オフィスワークをしていると日常でコワモテの人物と接する機会は多くないだろうが、数々の職人たちが集まる建設現場などには、元ヤンの中年がいたり、ヤンキーどころか元“本職”がいたりすることも少なくないらしい。
 今回話を聞いたのは、一人親方として独立したばかりの浴室施工業者・コウタさん(40歳・仮名)。


 彼が体験したのは中年男との息詰まる現場トラブルだった。

「もういっぺん言ってみろ!」建設現場のルールを無視する“刺青...の画像はこちら >>

仕上げた新品の浴室の惨状に言葉を失った

 今から6年前、東京某所の建設中の高級ホテル。コウタさんは、一人で特注の浴室施工という重責を任されていたそうだ。

「全部オーダーメイドで、傷一つつけば即やり直しです。プレッシャーは尋常じゃなかったですね」

 通常、複数の業者が出入りする現場では「詰め所」と呼ばれる休憩・打ち合わせスペースが設けられる。しかし、そのホテルの建設現場は異例だったという。

「詰め所がなくて、職人のそれぞれのグループごとに、客室の中に自分たちのスペースをつくっていたんです。でも、ある職人グループが使っている浴室を確認しに行ったら……言葉を失いました。

 すでに自分が施工を終えた新品の浴室に、泥まみれの作業着や工具が無造作に積まれていたんです。ほかにもシャワーバーにハンガーと汚れた服が無造作に吊るされてもいて、本当に信じがたい光景でしたね」

 本来なら絶対に傷つけてはならないスペースが雑然とした物置と化していたそう。そして、その中心にいたのが異様な存在感を放つ男。

「たぶん40代くらいのその人物は、スキンヘッドでただでさえ威圧感があったのに、上半身裸でそこにはびっしり和彫りが入っていたんです。その男がグループの親方だったみたいですね。
しかも周りの連中も刺青だらけで……」

胸ぐらを掴まれ…「もう一回言ってみろ」

 まるで裏社会の組長のような風貌だったんだとか。だが、仕上げた浴室が物置状態になっているのをこのまま見過ごすわけにはいかないと、コウタさんは勇気を振り絞る。

「正直いって逃げ出したかったですよ(笑)。でも、思い切ってそのいかつい親方に『すみません、この風呂もう仕上げてるんで……中の物、出してもらえませんか』って声をかけたんです。そしたら『あ?』ってにらまれて……。向こうは完全にスイッチが入った感じでした」

 怒りをにじませながら、上半身和彫り男がゆっくりと近づいてくる。迫力のある一歩一歩に、コウタさんは息をのんだという。

「『俺、耳悪いんだよ。もう一回言ってみろ』って肩を小突かれて、胸ぐらを掴まれました。顔に鼻息がかかるくらいの距離でしたね。

 さらに、『ちょっと親方、落ち着いてくださいよ』と止めに入った部下に、振り向きざま間髪入れずにビンタを喰らわせていて。冷静な状態でないのは一目瞭然でしたよ」

 男の暴力的な振る舞いに、おののいたコウタさん。周囲にいる部下の職人たちを含め、現場の空気は一瞬で凍りついたという。


「正直、“終わった”と思いました。でも、引き下がるわけにはいかなくて……。『これ商品なんです、特注なんです。傷ついたら全部やり直しなんです』と、震えながらも食い下がりました」

 だが親方はますます「あぁ!?」とブチ切れモードに……。コウタさんはもう、ぶん殴られて半殺しにされるのも覚悟のうえで、絞り出すようにこう叫んだそうだ。

「『俺が必死で仕上げたものなんです! これで嫁と子どもを食わせてるんです! せめて……ステンレスにハンガーを掛けないでください!』って。無我夢中でしたね」

 沈黙が続き、コウタさんには永遠の時間のように感じられたという。だが次の瞬間、誰もが予想しなかった言葉が親方の口からこぼれた。

 それは「……悪かった」というまさかの謝罪。

 さらに親方は振り返って部下の職人たちに、「おい、風呂場のもん全部出せ! 全部掃除だ。俺もやる」と周りを一喝。あっという間に浴室は元通りの美しさを取り戻したという。


喫煙所で再び遭遇した親方と交わした会話

 しかし、親方の“けじめ”はそれだけでは終わらなかったそう。

「翌日の昼、職長たちが集まる打ち合わせの場で、順番にそれぞれが当日の工程を発表するなか、自分の番になった際に親方がマイクを手に取ってこう言ったんです。『現場の引き渡しが終わるまで、今後は誰であろうと全ての部屋の浴室内にモノを置くことを一切禁止する』って」

「誰であろうと」という言葉に、会場は一瞬ざわついたという。他の職種の行動に口出しするなど、本来あり得ないことなのだとか。だが親方は一向に動じることなくマイクを次に回したという。コウタさんもあ然として、言葉が出なかったそうだ。

 その日、コウタさんは休憩時間に一服しようと喫煙所に向かったところ、ばったり親方と出くわす。

「お互いタバコを吸いながらしばらく黙っていて、気まずい空気でした。でも口を先に開いたのは親方のほうです。『昨日は悪かったな』と。それから照れくさそうに身の上話を始めました」

 親方は21歳まで暴力団の構成員をしていたこと、覚せい剤の常用が理由で3年間刑務所に入っていたこと、出所後にフラフラしていたときに今の会社の社長に拾ってもらったこと……。

「彼は目を細めて『最初は給料も低かったけど、ちゃんと堅気になりたいってがむしゃらに仕事を覚えたんだ。
あのときの気持ち、あんたの必死の言葉で思い出したよ』と。そして『若い連中の前で引っ込みつかなかったんだよな。だから許してよ』と続け、照れくさそうにはにかみました」

 コウタさんはタバコの煙を吹き出したあと「そっすか」と笑い、「でも打ち合わせのときの発言、ありがたかったです」と礼を言ったそうだ。

「あの『浴室を汚さないでくれ』の一言を発しなければこっちも泣き寝入りだったし、相手を軽蔑したまま嫌な気持ちで仕事を終えていたでしょうね。勇気を出してよかったです」

 他人への迷惑を顧みない態度で、過剰に威勢を張っていたオラオラ系の入れ墨男。そんな異質な存在でも腹を割って話せば、理解し合える場合もあるのかもしれない。

<取材・文=森田浩明/A4studio>

【森田浩明】
編集プロダクションA4studio(エーヨンスタジオ)所属のライター。
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