「大谷も外野を守らないと」——。
 今年8月、米掲示板「Reddit」の野球コミュニティで、こんな皮肉交じりの書き込みがあった。
ピート・クロウ=アームストロング(カブス、以下PCA)が年間11WARペースだと話題になった際の反応だった。

 これは文字通り受け取る話ではない。だが、その後のナ・リーグMVP争いを見ると、この一言は妙に引っかかる。選手の総合的な貢献度を勝利数に換算するWARで、PCAはすでに“あの2024年大谷”と同じ水準に達し、算出法によっては上回っているからだ。

「大谷を追う若手」だったPCAが“MVP争いの本命”に

「大谷も外野を守らないと」カブスファンが挑発…41本&36盗...の画像はこちら >>
 今季のMVP争いは、夏場を境に空気が一変した。7月下旬にはPCAがFanGraphsのfWARで大谷を逆転した。8月23日時点のMLB.com模擬投票では177点、1位票29でトップに立つ一方で、大谷翔平(ドジャース)は154点、1位票8の2位だった。

 そして、その後もその差は一気に広がった。FanGraphsの最新表示ではPCAが10.0、大谷が6.8。9月に入ると、カブスファンが集まるRedditには「大谷MVP支持者は泣いているだろうな」という挑発的な投稿まで現れ、「大谷だからというだけで、またMVPになったら……」という不満も書き込まれた。

 いつの間にか、PCAは“大谷を追う若手”ではなく、追われる側になっていたのだ。

史上初「50-50」で歴史を塗り替えた2024年の大谷翔平

 ただし、今回比べたいのは2026年の大谷ではない。物差しにするのは、史上初の「50本塁打&50盗塁」を達成した2024年の大谷である。あのシーズンと比べても、PCAは本当にそれほど高く評価されているのか。


「あの2024年」は、特に最後の1か月が異常だった。大谷は8月終了時点で44本塁打43盗塁だったが、9月だけで打率.393、10本塁打、16盗塁。最終成績を54本塁打59盗塁まで伸ばしたのが記憶に新しい。

 50-50が見えてからは、1本打つ、1盗塁を決める、そのたびにカウントダウンが進んだ。単なる好成績ではなく、毎日のように「次はどこまで行くのか」と追いかけたくなる。記録そのものが物語になっていた。

 極めつきは9月中旬のマーリンズ戦だった。6打数6安打、3本塁打、2盗塁、10打点の大暴れで、一気に50-50を突破。野球ゲームでも少し盛りすぎに見える数字を、現実の試合で並べてしまった。

本塁打も盗塁も2024年の大谷が上だが…

 では、2026年のPCAはどうか。現地9月9日終了時点で41本塁打&36盗塁。カブスは残り15試合で、54本&59盗塁に並ぶには、あと13本塁打と23盗塁が必要になる計算だ。

 41本&36盗塁でも文句なしにすごい。
それでも本塁打と盗塁だけを比べれば、2024年大谷が明確に上だ。

 ところが、物差しをWARに替えると話が変わってくる。FanGraphsの最新表示ではPCAがMLBトップの10.0fWARで、2024年大谷の最終8.9をすでに上回っている。もう一つの代表的な算出法であるBaseball-Reference版でも、PCAは9.0WAR。こちらは2024年大谷の最終9.0と並んだ。

 54本&59盗塁と41本&36盗塁。分かりやすい数字では大谷が紛れもなく上なのに、総合評価では同じ高さまで来ている。

 では、何がその差を埋めたのか。PCAも今季は打率.281、OPS.948と文句なしの好成績だが、2024年大谷は打率.310、OPS1.036。本塁打や盗塁も含め、攻撃面では明らかに大谷に分がある。

MLB最高峰のセンター守備が埋めた「攻撃力の差」

 答えは、打席の外にある。PCAはセンターの守備でも球界最高級だ。守備範囲や打球の難易度などを基に、平均的な野手よりどれだけ多くアウトを奪ったかを見るStatcastの指標「OAA」は今季25でMLBトップに立つ。


 しかも昨季もOAAは24。今年だけ突然、守備の評価が跳ね上がったわけではない。もともと一級品だったセンター守備に、41本塁打を放つ打撃が加わった。PCAの今季が異様なのは、ホームランを量産する中堅手でありながら、その守備までリーグ最高峰という点にあるのだ。

 一方、2024年の大谷は右肘手術からのリハビリ中でDH専任だった。守備で価値を積み上げる機会はなく、WARでは守備位置の違いも反映される。打席の数字だけでは見えない価値が、2人のWAR評価を大きく左右している。

中身が異なる2人の「歴史的シーズン」

 もちろん、WARが高ければ「より歴史的なシーズン」というわけではない。史上初の50-50、9月の猛烈な追い込み、54本&59盗塁という記録が与えた衝撃は、WARとは別の物差しで語るべきものだ。

 むしろ面白いのは、同じ「すごいシーズン」でも中身がまるで違うことだろう。2024年の大谷は、とてつもなく打って、走って、歴史を作った。2026年のPCAは、打撃・走塁の数字では大谷に及ばなくても、打って、走って、センターを守っている。


 冒頭の「大谷も外野を守らないと」は、かなり極端な言い方ではある。それでも、なぜPCAが“あの2024年大谷”とWARで同等以上に評価されるのか。その核心を、これほど短く表す言葉もないのではないか。

文/八木遊(やぎ・ゆう)

【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。
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