老衰のため7日に93歳で死去した女優でエッセイストの岸惠子(きし・けいこ)さんが、女優・吉永小百合主演で映画監督デビューする構想があった。実現すれば邦画史が変わっていたかもしれない作品は、1980年ごろに具体的に進められていた桐島洋子さんの「マザー・グースと三匹の子豚たち」。

40歳前の桐島さんが子ども3人を連れ、ニューヨーク郊外の田舎で過ごす体験がつづられたノンフィクションで、吉永は役のため、ひそかに英語の特訓もしていたという。

 しかしこれは、幻に終わった。当時のことは岸さんと吉永の共著「歩いて行く二人」(世界文化社)にも書かれている。岸さんの言葉として「出来上がった脚本に私がひどく失望してしまったのだった」と断念理由に言及。そして自分が「脚本も書く」と言わなかったことを悔い、原作者と吉永への申し訳なさもつづっている。

 吉永はこの日、追悼コメントを発表。「大好きな先輩でした。『細雪』でご一緒した時、ラッシュを見て、『あなた、とても良いわよ』と誉(ほ)めて下さり、嬉しかったこと、忘れられません。本を一緒に作ったことも、大切な思い出です。もう一度、お逢いしたかった! 今はその思いでいっぱいです」。共著には軽く触れているが、2人による“幻の一本”ついては言及されなかった。おそらく、映画化が消えたことに一番胸を痛めたのが岸さんであることを、誰よりも理解しているからだ。

 孤高に生きる大女優同士が認め合うことは、あるようでなかなかない。吉永は、文才があって洞察力の鋭い岸さんに「演出してもらいたい」気持ちを持ち続けていた。新たな一面を引き出してほしい願いもあったのだろう。岸さんは2013年の小説「わりなき恋」(幻冬舎)がベストセラーに。成熟した男女の愛と性を鮮烈に描いた恋愛小説だった。同作の映画化も強く望んでいたが、現在のところ実現に至っていない。

編集部おすすめ