「おんなの出船」などのヒット曲で知られる歌手の松原のぶえ(まつばら・のぶえ、本名・廣原伸恵=ひろはら・のぶえ)さんが死去していたことが14日、分かった。65歳だった。

関係者が認めた。

 哀切な心情を力強く歌った代表曲「おんなの出船」などで親しまれ、NHK紅白歌合戦にも通算7回出場した松原さんが、天国へ旅立った。今年2月にBS11「鶴瓶のええ歌やなぁ」に出演し、「北島(三郎)先生や、憧れの都はるみさん、同じ歌い手の先輩方にすごくかわいがってもらって恵まれていた」と歌で先達へ恩返しすることへの思いをはつらつと語っていたが、帰らぬ人となった。音楽関係者によると、今月も音楽番組の収録に参加していたという。

 演歌好きの両親の影響で幼い頃から歌手志望で、中学時代は汽車で約3時間以上かけ、福岡のタレント養成所に通った。高校時代に北島音楽事務所にスカウトされ、故郷・大分から上京し、1979年に「おんなの出船」でデビュー。同曲で日本レコード大賞新人賞、日本有線大賞新人賞など各賞を総なめにするなど、17歳ながら“演歌の新星”として注目を浴びた。

 北島音楽事務所の箱入り娘として育てられ、私生活では92年に同事務所のマネジャーだった男性と結婚。仲人は事務所社長でもあった歌手・北島三郎が務めた。その後、夫を社長とする個人事務所を設立したが、03年に離婚している。

 若い頃から腎臓が悪く、09年に腎不全の治療のため約8時間におよぶ腎臓移植手術を受けた。術後の会見では、所属事務所社長の実弟から左腎臓を提供されたことを明かし「一生頭が上がらない」と涙ぐみ、「(手術前は)1日おきに人工透析していたことを考えると、人生が変わったみたい」と再びステージで歌を届けることの喜びを語っていた。

 24年には北島音楽事務所の同僚だった歌手・小金沢昇司さん(享年65)の偲ぶ会に参列した。晩年はカラオケ教室を開き、受講者に直接指導するなど精力的に音楽活動も行っていた。11月27日に「令和・歌の祭典2026~名曲歌謡史を綴る~」(東京・J:COMホール八王子)に出演予定だった。

 ◆松原 のぶえ(まつばら・のぶえ)本名・廣原伸恵。1961年7月18日、大分県生まれ。78年に高校を中退して上京し、北島音楽事務所に所属。79年「おんなの出船」でデビューし、レコード大賞新人賞を受賞。85年NHK紅白歌合戦に初出場(92年まで計7回出場)。「演歌みち」「さよなら港」などのヒット曲を飛ばした。

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