日本企業の問題点とは何か。医師の和田秀樹さんは「前頭葉の萎縮が始まる40代以上が管理職の多数派を占めているのは問題だ。
前頭葉が老化すると意欲が低下し、環境の変化に適応しにくくなるので、『前例踏襲』路線を選んでしまう傾向が強くなる」という――。
※本稿は、和田秀樹『老人は「キレる」くらいでちょうどいい』(集英社インターナショナル)の一部を再編集したものです。
■「失われた30年」の本当の理由
感情のコントロールとは別の角度から見ても、日本人の前頭葉はうまく機能していないように感じられます。私には、日本社会そのものが「感情バカ」ならぬ「前頭葉バカ」になっているように思えてなりません。
前頭葉は感情のコントロール機能のほかにも、意欲、思考力、集中力、創造性など多くの役割を担っています。これまでは、それらの機能不全を高齢者の問題として語ってきました。
でも、いま挙げたような能力が衰えているのは、高齢者だけでしょうか? いまや日本の社会全体が、新しいことに取り組む「意欲」を失っているように思えます。「思考力」や「創造性」も、十分にあるようには見えません。
戦後の高度経済成長期の日本社会には、「欧米に追いつき追い越せ」という旺盛な意欲がみなぎっていました。敗戦で失った国力を取り戻したいという気持ちが強く、国も企業も個人もやる気にあふれていたのです。
トヨタホンダなどの自動車メーカーは、欧米企業に学びながらも、いつかは品質や燃費などでそれを凌駕することを目指して努力しました。政府も、欧米に負けない科学技術水準の構築を目指して、大学や研究機関への支援をしました。

個々のサラリーマンたちも、出世を目指して意欲的に働きまくっていたのがあの時代です。いまの常識に照らせば「不適切にもほどがある」ぐらい労働時間が長く、休日出勤も多かったわけですが、それを厭わないぐらい意欲があったのはたしかでしょう。
■日本は「前頭葉バカ社会」である
経済成長のためには、思考力も鍛えられていました。有名なトヨタの「カイゼン」に象徴されるように、より生産性を上げるための現場レベルでの提案が奨励され、みんなが「自分の頭で考えて少しでもよくする」という文化が企業内に定着していたのです。
また、ソニーのウォークマンやホンダのスーパーカブなど、日本企業の創造性は世界を驚かせました。かぎられた資源や技術を使って「どこにもない新しいもの」を生み出せたのは、日本人に柔軟な発想力があったからでしょう。
こうして振り返ってみると、高度経済成長期の日本は意欲、思考力、創造性といった前頭葉の機能がフル回転していたように思えます。しかし、それもバブル経済の崩壊とともに止まってしまったのではないでしょうか。
バブル崩壊後の日本経済は長い不況が続き、いまだにそれから抜け出せていません。そうなった原因はいろいろあるでしょう。しかし、この「失われた30年」をもたらした最大の要因は、日本人の「前頭葉の衰え」にあると私は思います。意欲も思考力も創造性も、それどころか社会を構成するのに不可欠な共感性をも感じられない現在の日本は、いわば「前頭葉機能不全社会」、もっと卑俗な言葉でいうなら「前頭葉バカ社会」なのです。

■高度成長期の職場は20代だらけだった
高度経済成長期と呼ばれているのは、おおむね1955年から1973年まで。それ以降、高齢化が進んでいることを考えれば、日本社会そのものの前頭葉が衰えたように見えるのも当然かもしれません。
高度経済成長期の後半にあたる1970年の日本人の中位数年齢は29歳でした。つまり、30歳でも「後輩」のほうが多いぐらい全体的に若かったのです。その中位数年齢が2026年には50歳まで上がります。いまや40代でも、相対的に「若手」のポジションになったということです。
でも、社会の中で「若手」に位置づけられるからといって、心身が昔の40代より若いわけではありません。生物学的な衰えが始まるタイミングは、昔もいまも同じです。
そして前頭葉の萎縮が始まるのは、早ければ40代。中位数年齢が20代だった高度経済成長期は、まだ前頭葉が縮んでいない人たちが社会の多数派でした。しかし中位数年齢が50歳となった現在は、それが完全に逆転しています。前頭葉が衰え始めた人たちが、日本では圧倒的な多数派になっているのです。

