しました。狩猟免許は居住地で取得する決まりになっています。山梨なら抽選いらずでした。会社勤めも続けていたので初めは週末移住のような形でした。

――なるほど。その後なぜ、完全に移住するというご決断を?

江口:現地にいる日に運よく獲物がかかるかというと、そうでもなくて。だったら住んでしまえば毎日罠のチェックもできるし、ずっと飼いたくても東京では飼えなかった犬も飼えるなと。

ちょうど、勤めていた会社の代表が高齢になり事業を縮小するところだったので、週3で東京に通い、一部リモートワークもしながら、大月で生活を始められる、と思いました。通勤時間も1時間ちょっとで済みますし。住むところについても、たまたま空き家が見つかったので、所有者を訪ねて直接交渉して借りられることになりました。住んでみると近所のおばあちゃんが野菜をくれるし、夜に遊びに行くこともないので、財布から出ていくお金が減りましたね。
空いている土地を使わせてもらい自分でも畑を始めたので、野菜を買うことも減りました。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
山梨に来てからは野菜作りも楽しんでいる(江口さん提供写真)
山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
民家近くに現れるシカ(江口さんのインスタグラムより)


移住して「猟師になる!」と宣言。両親はポカーン

――東京から山梨に移住して猟師になると周囲に伝えたときに、ご家族やご友人はどんな反応だったのでしょうか?

江口:両親はポカーンって感じでした(笑)。突然、何?って。ただ、友人たちは別に反対することもなくて。もともと思い切った行動をするタイプだったからですかね。

――それまでの江口さんをよく知っている方からすると、驚きはあまりなかったのですね。

江口:そうですね。大学のときに交換留学みたいな制度を使って韓国に行ったんです。それまで韓国に全然興味なかったのに、 友人に誘われたのがきっかけで。現地の学校で出会った韓国の学生が、日本語をめちゃくちゃ流暢に話していたのに驚いて。だったら私は韓国語を習得しないと、と思ったんです。


大学を卒業した後、5年ほど働いてある程度貯金して、「ちょっと韓国行ってきます」って2年半ほど韓国に住んだことがありました。実地で身に着ける方が早いかなって。現地でアルバイトしながら学校に通って日常会話はできるようになりました。別に仕事に活かしたりはしていないんですけどね。そうそう、北京経由で北朝鮮に遊びに行ったこともありましたね。そういう自分を見てきているので周りも、「今度は山梨で狩猟」と聞いてもそこまで驚かなかったと思います。

――ご友人が遊びに来られるとか。

江口:今、高校のときの同級生は結婚して小学生ぐらいの子供がいる人も多くて。年に4、 5回家族で泊りがけで遊びに来てくれる友達もいます。お父さんたちは狩猟に興味があって山に一緒に入ったり、子供の食育にもいいね、という話にもなったり。

実際に猟をして手に入った新鮮なお肉を目の前でさばいて食べると、だいたい皆さん美味しいと言われます。みんなで食べるとより美味しいですしね。うちでは自家消費用に冷凍していて週5ほど食卓に。ひき肉にすると使いやすいですし、ローストビーフみたいにもできたり、冬は鹿しゃぶも。教えてもらってレシピが増えてきました。
  
高校のときの後輩が絵を描いていてロゴデザインをお願いしたんですけど、彼女も年に数回遊びに来てくれて一緒に山へ行きます。狩猟文化をわかった上で描いてくれています。

――はじめはポカーンとしていたご両親は、その後は。

江口:遊びに来てくれますよ。実家でもともと犬を飼ってるんですけど、ここで生まれた子を飼うと言って連れ帰っていきました。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
チームでの狩猟では無線機で連絡を取り合う
山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
ショップ前の看板

命をいただいているんだ、という気持ちで

――免許を取ると狩猟ができるものなのでしょうか?

