巨人の長嶋茂雄終身名誉監督=報知新聞社客員=が、2013年に国民栄誉賞を受賞した際に、スポーツ報知紙面で特集した「私だけが知る長嶋茂雄」を再録。高橋由伸氏がプロ野球選手としての基礎を築いた2人への思いを語った場面を抜粋した。
◆勝負事に熱い人
プロ2年目、高橋由は長嶋さんから「ウルフ」というニックネームをもらった。冷静沈着なプレースタイルが、動物のなかで頭がいいとされる「オオカミ」に似ていたからだ。ただ、松井氏の「ゴジラ」ほど定着しなかった。
「確かに、そうやって呼ばれている時期もあった。でもあの頃、それ以上に印象に残っているのは、部屋に呼ばれて素振りしたこと。2、3年目に全然打てない時があって。甲子園での試合後、芦屋の宿舎で部屋に呼ばれた。入るなり『振ってみろ』って言われて、もうひたすら素振り。フォームどうこうというより、長嶋さんはずっとスイングの音を聞いていた」
腕組みをする長嶋さんの前で約30分間、バットを振り続けた。最後は長嶋さんに「よしっ、今のでOK。そうやって振るんだ」と言われて終わった。キャンプの猛練習などで数多くバットを振ることは慣れていたが、その時、高橋由の両手には激痛が走っていた。
「休憩なしで振り続けたから結構な数、振ったと思うが、それだけで手がボロボロになった。手袋をしていたのに痛くて痛くて。普段はそんなことはないんだけど。ものすごい緊張感があったからなのかな。何本振るとか、いつ終わるのか先が見えなかったのもあるのかもしれない。その後、札幌でも1回あったと思うけど、長嶋さんに呼ばれて素振りしたのは何回かしかない」
長嶋さんは高橋由の打撃センスを認め、1年目のキャンプ中にはコーチ陣に「由伸を指導してはならない」と通達を出した。部屋に呼び出して素振りを課したのは意外だ。技術指導はほとんどなかったが、日々の打撃フォームをチェック。時には厳しく当たった。
「調子が悪かった時に、右足を上げないでタイミングを取るようにしたけど、試合中に『変えるな!』と怒られた。自分なりにどうしたらいいんだろうと考え、とりあえずその場しのぎでもいいから打ちたくてやった。もう『はいっ』て言うしかないよね。
入団から4年間、長嶋さんの下でプレーした。当時は若手だったため、ベンチではいつも長嶋さんの近くに座った。
「プロ入り前は長嶋さんはテレビで見る人だった。一人の野球選手としてはスーパースターなんだけど、自分の中ではスーパースターではなかった。現役時代を知らないから。いろんなエピソードを聞いたけど、一緒にやってみると、そういう時もあれば、わざと冗談を言ってチラッとこっちの反応を見たりする時もあった。でも、試合が始まるとずっと声を出していた。勝負事になるとすごく熱くなる人だなと思った」
◆高橋 由伸(たかはし・よしのぶ)1975年4月3日、千葉県生まれ。50歳。桐蔭学園高、慶大を経て97年に逆指名で巨人入団。新人の98年から6年連続でゴールデン・グラブ賞受賞。