陸上自衛隊は、核兵器や化学兵器だけでなく生物兵器(生物剤)にも対処できるよう、人員と装備を準備しています。病原体を特定するだけでなく、患者を隔離収容し治療まで行える装備とは、いったいどのようなものなのでしょう。

万一のバイオハザード、 バイオテロへの備えとして

 自衛隊は自己完結型の組織と呼ばれます。それは医療設備についても同様で、陸上自衛隊にはユニット式の可搬型病院システムといえる「野外手術システム」や、自走できる車載式CTスキャン装置「CT診断車」などがあります。

 これらは各地の衛生隊や複数の自衛隊病院に配備されていますが、全国で唯一、東京都世田谷区にしかない衛生科装備があります。その名は「生物剤対処用衛生ユニット」、通称「B-ユニット」です。

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生物剤対処用衛生ユニットを構成するひとつである衛生検査ユニット(柘植優介撮影)。

「B-ユニット」の「B」は「バイオロジカル」、すなわち「生物剤」のことを意味し、たとえば人間が感染すると死に至るおそれのあるウイルスや細菌、毒素のことを指します。

核兵器に比べて高度な技術や多くの製造費用をかけずに、比較的容易に製造することができるため、都市型テロなどでは警戒すべき兵器として、各国で対策が進められています。

 生物剤への対策は、陸上自衛隊でも行われていますが、そのなかで唯一の専門部隊として2008(平成20)年3月に新編されたのが、「対特殊武器衛生隊(対特衛)」です。この部隊は、1990年代のオウム真理教による生物剤の製造や、2001(平成13)年のアメリカ炭疽菌テロを教訓に生まれた部隊で、世田谷区にある三宿駐屯地に所在し、医官(医師である自衛官)や看護官(看護師である自衛官)、臨床検査技師資格を持つ自衛官で編成されてます。

 対特殊武器衛生隊は、生物剤の特定から、患者の隔離収容、治療まで一手に行えるのが特徴で、そのための装備が「B-ユニット」です。

可搬式の隔離病棟といえる装備

 B-ユニットは「陰圧病室ユニット」と「衛生検査ユニット」からなり、前者は陰圧、すなわち外部よりも内部の気圧が低い構造の複数のエアドームと各種医療機材などで構成された可搬式のいわば病室で、後者はトラックの荷台にコンテナ式検知機材を搭載した自走可能な検査室です。

感染症対策のエキスパート 陸自の対特殊武器衛生隊のみ装備の「B-ユニット」とは?

生物剤対処用衛生ユニットを構成するひとつである陰圧病室ユニット(柘植優介撮影)。

 万一、国内で生物剤が使用された場合、対特殊武器衛生隊は、感染患者や汚染エリアの環境(水や土など)から採取した検体を衛生検査ユニットにかけ、病原体を突き止めます。

 一方、感染患者は、未感染者への2次感染を防ぐ意味合いからも、迅速に陰圧病室ユニットのなかに収容します。このユニットは「受入分類部」「病室部」「診療部」「検査部」「シャワー部」の5つで構成され、内部の気圧を調整することで、それ以上の感染拡大を防ぐ構造になっています。

 病室部には感染患者を隔離できるよう、トイレやシャワーもあり、汚染された排水が外に出ないよう、電気燃焼式処理装置などを完備しています。また各部には空気清浄機や遮断区画が設けられており、対応にあたる自衛隊員が2次感染しないようにする措置も設けられています。

 このほかにも、感染患者を運ぶ際に2次感染を防ぎつつ安全に移送できる、カプセル型の密閉式ストレッチャー「アイソレーター」も装備しています。

これを用いれば、完治していない感染患者を別地域の医療機関に移すことも可能です。

生物剤対処能力は感染症対策にも有効

 対特殊武器衛生隊は現在、B-ユニットを2セット運用しています。この部隊は、陸上自衛隊の最上級司令部である陸上総隊の直轄部隊として、方面隊や師団など特定の地域部隊に属さずに、全国展開を想定した運用が行われています。

感染症対策のエキスパート 陸自の対特殊武器衛生隊のみ装備の「B-ユニット」とは?

衛生検査ユニットは、コンテナ搭載トラック2台からなり、双方を繋ぐことが可能である(柘植優介撮影)。

 2009(平成21)年4月、新型インフルエンザが世界的に流行した際には、羽田空港や成田空港の検疫支援に医官を派遣したほか、2011(平成23)年3月の福島第1原発事故では、自衛隊員の被ばく量管理などで現地に派遣されています。

 また発足以来、日本国内で開催されたサミットを始めとする各種国際会議では、万一テロが起きても迅速に対応にあたれるよう、会場近くで待機についていました。

 B-ユニットは可搬式のため、空き地やグラウンドなど、ある程度の広さがある場所であれば設置展開が可能です。ヘリコプターや輸送機で各地の空港や飛行場に運ばれ、駐車場などに展開することもできますが、対特殊武器衛生隊が実働任務につくときは、パンデミックやテロが起きたときのため、活動せずに終わるのがいちばんなのは、いうまでもありません。