芥川賞作家の円城塔さん(52)の新作「去年、本能寺で」(新潮社、2090円)は、日本史にSF感覚をねじ込んだ11編の異次元短編集。奇妙な理論、巧妙な仕掛け、時系列無視、美しい文章を複雑に絡ませ、前衛的な円城ワールドを存分に展開している。
次の文章は、新潮社による本書の解説になる。
「アシカガ・ショーグネイト崩壊後、AIは長足の進歩を遂げる。軍事AIが合戦を司(つかさど)り、文事AIが詩歌、楽曲の生成に勤(いそ)しむ世界で、つわものたちは何を思惟(しい)するのか? 歴史小説のはずが、ミステリあり、スペースロマンあり、アイドル活劇あり、異世界転生まであり! 何でもあり! 円城ワールド全開の戦乱ラプソディー!」
難解? いや、だからこそ面白い円城史観。SF関係の賞も多数取っている円城さんが描くのは、織田信長ら「日本の歴史」に関わる11編の短編集だ。
「僕は北海道の生まれなんですけど、今は大阪に十何年暮らしてます。こっちに移動してきて思うのが、日本の歴史の捉え方が全く違うってことなんですよ。日本史の教科書とか習っても、別に北海道なんて出てこない。感覚的には外国の歴史みたいなものです。そんな人が近畿圏に来ると、『教科書の歴史、本当に全面的に信じている人がいる! 信じすぎでしょ』っていう驚きがある。『大和朝廷』と熱弁されても、いや別にって思っちゃうでしょう?」
記者は奈良出身で京都で育ちましたが、京都の人は首都ヅラするし、奈良の人も、我こそはオリジナルの都人だとか言いがちです。
「そうそう。例えば教科書の日本史って、古代だと近畿中心で東北は蛮族扱い。でも、その頃の歴史は近畿だけじゃない。日本中に人は存在していたはずだし、東北は書き残さなかっただけですから。最近そういうのが気になり出して、いろいろな書き方なり、考え方なりあるんじゃないかな…って思ったのが、今作の着想の始まりです」
織田信長も、一度書きたい題材だった。
「結構温めてきた話題です。信長の歴史小説っていろいろ面白い作品がある。でも、微妙に英訳とかしづらいんですよね。日本では、大抵の人が信長のイメージを猛烈に盛っている。呼吸みたいなもので、日本人にすり込まれているんです。詳細な性格とかみんな知っているからこそ、作品では深く書き込まない。すると、翻訳する際に空気感が伝わらずに難しくなるんです」
年月を重ねて、信長のイメージ自体も著しく変化してきた。
「信長がこんなに有名になるって、かなり遅いんです。子母澤寛や司馬遼太郎が書き始める以前は、完全に逆族扱いですよ」
つまり、私たちが知っている歴史の事実は、絶対に正しい…というものではなく、時代によって変わっていくということ。
「北海道から関西に来て日本見てると、やっぱり日本史、変だな、みんな勝手な思いを入れすぎだなと思うんですね。歴史にはウソも交ざっていて、新たな史料や証拠によってアップデートされていくものなんです。こういうことを強調しないと、新しい歴史観を発表した際に、各地の博物館に司馬遼太郎ファンが押しかけて『司馬先生が言ってることは間違っていたというのか!』と絡んだりする」
ハレーションが起こるので、歴史大作も生まれづらくなった。
「司馬遼太郎が出てきて以降、『日本の歴史とは』って大きな話をする人がいなくなった。誰かいてもいいんじゃないか、とは思うんですけどね」
今作は、そんな歴史観や、さまざまな見方をギュッと集めたような小説だ。
「自分で『日本の歴史とは―』とやるのはしんどいので、でかいホラ話を書くことにしました。あんまりいいホラを作るとそれらしく広まっちゃうので、明らかなホラを書いて。絶対ないだろうってウソでも結構だまされる人はいるので、その辺は…ウソを見抜く練習として本作をお使いください。ひと言で言うと、歴史を考えよう小説ですね」
円城さんの小説は、多面的な現象を、さまざまに書き表す前衛的な作風。絵画で言うとピカソみたいだなと思うんですが…当たってます?
「多少あると思います。
ルーツがSF作家ながら歴史小説を書くのも異色と言える。
「そうですかね? そもそも僕がSF作家かも分からない。SFって何なのかすらみんな分かってないんじゃないですか? こんなに携帯触ってAIに触れているのに、いまさら何の小説がSFなんだって気もしますけどね」
藤子・F・不二雄は、自身のSF作品のことを「すこし(S)ふしぎ(F)」と称していました。
「AIとドラえもんも区別できなくなっている。ちょっと間抜けって言うのも似ている。そのレベルでは、完全にフィクションが現実に浸食してきていますよね」
円城さんは2013年に小説「Self―Reference ENGINE」で、米国のSF界の最高峰とも言えるフィリップ・K・ディック賞の特別賞を受賞。世界に認められた小説家だ。
「世界を考えると、どうしても、日本や自分の所属しているところを書かないと戦えないなって実感する。紫式部、村上春樹、川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫…。やっぱり盆栽も書かないとダメですよ。
◆円城 塔(えんじょう・とう)1972年生まれ。52歳。95年に東北大理学部を卒業後、2000年に東大大学院総合文化研究科博士課程修了。北大、京大などで博士研究員、ウェブエンジニアを経て、07年「Self―Reference ENGINE」で作家デビュー。同年「オブ・ザ・ベースボール」で文学界新人賞。12年「道化師の蝶」で芥川賞。19年「文字渦」で日本SF大賞。25年「コード・ブッダ 機械仏教史縁起」で読売文学賞など受賞作多数。
【円城さんが選ぶ おすすめの一冊】
◆「レモネードに彗星」灰谷魚著(KADOKAWA) カクヨムWeb小説コンテストで僕が短編を選ぶってなって、その中で評価したやつが、いつの間にか本になっていた。7編の短編集なんですが、スイスイと読めていいですよ。
概要を言うと…「友人がずっと宙に浮いてどっか行った」とか、「スカートがなかなか脱げない」とか書いている短編集。
何が書いているか分からない。けど、かなり文章がうまい。軽く読めるし楽しくて、やっぱり読みやすいって大事。僕も最近、人間に読んでもらえるような文章が書けるようになってきましたからねぇ(笑)。