―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。
今回は、秋葉原の老舗牛丼屋「サンボ」へ。効率とスピードが支配する牛丼チェーンに苦手意識を持つ著者は、そこで何を思うのか。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

胃を満たすだけじゃ不満足【秋葉原駅・牛丼専門 サンボ】vol.53

 なんとなく牛丼チェーンに入るのが苦手で、どうしてなのか考えてみる。

 前提、松屋も吉野家も、とても美味しい。すき家やなか卯も、もちろん好きだ。とくに寒い冬。始発前まで飲んだ後にさりげなくみんなと別れて、一人でこっそりと締めに食べる牛丼はとびきり美味い。米の一粒も残さずにたいらげ、酒焼けした喉に味噌汁を染み込ませるうちに、少しずつ街は明るくなる。数少ない生を実感する瞬間である。

 しかし、牛丼チェーンのベスト・シチュエーションはこのとき限りであって、日中、空腹状態で店の前を通っても、私の胃は滅多に反応しない。

 なぜか。

 あまりに忙しい日。
牛丼チェーンに入り、滞在時間10分前後で完食して店を出ると、私は鼓膜の奥で、魂が死ぬ音を聞く。

 資本主義が生んだ効率の極致、ファストフード店。その店員さんは、これまで亜光速を思わせる手際の良さで料理を提供してきた(マクドナルドは一時期、注文後に60秒の砂時計をひっくり返して、砂が落ち切る前に提供できなければバーガー類の無料引換券をお客に渡すという、奴隷のタイムアタックみたいなキャンペーンを実施していた。私がバイトとして働いていたならその日限りで心を壊して辞めていたと思う)。

 そのスピードは、昼休みすら十分に確保できない忙しい労働者たちを虜にする。とくにランチタイムの牛丼チェーンは、午後の戦いに備える戦士たちが力を蓄える、束の間の溜まり場なのである。

 いつしか私は、そんな爆速の競争社会からはできるだけ距離を置いて生きたいと考えるようになった。年齢のせいもあるかもしれない。フードファイトみたいな環境で空腹を満たしても、なんだかこう、回復すべきところが回復せず、心はむしろ疲れてしまう。

「じゃあ、チェーン店じゃない牛丼屋に行ってみては?」

 話を聞いていないように思えた担当編集が言った。

 曰く、秋葉原には、今も個人経営を続ける屈強な牛丼屋があるのだという。

 翌週。
私はほとんど降りたことのない秋葉原駅の電気街口から5分ほど歩いた、古い雑居ビルの前にいた。ビルの1階、「牛丼専門 サンボ」と書かれた黄色の看板を確認し、中を覗く。古びたテーブルとパイプ椅子。昭和54年創業という歴史の長さを、床や壁からも感じる。

 フロアでは少し腰の曲がった白髪のおばあさんが料理を運び、厨房では強面の店員が、誰かに復讐でもするような顔つきで白米を盛っている。

 私は食券を購入し、テーブル席に着く。壁には「動画撮影禁止」の張り紙がある。店先では「幼児の入店はお断りします」という張り紙も見た。こういう文言があるだけで、店内は鋭い緊張で満ちる。そういう店にこそ熱心なファンがついたりするから飲食店はおもしろいと思う。

 何らかの理由で怒られるんじゃないかと縮こまりながら、牛丼を待とうとした。しかし、そんな暇も与えない速度でおばあさんが丼を運んでくる。
老舗の個人店でさえも、牛丼屋はスピードと回転重視らしい。食べ終えたばかりの先客がすぐに去るところを見て、やるせなくなる。

 運ばれてきた丼は、肉も玉ねぎも柔らかく、甘さはほんのりと口に広がる程度で、チェーン店のような強引さがなかった。そこが良かった。やさしい味がした。

 完食し、すぐに店を出た。美味しかったのに、心は消耗していて、これはなんなのだと思う。

 落ち着いた店に行きたい。

 知らない秋葉原の街は想像以上に騒々しいままで、迷子になった気がした。

美味しかった。でも心は消耗した…“チェーン店じゃない”牛丼屋...の画像はこちら >>
<文/カツセマサヒコ 挿絵/小指>

―[すこしドラマになってくれ~いつだってアウェイな東京の歩き方]―

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。
そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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