サラリーマン出身で年収1億円をもらえる会社はあるのでしょうか。実はいくつもあります。
これから就職活動が本格化する大学生にとっても、一生懸命に働いて役員にまで上り詰めるという選択肢は十分検討に値するでしょう。今回は、億円オーバーの役員を輩出している会社の有価証券報告書をもとに注目企業を集めてみました。
■電機業界の雄・三菱電機は億円オーバーが23人
三菱電機(6503)というと、エアコンの「霧ヶ峰」を思い起こす方が多いのではないでしょうか。しかし、それだけではなく、実は私たちの生活を支える様々なものを開発・製造する電機メーカーです。
小さいものではモーターを制御するインバーターに使われるパワー半導体、大きなものでは発電所のモーターなどを製造しています。宇宙衛星などの開発もしていますが、同社のコア技術は制御技術にあります。
今後、様々なシーンで自動化が進むでしょうが、工場自動化(ファクトリーオートメーション、FA)に使われるコントローラーやモーターなどでの同社の国内市場シェアの高さは特徴的です。
三菱電機は2016年3月期の有価証券報告書の中で、連結報酬等の総額が1億円以上の役員報酬を公開しています。それによると、23人が1億円以上の報酬を手にしています。
報酬構成は、基本報酬、業績連動報酬(株式報酬含む)、退任慰労金からなります。総額は最大2億4,000万円から最低1億2,500万円までの幅があります。
同社はFA業界における競争優位を確立しており、今後海外でのさらなる展開に期待がかかっています。その一方、独のインダストリー4.0構想の流れの中で、独自方式を好む同社がどのようなポジショニングを取るのかに注目です。
■世界のトヨタ自動車は外国人を含めて億円オーバーが8人
日本の株式市場では最大の時価総額を誇るトヨタ自動車(7203)。2016年3月期の有価証券報告書で開示されている内容によると、連結報酬などが総額で1億円以上の役員等が外国人1人を含めて合計8人います。最大6億9,600万円(外国人役員)から最低で1億円のレンジです。
報酬構成は、基本報酬、賞与、退職慰労金、ストックオプションからなります。基本報酬で1億円を超えているのは豊田章男氏を含めて3人です。
同社は日本を代表する大企業であり、2016年3月期は2兆円をはるかに超える営業利益を計上しているので、役員としてはもっと報酬を手にしてもよさそうな気がします。ただ、税金を支払い、株主への配当を支払った後の内部留保で将来の研究開発や設備投資に資金を回しているとすると納得感はあります。
■証券グループ大手の野村HDの億円オーバーは7人
野村ホールディングス(8604)の億円オーバーは7人です。
連結報酬等の構成は、固定(基本報酬)として基本給、株式報酬(ストックオプション)、変動報酬として現金給与、繰延報酬(ストックオプション等)からなります。株式報酬が固定の基本報酬として定義されているのは、証券会社がコア事業ということもあるのでしょうか。
■商社大手、三井物産の億円オーバーは3人
三井物産(8031)を知らない方はいないでしょう。2016年3月期は当期純損失を計上しましたが、2017年3月期は復活してきました。業績が良くなかった2016年3月期にも、会社からの支払総額1億円超えが3人いました。
ただし、基本報酬時点で1億円近いケースが2人いるのが特徴的です。報酬の構成を見ると、基本報酬、賞与、ストックオプション、退職慰労金からなり、2016年3月期の億円オーバー3人の賞与はいずれもゼロです。
2016年3月期の同社の賞与総支給額算出時の特徴は、連結当期利益(親会社の所有者に帰属)の0.1%または5億円のいずれか少ない額とされており、マネジメントチームが当期純利益を出すインセンティブが出る構造になっています。当然、ボトムラインがマイナスの場合には賞与はゼロです。
日産自動車(7201)はカルロス・ゴーン氏のイメージが強く、ゴーン氏のように多額の報酬をもらっている役員が多いという印象があるかもしれませんが、2016年3月期の有価証券報告書では連結報酬等の総額が1億円を超えるのはゴーン氏を含めて2人だけです。
ゴーン氏の総報酬は10億7,100万円。
取締役9人の金銭報酬の総額が15億3,500万円で、開示のある2人を除くと2億6,400万円となります。よって、7人の平均の金銭報酬額は約3,770万円となります。別途、株価連動型インセンティブもありますが、億円オーバーの2人を除くとグローバルな自動車メーカーの報酬額としては少なく見えるかもしれません。
■まとめ
いかがでしたか。サラリーマンの頂点でどの程度の報酬を得られるかという目安になるのではないでしょうか。サラリーマンの夢は社長になること!という目標を持っている人もいるかもしれませんが、同時に、年収1億円以上を目指すという表現も可能な時代になっていると言えるのではないでしょうか。