第93回日本ダービーは5月31日、東京競馬場で18頭が世代の頂点を競います。スポーツ紙・夕刊紙8紙の特別企画で、スポーツ報知の競馬記者が熱く語ったのは、“初めてのダービー”。

あなたと同じダービー馬を推す同世代の記者はいますか? 第2回はウオッカ世代のヤマタケ(山本武志)記者の登場です。

 あの後悔は競馬記者を続けている限り、忘れることはないだろう。初めて現場で取材した07年は苦い記憶となって、今でも時々よみがえる。

 桜花賞前だった。「ウオッカの連載をやってくれ」。会社からのオーダーで、結果的に単勝1.4倍の支持を集めた名牝の番記者になった。すぐにインタビューした谷水雄三オーナーは熱く丁寧にウオッカへの思いを語ってくれた後、「実は日本ダービーに登録しているんです」とポツリ。興奮した。その時から本命は決定。桜花賞は2着だったが、紙面に「歴史を変える!」と何度も書いてきた。

 しかし、だ。レース当週に、改めて考えていくうちに芽生えたのが「やはり、距離が長いのでは」という思い。

実はネガティブな思考が広がりやすいタイプの人間だ。結局、本命にしたのは無難に別の牡馬。応援と予想は違うと自分に言い聞かせ、レースを見守ったが…。

 最後の直線。馬場の真ん中からウオッカが抜け出してくる。その躍動する走りに大歓声が起こったが、全く耳には入ってこない。正直、仕事ということも忘れ、ぼう然としていた。その後、検量室前に降りると、すぐ会ったのが「ありがとう」と右手を差し出してくれた笑顔の谷水オーナー。両手で握り返した瞬間、猛烈な後悔が押し寄せてきた。自己嫌悪の中で「歴史を変えた!」と一面の原稿を書いたことをよく覚えている。

 多くのホースマンが目指す競馬の祭典は熱い思いに触れることも多い。もちろん、取材の感触や能力比較も大事だが、自分の買いたい人馬に夢を託したいレース。

今年は岩田康騎手がほぼつきっきりのアスクエジンバラに、そんな魅力がある。

〈2007年日本ダービーVTR〉

 3番人気の支持を受けていたウオッカは中団から追走した。直線では単勝1・6倍だったフサイチホウオーなどが伸びあぐねる中、力強い加速で突き抜け、3馬身差の圧勝。牝馬の勝利は1943年のクリフジ以来、64年ぶりの3度目だった。

 ◆山本 武志 1976年10月13日、大分県生まれ。49歳。野球、レイアウト担当を経て、中央競馬担当歴は約20年。日本ダービーの重みを教えてくれた橋口弘次郎元調教師がワンアンドオンリーでついに勝った14年が一番の思い出です。

編集部おすすめ