中日・中田翔内野手が15日、バンテリンドームで記者会見を開き、今季限りで現役引退を表明した。18年目の今季は5月中旬に腰痛で離脱。

8月7日に1軍に復帰したが、12日に再び出場選手登録を抹消された。通算309本塁打。3度の打点王と5度のベストナインに輝いたスラッガーは腰の痛みが限界を迎えて決断した。会見ではけがに悩んだ近年を「野球が嫌いになりかけた」と吐露。中日への感謝の気持ちを何度も口にしたが、会見の後にも取材に応じた。

 以下は一問一答

―キャリアの中心は日本ハムだったが

「優勝や日本一も経験させてもらいましたし、初めに言ったように、僕を育ててくれたのは日本ハムだと思っています。誰が何と言おうと、そういう気持ちは変わらないし、そういう中で、ジャイアンツとドラゴンズのユニホームを着られたのも幸せなことです。名古屋に来られたのも、本当に日本ハムにいるときは当たり前ですけど、予想もしなかったので。本当にいい経験になったし、野球を通して本当に楽しい思いをさせてもらいましたね」

―ずっと貫いてきたことは

「やっぱり中田翔は中田翔らしく。もちろん批判だったりもたくさんありましたけど、自分のスタイルを変えてはダメだと思ってずっとやってきたつもりです」

――巨人で過ごした期間は

「ジャイアンツでも先輩方にすごくお世話になりましたし、いろんなことを学ばせてもらって。勝ちに対してのプレッシャー、読売巨人軍ってだけで、勝って当たり前ではないけど、どうしてもそういう見られ方をしてしまうのも、チームに入って初めて分かりました。普段どれだけのプレッシャーを感じながら、グラウンドに立ってるかをフィールドで間近で見て、(坂本)勇人さんだったり、長年やってきてる方が大きなプレッシャーを抱えてフィールドに立ってることをチームメートになって気づけたことだと思うので。

濃い2年半だったと思います」

―引退を決断後に1軍に昇格し、代打で3打数無安打。結果が出れば、引退を取り下げていたか

「それはもう、ないですね。自分で決断を下した以上は結果がどうであれ、自分の中では最後にまた活躍して終わりたいって気持ちもあったんですけど。気持ちと体が一致しなかったってのもありますし、そこで決めたことが変わるってことはなかったですね」

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