1940~50年代に阪急(現オリックス)などで投手として通算88勝を挙げ、引退後は東京の佼成学園を率いて甲子園に3度出場した今西錬太郎(いまにし・れんたろう)さんが、6月28日に老衰のため死去したことが6日までに分かった。101歳だった。

葬儀は家族葬で執り行った。

 大阪府生まれで、浪華商(現大体大浪商)から社会人の日鉄二瀬を経て兵役。プロ野球が再開した46年に阪急に入団した。47年に21勝、48年には23勝をマーク。巨人キラーとして知られた。2リーグ制となった50年に新球団の大洋(現DeNA)へ移籍し、開幕戦で完封勝利を挙げた。53年に阪急に戻り、東映(現日本ハム)に移籍後、55年シーズンを最後に現役を退いた。通算成績は315試合88勝102敗だった。

 59年から84年まで佼成学園の監督を務め、66、68年春、74年夏に甲子園へ導いた。同校の関係者によれば、一昨年秋に行った「100歳を祝う会」では元気な姿を見せていたという。

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