馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はツインターボが5馬身差で勝った1993年のオールカマーを取り上げる。

これぞ真骨頂。伝説と言ってもいい鮮やかな逃げ切りだった。

 

 まさに“ゴーイングマイウエー”だ。個性派コンビが逃げる、逃げる。中舘とツインターボは1コーナーまでに後続に5馬身近い差をつけると、その後も後続との差を離し続けた。「スタートのタイミングがうまくいった。きょうはレースもうまくいくという予感がした」と中館。あとは馬任せと笑った。

 向こう正面では50メートル以上離れた2番手にホワイトストーン、さらに大きく離れてハシルショウグン。中団にはライスシャワーとシスタートウショウのG1馬2頭がいた。「後ろから来る馬の足音は聞こえなかった」。

 実は前半1000㍍59秒5。

極端に速い流れではなく、ただ淡々と自分のリズムを刻んでいるだけだった。4角から軽く促しつつ、まだ10馬身以上の差があった直線に入ると手綱を押してのゴーサイン。「馬の方が“行くよ”というから『じゃあ、行こう』という感じ」。

 後続の脅威を振り払うように連打する右ステッキ。さすがに詰め寄られはしたが、全く気にならないほどのセーフティーリードだった。場内の大歓声が渦巻く中、2着に5馬身差。鮮やかな一人舞台が見事に完結した。

 本格化の時を迎えた。3歳3月のデビューから一貫して逃げにこだわり、特に後続を突き放す「大逃げ」は失速することも多かったが、多くのファンに愛され、究極の個性派としての地位を確立した。中舘との初コンビだった前走の七夕賞を勝ち、重賞2連勝でいよいよG1路線への挑戦が見えてきた。「メジロパーマーより前半のスピードは上」と前年の宝塚記念有馬記念を鮮やかに逃げ切ったグランプリホースを引き合いに出し、胸を張った中館。この秋、目の離せない異色コンビだ。

 続く天皇賞(秋)・G1では3番人気に推されたが、大逃げから17着と大敗。その後もトレードマークである大逃げを貫いたが、JRAでは白星なし。95年夏に移籍した地方初戦で1勝したのみで、96年8月のクラスターC11着を最後に現役引退した。

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