日本当局は、ドル円相場の天井を160円と市場に認識させる為替介入を敢行。為替介入については、「規模や回数の制約がある」「外貨準備の浪費だ」「155円の壁を越えられなかったのは失敗だ」…などとする誤解が出回っている。

正しい理解に基づき、円相場の行方の捉え方をガイドする。


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サマリー

●日本当局はGW中の円安進行を抑止する為替介入を敢行
●為替介入についての誤解を解けば、円相場の理解を強化できる
●相場力学の基本に忠実に読むドル円の行方


予告介入

 ドル円相場は、ゴールデンウイーク(GW)の日本市場の休みを控えて、160円台に上昇していました(図1)。これを日本当局が為替介入で一時155円台まで押し返しました。為替介入について、私のもとには複数の質問が寄せられています。その意図、実像を整理し、円相場のこれからを考えます。


<図1>ドル/円相場(10分ローソク足 ▼為替介入?)
ここからの円相場:為替介入のウソ・ホント
出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

 為替介入はまず4月30日に行われました。介入規模の実額は未公表ですが、銀行間市場の資金需給データからの間接的な評価で、5.4兆円ほどと推計されます。公式データでは、この介入を含む1カ月間の介入総額が5月末に公表されます。また、3カ月ごとには日々の介入額の詳細も公表されます。


 介入前には、財務省トップから「予告」コメントが出されました。片山さつき財務大臣は、この時の円安を投機的として、「ファンダメンタルズを逸脱した動きには、断固たる措置をとる」という介入実施への明言に近い決まり文句を述べ、「(GW中も)24時間体制で監視している」と語りました。


 三村敦財務官は、ドル円が160円後半に上昇した4月30日に「これは最後の避難勧告だ」と、ドル売り円買いの実弾介入が間近に行われることを、ほぼ確実視すべき発言を行いました。これは投機筋の円売りへのけん制であると同時に、日本の貿易業者や金融関係者への配慮ともいえます。


 為替介入はその後も行われた可能性があります。ドル円が157円台へ値を戻した5月1日、4日、そして6日に、相場は155円台への急反落を繰り返しています。それが、市場の勝手な動意だったのか、あるいはレートチェックなど口先介入だったか、ドル売りの実弾介入だったかは、現時点では不明です。


為替介入Q&A

 為替介入について、多数の質問が寄せられています。ちまたの為替「専門家」から発せられる論調あれこれが、私の日頃の解説と異なることから、何が正しいのかという疑問にもなったようです。代表的な質問をいくつか取り上げ、今般の介入の実像を浮かび上がらせましょう。


(1)為替介入の規模は、外貨準備中の預金の範囲に限られますか?

 この俗説は、ここ数年の為替介入の際に出回り始め、多くの「専門家」が言及しています。日本政府が、介入で売るべきドル資金を入手するために、保有する米国債を売却することを、米当局が嫌がるからという理解から来るものでしょう。


 しかし、私の投資銀行在籍時には、そのような制約を意識したことはありません。為替介入の実務者であった神田真人前財務官は、書籍のインタビューで、介入資金が預金に限定されないことを語っています。


 確かに大規模に米長期国債が売却され、長期金利が上昇する事態を米当局は嫌がるでしょう。しかし、日本が外貨準備で保有する米国債は、長期債ばかりでなく、短期債もあります。また、長期債でも保有中に償還が近づき、短期債と同等になっているものもあります。

これらの売却による金利上昇圧力は、米短期金融市場で調整されて抑制され得るものです。


(2)国際通貨基金(IMF)のルールで、為替介入は今後6カ月にもう2回しかできないのですか?

 この誤解も「専門家」が口にし、定説のように流布されることがあります。確かにIMFは、為替の自由変動相場制であるかどうかの監視の目安として「過去6カ月間に、為替介入が3回以内であること、かつそれぞれの介入が3営業日以内に収まっていること」を条件提示しています。


 日本の財務省当局も、この点を質問されれば、IMF条件を考慮した回答もします。こうして「3営業日以内介入3回まで」がルールとして認識されてきた面はあります。しかし、これはあくまで監視のためのめどと理解されるもので、ケースバイケースで介入の質、内実が問われるまでと考えられます。


(3)米当局はこれ以上の為替介入を簡単には容認しないというのは本当ですか?