江口:試験は1日講習を受け、その後受験する、という流れです。ただ、狩猟免許を取っても、3年の更新をしない人は多いです。免許を取るのと実際に猟をするのは全然違います。近くの山にシカがいそうだ、と思っても山も誰かの土地ですし、勝手に入って猟犬を放すなんてことはできないわけで。初心者はどこに行って何をしたらいいか、全然わからないです。

猟は1人ではできないことも多いです。山梨なら山梨県に狩猟税を納めれば県内で猟はできるのですが、地元の猟友会がいるので勝手にやると喧嘩になっちゃいますよね。地元の人と関係性を築こうにも、地域で昔からある連帯を大切にしていて、外から入りにくいケースも多いと聞きます。その点、この地域は、外部からの人の受け入れに積極的でした。女性だったから優しくしてもらえたっていうのも少なからずあるとは思います。一緒に猟に出る以外にも、お茶を飲んでご飯を食べて話をして。今では地域のお祭りとか運動会に誘われたり、畑空いてるから使いなよ、野菜持って帰りなよ、とか本当によくしてもらっています。

――地域のベテラン猟師さんたちに、シカやイノシシの解体も教えてもらったのですか?

江口:最初は下っ端なので全部やってみろと言われて、やりながら覚えました。5、 6回、1人で1頭解体すると慣れてきます。もちろん、いかに綺麗にするか、というところはいくらでもこだわれますが。いくつかのナイフを使い分けています。山小屋で解体するときは正解の方法があるわけでもなくて、カッターを使うおじいちゃんもいたりします(笑)。私は初めから解体の場面にショックはなかったですが、体験で参加してくださる人で血に弱い人はいますね。男性の方が弱いんじゃないでしょうか。こんなに綺麗なのかと感動する人もいます。

――解体には感動があるのですね。

江口:冬場は解体で湯気が出る。そのあたたかさで感動する人も多いです。季節によっては、イノシシの中に“腹子”といって子どもが入っていたこともあります。8匹ぐらい。こんなに繁殖するならそりゃ増えてしまうな、という思いと、育つ子を殺めるという意味では悲しさもあります。山小屋には“山神様”と呼んでいる神棚があって、お酒をお供えして、猟の後には毎回手を合わせます。命をいただいているんだ、という気持ちで。狩猟文化の一つですよね。お肉をスーパーで買っていてもこんな気持ちにはなったことがなかった。価値ある体験だと思います。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
猟銃を構える江口さん(江口さん提供写真)
山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
加工中のシカの毛皮

              

SNSでアンチコメントが来る

――狩猟文化は理解されないこともあると聞きます。

江口:SNSで発信していると、動物を殺すとは何ぞや、肉ならスーパーに売ってるだろう、みたいなコメントが来ることもありますけど、いや、そのスーパーの肉も誰かが殺してるんじゃない?って思います。やっぱり理解できる人、できない人がいるのはわかっているので、気にしない。そういう人を説得しようと思っても無理なんですよね。

一方で、地元には地元の事情があってわかってくれている人がいる。畑の被害は度々聞きます。サツマイモを明日掘ろうと思ってたのに全部食われた、とか。悲しい顔を見るのはつらいですね。罠かけてくれ、見回ってくれ、って頼まれることもあります。

――人の生活エリアにまで来てしまうと困りますね。

江口:そもそも住む人がいなくなっちゃったら、それこそ獣の村になってしまう。猟をする人もですが、住む人も増えてほしいですね。興味のある人にどんどん来てほしいです。去年は狩猟体験に70組来てくれて、実際に狩猟免許を取った人が3人います。3人とも30代で、東京で会社勤めをしている男性です。そのうちの1人はこっちに家を見つけて2拠点生活を始めていて、希望があるなと思っています。せっかくだったらここで長く培われてきた狩猟文化を守りたいですね。

――希望のあるお話ですね。一方、収入面でいうと実際、狩猟の仕事で生計を立てられるほどの収入は得にくいと聞きます。

江口:猟師だけで生計を立てている人はほとんどいないんじゃないですかね。県内でも1人いるかいないか。獲ったシカを運ぶのは、1人でできる仕事じゃないですし。有害駆除については1頭あたりいくらと決まっていて、大月市だと1万5,000円です。自治体の予算の範囲内でお金は出ますが、上限に達したらあとはいくら獲っても報奨金はナシです。