そのような構造の社会が、「前頭葉の働きが鈍った集団」になるのも無理はないでしょう。高度経済成長期と比べて、意欲、思考力、創造性、共感性などが低下したのは、ある意味で必然です。
■現在は「脳の老化」世代が管理職に
高齢化に伴って、企業をはじめとする組織の意思決定を左右する管理職の年齢も上がってきました。高度経済成長期は30代で課長、40代で部長、50代で役員……というのが一般的でしたが、いまは課長クラスでも平均年齢が50歳近くになっています。
かつては55歳だった定年が60~65歳に延び、また再雇用制度が導入されたことも、その要因でしょう。結果、「上」が詰まってポストがなかなか空かず、能力はあっても若いうちに昇進することができなくなりました。年功序列から成果主義への転換も簡単には進みません。制度的には若手の抜擢が可能になっても、実際には中高年の管理職比率が相変わらず高く、年功序列が温存されています。
つまり現在の日本企業は、「前頭葉の老化が始まった人」が管理職を務める割合が、高度経済成長期よりも高くなったのです。昔は部長が45歳ぐらいでしたが、いまは課長が50歳、部長が55歳ぐらいという会社もめずらしくありません。
その年代の人たちは、たとえ下の若い世代から斬新な提案があったとしても、そう簡単には受け入れようとしません。前頭葉が老化して意欲が低下し、環境の変化に適応しにくくなった人にとっていちばんありがたいのは、「従来どおりに物事が進むこと」だからです。

そのため、会社の業績が上がらず、何か新しい取り組みを始めなければいけない状態であっても、「前例踏襲」路線を選んでしまう傾向が強くなります。多くの組織がそんなことになっているから、日本経済は停滞から抜け出せないのです。
パナソニックが逃した「大チャンス」
日本人の前頭葉が老化したことを私が強く感じたのは、アメリカでイーロン・マスクのEV(電気自動車)「テスラ」が登場したときでした。なぜこれを日本企業がやらないのか、と思いました。日本企業といっても、私が期待したのは自動車メーカーではありません。電機メーカーです。
とくにパナソニックなどは、家電製品のモーターをつくる技術に関しては世界最先端の企業といえるでしょう。しかもパナソニックが「お荷物」になるとしか思えない三洋電機を買収した理由は、その畜電池の技術が欲しかったからでした。
ならば、電気自動車事業に進出してもおかしくはありません。もともと自動車メーカーでも電池メーカーでもなかったテスラは、バッテリーの設計に苦労して、試行錯誤を繰り返していました。リチウムイオン電池の世界的先駆者であるパナソニックの技術をもってすれば、より早く、よりスマートな電気自動車を開発できたのではないでしょうか。
しかしパナソニックは、テスラと提携してネバダ州に建設したギガファクトリーの共同運営に参加したものの、自ら自動車メーカーになろうとはしませんでした。
いわば「テスラを支えるだけで、テスラになろうとはしなかった」わけです。
これは、まさに「前頭葉の機能不全」といえるでしょう。自ら「家電の会社」というレッテルを貼りつけ、それを剥がすことができない。だから世界に誇る技術がありながら「電池は必要とする相手に供給すればよい」「EVは自動車メーカーの仕事」としか考えられなかったのです。
■日本企業が技術を活かせなかったワケ
有り体にいえば、頭が固い。この頭の固さこそが、「前頭葉が働いていない」ということにほかなりません。そこには意欲も思考力も創造性も見られないのです。
この30年間、日本ではこれと同じようなことが、さまざまな企業や業界で起きています。たとえば日本にはNEC富士通、シャープ、パナソニックなど世界最先端のモバイル端末技術を持つ企業がありましたが、「売れない」「操作がしにくい」とスマートフォン化を見送り、アップルの後塵を拝しました。
そのスマートフォンとの融合に踏み込めなかったのがカメラ業界です。キヤノン、ニコン、オリンパスなどは世界最高のレンズ技術を持っているにもかかわらず、「スマホのカメラはおもちゃみたいなもの」としか認識できず、カメラの通信端末化に乗り遅れました。かれらが重視していたコンパクトカメラ市場は壊滅的な状態になり、スマートフォン企業に敗北することになったのです。

また、NTTは90年代にインターネットの世界標準に乗り遅れました。ISDNの推進に固執して、ADSLや光回線の導入が遅れたのです。社内には世界最先端の技術者がいたにもかかわらず、それを活かすことができませんでした。
このような例は、枚挙にいとまがありません。日本企業は「前頭葉バカ」が多数派を占めたことで、思い切った方向転換や新規事業への進出といったチャレンジができなくなってしまいました。経済の低迷で「失われた30年」になってしまったのも当然です。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、アメリカ・カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。立命館大学生命科学部特任教授、一橋大学経済学部非常勤講師(医療経済学)。川崎幸病院精神科顧問。高齢者専門の精神科医として、40年にわたり高齢者医療の現場に携わっている。2022年総合ベストセラーに輝いた『80歳の壁』(幻冬舎新書)をはじめ、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『老後は要領』(幻冬舎)、『不安に負けない気持ちの整理術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『どうせ死ぬんだから 好きなことだけやって寿命を使いきる』(SBクリエイティブ)、『60歳を過ぎたらやめるが勝ち 年をとるほどに幸せになる「しなくていい」暮らし』(主婦と生活社)など著書多数。

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(精神科医 和田 秀樹)
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