 米欧など西側先進国では、為替相場は自由変動に任せて、ファンダメンタルズから明らかに逸脱した、弊害のある事態を除いて、介入などしないことを原則としています。その中で日本が突出して為替介入の回数が多くなっています。


 ドルを発行する米国、ユーロを発行する欧州など、それぞれの国・地域は自らが発行する通貨の主権を有しています。日本当局がドル円で為替介入することは、米国の通貨主権を侵す行為であり、米当局の了承を得ることが信義則といえます。


 日本は、1985年のG5プラザ合意でのドル安誘導、1990年代前半のバブル破裂を経て、長年にわたる円高デフレに悩まされ、円高抑止の介入に度々動きました。その都度、米国の了承を求めるのですが、巨額の対米貿易黒字を理由に、米側が簡単には容認しなかったことはよく知られています。


 実は、多くの国、特に新興国などは、輸出を有利にし、自国経済を活性化するために、通貨安を誘導すべくドル買い介入をする傾向があります。米国は専ら、この自国通貨安のための介入に監視の目を光らせています。しかし、日本の今般の為替介入は自国通貨を高めるための介入です。


 日本が深刻なデフレに陥った特殊事情を考慮して、米当局が円高抑止のドル売り介入を容認する場面もありました。その日本がデフレ克服のために異次元の金融緩和に踏み切り、その効果が発揮されて円安になった延長線で、コロナ禍インフレの米国が利上げを加速し、ドル高を招きました。


 その相乗作用で超円安が進んでいること、それを是正すべきことを、ベッセント米財務長官は認識しています。ただし同長官が日本側に求める正攻法は、為替介入よりも、日本銀行の利上げと考えられます。


(4)5兆円以上を費やして、155円にも届かない介入は失敗、という指摘は正しいですか。

 為替介入を実行するには、政策当局としての意図があり、目標があるでしょう。もし155円以下を目指すなら、155円台で追加介入もできたはずです。


 GWに日本が休場となり、円相場が薄商いになる中で、中東原油の価格上昇と米金利上昇が重なれば、投機の仕掛けで一段の円安が進み、160円台定着のリスクがありました。インフレリスクの抑制と、原油など資源高に対応する円の購買力確保のため、日本当局は市場に160円を相場の天井として意識させる介入を敢行した、それが私の受け止め方です。


 通説として、為替介入に相場トレンドを方向転換させる力はありません。主な効果は、投機筋の円売りポジションにカウンターを打ち込み、ダメージを与え、一時的に円売り意欲をそぐまでです。


 日本の財務省も当然認識しています。為替介入が相場トレンドの転換を促す効果があるとすれば、金融政策などファンダメンタルズがすでに円高方向になっているにもかかわらず、円売りを仕掛ける投機筋に「気づき」を与えられるケースでしょう。しかしGW前には、原油高と米金利高になっており、為替介入による円高誘導も限界があると判断されたはずです。


 私の見るところでは、5兆円超の介入でドル円を160円から引き離し、もし中東の停戦で原油価格低下、米金利低下となれば、「時間稼ぎに成功した」という程度のこと、です。


(5)為替介入は、国民の財産である外貨準備の浪費ですか。

 外貨準備を国民の貴重な財産であるとか、為替介入を税金の無駄遣いとする誤解も、見かけます。為替介入の捉え方はプラスとマイナス両面が表裏一体です。


 外貨準備のそもそもの目的は、日本が貿易などの国際取引で外貨資金繰りに窮した場合の備えです。また、為替介入の原資という目的もあります。しかし近年、先進国間では、相互に外貨資金を融通するシステムもあり、日本のような巨額の外貨準備を保有する国はありません。


 日本の外貨準備は、税金ではなく、短期国債の発行によって賄われています。保有するドルを売却する介入は、短期国債という債務の減額を伴います。また、ほとんどの期間で、保有するドルの金利が相対的に高く、ネット運用収益は巨額に上り、政府予算にも組み入れられています。


 そして、かつて大規模に行って積み上げたドル準備の平均コストは102円ほどと試算され、その売却は巨額の為替差益を実現させます。


 私は、「これほど巨額の外貨準備による政府権限、既得権益は必要ない」という考えであり、「為替介入を国民の貴重な財産の浪費」とする認識はありません。また税金の無駄遣いという考え方は完全な誤解です。


これからの円相場

 円相場はこれからをどう考えたらよいでしょうか。今回、日本当局は、原油高による日本の貿易赤字拡大、インフレ進行による米金利高が円安を進めることを抑止する介入を行いました。ここにドル/円を動かす2大要因があります。


 中短期で円相場を動かす主要因は、第1に内外金融政策の格差です。第2は、原油輸入などで動く貿易など国際収支の需給です。つまり、米金融政策でどの程度の利下げが進むのか、米利下げを可能にする前提として、中東停戦後の原油価格の低下がどう進むかです。


 私のざっくりした見方では、米利下げ1回なら155~160円、2回なら150円台前半、3回なら150円割れもあり得る、といった具合です。利下げ回数の背景には、米経済の強弱感がセットです。


 個人投資家からは、相場がいつ、いくらになるという「解答」を求められがちです。しかし、私が繰り返し強調するのは、予言のような「ズバリ予想」の技術は、不確実性が基本の相場の世界には存在しないということです。そこに回答を求めるのは、不安な時に占い師にアドバイスを求める心情と似たものといえます。


 投資の実践では、ありもしない解答を信じるのではなく、相場を動かす力学ロジックをきちんと理解し、その主動因の変化に柔軟に対応することが得策といえます。*本稿は個別銘柄を推奨するものではありません、投資はご自身の判断と責任において行ってください。


 

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(田中泰輔)

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