頂いた報奨金はほとんど分会のお金という扱いにして、集まりの食事代や備品代などになりますね。日当が出るわけじゃないです。設備があって仲間がいて、商品化などを進めて少しずつ収益化できれば、というところですね。この春から施設も稼働して、今まで獲っても活用方法がなくてほぼ捨てるしかなかったシカを加工できるようになるので、大月の特産品にしていくこともできるのではないかと。狩猟を通して大月を知ってもらいたいですね。

食肉だけでなく、毛皮や骨など、アイデアはいろいろ浮かんでいて。例えばこのスカルも新宿のバーで飾ってくれているところがあります。不動産の仕事をしてきた経験を活かして、移住相談や空き家の活用、紹介などもしていきたいですね。空き家を持っていても貸さない人が多いのですが、家を活かす意味でもお手伝いできればなと思っています。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
事務所兼ショップ内の様子。右側にあるのはジャーキーなどを作る乾燥機
山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
丁寧に洗ったシカの頭部の骨

           

生きてるって感じがする

――江口さんにとって、ここで生活していて楽しいことは何ですか?

江口:ここでは犬とのびのび過ごせます。犬と遊んでいるときが一番楽しいですね。犬が楽しいときは人間も楽しいんじゃないかと思っていて。美味しいものも一緒に分かち合えますし。犬あっての猟ですから、私にとって相棒です。

――都会では味わえない生活ですね。

江口:それでいうと、うちに地元の人が20人以上集まってわいわい宴会することもあるんですけど、東京ではそういうのなかったなって。仲良くしてもらってありがたいなと思います。逆に言えば、つながりがないと、仕事していくのも難しいですよね。最初に空き家を探してくれた猟師のおじいちゃんが顔が広くて、その人の知り合いですっていうと話が通りやすくて助かりました。

――おいくつぐらいの方なんでしょうか。

江口:たぶん76歳ぐらい。皆さん、70代とか80代。その下がいないんですよ。このおじいちゃんたちが山のことを本当に全部知っている。今は元気ですが、あとどれぐらい一緒に山に入れるかわからないので、彼らが動ける間に全部吸収したい、教わりたいという思いが強いです。

――まだまだ教えていただきたいことがあるのですね。

江口:正直、食べているお肉がどこからきているか、なんて考えたこともなかった。関心がなかった。でもこっちに来たら、自分で野菜を作って食べている人が多いし、春はキノコも採るしタケノコも掘る。おじいちゃんたちと山に入れば、この草食べられるんだよ、山菜がここでとれるよ、とかいろいろ教えてくれて。猟でも、あそこの〇〇の木に隠れろ、とか言うんですけど、自分は全然わからなくて。何にも知らなかったことが恥ずかしくなりました。

もともと福島の田舎の生まれで、田舎に暮らすことに抵抗はないんですけど、自分は自然に関心がなかったんだ、ということに気がついて。自然と暮らすっていうのが本来、人間のあるべき姿なんじゃないかって思うようになりました。その延長線上に、狩猟もあって、お肉も自然の中からいただくことができる。

東京で生活していた頃とは全然違って、こっちの方が楽しいじゃんって。生きてるって感じがします。東京では適当にコンビニとかで食べたいものを買って、夜は友達と飲みに行く生活が当たり前でした。それはそれで楽しかったんですけど、大切にすることの優先順位が変わってしまって。東京にしがみつかなくていいな、こっちで楽しく暮らした方が自分の喜びになるな、っていう風に思っちゃったんですよね。

山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
東京にいたころの江口さん(写真中央・江口さん提供写真)
山火事から“12匹の猟犬”を救い出した30代女性猟師。東京の不動産OLが「山梨に移住して」気づいた“生きている実感”
犬と遊ぶのが一番楽しい時間だという江口さん
“狩猟をする人”というと、命と向き合うストイックな生き方のように思っていたが、江口さんは、地方のシビアな現実に向き合いつつも、自分と愛犬の喜びをベースにこの道を選んでいた。地元で困っている人の声を聞くから、SNSで届く批判の声は気にならない。人口が減り、害獣の増える町で、江口さんの生きる姿は明るい光に見えた。

<取材・文/平野ジュンココ>

【平野ジュンココ】
山梨県在住のライター。インタビューが好き。歌を人生の支えとしている。
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