戦後の日本を象徴するスーパースターで、「ミスタープロ野球」と称された巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄(ながしま・しげお)さん=報知新聞社客員=が3日午前6時39分、肺炎のため都内の病院で死去した。89歳だった。

現役時代は王貞治とのON砲で巨人を不滅のV9へと導き、監督としても、1994年の「10・8決戦」など多くの名場面を演出して5度のリーグ優勝、2度の日本一に輝いたミスター。歴代の担当記者が、永遠の別れを悼んだ。

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 「ミスタープロ野球」を担当することになった。2018年5月。当時40歳の私が「長嶋番」になった。現役時はもちろん、監督時代も知らないのに、どう接すればいいのか。とりあえず、人生で一番勉強した。

 「二塁ベースを回った時、実は天皇陛下と目が合ったんだよね。えっへっへ」。1959年の、天覧試合の話だ。9回に放ったサヨナラホームラン。その1試合にさまざまなエピソードが語り継がれているが、「目が合った」なんて、どの本にも書いていない。

新米だからとからかっているのか。戸惑う私を見かねて、ミスターが食事に誘ってくれた。麻布十番の高級中華だ。

 高価な上海ガニがとにかく美味。「おかわりしたいです」と言えば上司に「アホか」と叱られる。そのやりとりに「えっへっへ~」と笑ってくれた。自分を知ってもらうために、私も必死。その後も何度か誘っていただき毎回、「水井(ミズイ)です」と名前を強調した。しかし、後日の東京ドーム。首からぶら下げる記者パスをチラチラ見ながら「ナガイくん、元気か? 上海ガニ、また行こう」と笑顔で肩をたたかれた。ん? ナガイ? たしかに「水井」と「永井」は似ている。そういえば、選手の名前を間違えて呼ぶ伝説をテレビで見たことがある。

それが自分に振ってきたのだから光栄だ。

 仕事はミスターのコラム「勝つ勝つ勝~つ!」の窓口となること。同時に選手の調子や取り組んでいること、2、3軍の光る素材まで「巨人情報です」と伝えた。真剣に聞いてくれることがうれしくて、私の話は長くなる。しかし、「そうかそうか。で、その選手はどこのチームだ?」「いや、巨人です」。私の話し方がいけなかったと思う。「巨人か。それは楽しみだね」。スター誕生を待ちわびる長嶋さん。同じ「4番サード」の岡本が活躍すると、自分のことのように喜んだ。

 なおさら、現役時代の長嶋茂雄を取材してみたくなった。

試合前はどんな雰囲気だったのか。どう記者と接していたのか。裏の顔はないのか。交友関係も含めて興味が湧く。「長嶋本」に書いてないことはたくさんあるはずだ。名前を間違えるのは天然か、それとも話題作りか。そんなことも見えてきたかもしれない。

 いつまでも人気球団であってほしいから、自分がどう貢献すればいいのか。その場の空気に応じて演じた時もあったと思う。言葉が優先し、後から事実として成立させたこともあっただろう。そう、天皇陛下と目が合ったかなんて、今さらどうだっていいのだ。ミズイ? ナガイ? 呼び方もどうだっていい。

一人の戸惑う記者を救ってくれたのだから感謝しかない。「ミスタープロ野球」と呼ばれた長嶋さん。何だか、つかみきれずにお別れとなってしまった。私が担当した国民的英雄は短い期間だったけど、本当に、魅力に溢(あふ)れた人だった。(2018~25年 長嶋番・水井基博)

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