フィギュアスケート男子で2014年ソチ、18年平昌五輪を連覇した羽生結弦さんが、人気デュオ「ゆず」と初共演を果たした。発生から15年がたった東日本大震災のNHK震災伝承ソング「幾重」に合わせて、スケートを披露。

10日までに仙台市内のアイスリンクで収録を公開し、取材に応じた。以下、一問一答その3。

 ―15年がたった。新しく震災のことを思うことだったり、変化は何かあるか。

 「つきあい方がうまくなったなとは思います。人間は節目に感じやすい5の倍数の年月でコロッと変わるかと言われたら、そんなことはなくて。毎日の積み重ねの中でちょっとずつ変化していくことだと思いますし。行ったり来たりする時もあるとは思うんですけど、自分の傷の向き合い方、そしてその被災された方々のつらい記憶であったりとか、つらい痛みであったりとか、それに寄り添うということの距離感とか、見つめ合い方みたいなのが、少しずつ上手になってきたなという感じはしますね。ただただえぐるだけじゃなくて、ただただ楽しむだけじゃなくて、ただ寄り添おうと頑張るだけじゃなくて、そこに対してちゃんと手を差し伸べられるように、ちょっとずつなってきたなと思いますし。傷ついた方々に対して、手を差し伸べたいというか、祈りたいということもあるんですけど、自分自身がすごくとり残してきた過去の自分、すごく蓋をしてきた自分みたいなものもあるので。そういったものに対しても『大丈夫だよ』って言ってあげられるように変化してきたかなとは思っています。この『幾重』という楽曲にそういう風にしていただけたというのもあるし、この楽曲と演技を見た時に、ちょっとでも前に向こう、ちょっとでもこの傷を抱きしめながら未来に向かうということを思っていただけるためには、説得力を持って伝えるためには、自分自身がそうならなきゃいけないなと思ったということもあって。

すごくいいきっかけをいただいたなと思っています」

 ―震災がなかった場合の人生を想像したことはあるか。

 「ないですね。もう起きてしまったことなので。正直、当時のことを思い返すと、起きた時は現実味がなかったんですよ。ただ、その現実味が全然なかったけれども、なんとかそこで生きなきゃいけなかったんですよ。だからみんな必死で、生活どうしようかとか、その場その場で。僕らは避難所にもお世話になっていた側だったので。避難所の方々にお世話になりっぱなしではあったんですけど、実際にこれからどういう風に生活が戻っていくのか、家がどうなってしまうのか、これから日本がどうなっちゃうのかって、すごく悩みながらも、でもこの現実を受けなきゃいけないという。その場の行き当たりばったりでずっと生きていくことをしていたんですよね。だから、3・11がなかったらこの世界はどうなっていたかなというのは、あんまり考えることができなくて。本当に行き当たりばったりのこの人生の中で、『今』っていうものが存在しているんだろうなとは思っています」

 ―15年という年月かたち、過去の意味合いを変えることができたのか。

 「うーん…どうですかね。

変わったり変わらなかったり、いろんな方々の記憶とかに触れたり、いろんなニュースを見たり、実際にお会いしたりする時に、自分のことじゃないのにすごく涙が出るし、すごくやっぱり胸が痛くなるんですよね。そういうことがいまだにあって。そういうことを考えると、向き合い方とか、なんて言うんでしょうね、あの頃とは変わったなって言い切れないところもあるんですよね。ただ間違いなく、先ほどの回答であったように、距離感とか付き合い方はうまくなってきたなとは思いますね。過去を消さないというか、ちゃんとそれも含めての人生があって。胸張って、だんだん言えるようにはなってきたかなということは思っています」

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