北海道から九州まで、約2万kmあるJR線、これを列車に乗りすべて巡るという、鉄道ファンのあいだで「完乗」と称される趣味行為があります。資金はもちろん相応の時間を要するもので、やはり完乗に至るまではいろいろあったそうです。

30歳ころまでにJR完乗できれば 蜂谷あす美さんの思い

 鉄道趣味界に、「完乗」という言葉があります。ざっくり説明するなら、全国の鉄道路線に端から端まで全部乗ったことを意味します。JRだけ完乗した場合は「JR完乗」、私鉄も含めて全部乗った場合は「全線完乗」などと使い分けることもあります。

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ガーラ湯沢行きの列車に乗る直前の筆者(2015年1月)。

 もっとも、明確な定義が存在するわけではないので、「日の高いうちに乗らないとカウントしない」「上りと下りの両方に乗ってこそ」「在来線区間は普通列車のみ」などと厳しい掟を己に課す人もいます。加えて、私鉄も含めた「全線完乗」は、「どこまでを鉄道に含めるのか」が人によって異なってきます。

 筆者(蜂谷あす美:旅の文筆家)は2015年1月に「JR完乗」を達成しましたが、もともとは「完乗したい」とはさして、いやまったく思っておらず、「まあ30歳くらいでひとまずJRは全部乗っておけたらいいなぁ」とぬるい考えでいました。線路は別に旅人のためにあるわけでなければ、攻略する対象でもなく、そこで生活する人のために存在するものだと思っていたから、というのが理由のひとつです。

「未乗区間」に取りつかれ 帰省路も遠回り

 しかし、清らかな心とは裏腹の行動をとっている自分がいたことは、認めざるを得ません。

 目の前に、「乗ったことのある路線」と「乗ったことのない路線」があったとき、迷わず後者に飛びつく自分、居住地の川崎から実家のある福井までの帰省路をわざわざ遠回りにして、「乗ったことない路線」を組み込んでいる自分……未乗区間、すなわち乗ったことのない路線にとらわれて、知らず知らずのうちに「攻略」していたのです。

 そのことに気づいた私は、「ならばもういっそ、JRは完乗しておいたほうが、未乗区間のことを考えず、自由に旅ができるのでは」と考えを改めます。確か2013(平成25)年ごろのことでした。

私はこうしてJR完乗しました 盲点な路線 会社に遅刻…全行程2万kmをどう楽しんだ?

JR西日本 和田岬駅にて。ここでJR完乗を果たすはずだった(2014年12月)。

 こういった経緯で完乗を目指すようになったため、一番ゆるい「特急でも夜行列車でもなんでもいいから、とりあえずその線路を通る」をマイ完乗ルールとしました。

 私は国鉄民営化後の生まれなので、全国のJR路線を眺めるとき、JR東日本JR東海、JR西日本のように、会社ごとに分けて見る癖があります(趣味の大先輩方からは「JR育ちらしい見方だ」といわれたことがあります)。その分類でいうと、JR東海は2011(平成23)年時点で完乗、またJR四国は2012(平成24)年8月に、誕生月限定で使える乗り放題きっぷ「バースデイきっぷ」を駆使して完乗していました。

「夕張駅にいるので遅刻します」 JR北海道を完乗したときのこと

 残る4社のうち、最初に完乗したのはJR九州です。行程の最後は、鹿児島中央駅から博多駅まで九州新幹線に乗って終わるという、まるで最初から計算しつくされたかのような美しい行程でしたが、仕込みはまったくありません。2014(平成26)年3月のことでした。

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JR石勝線 夕張支線の夕張駅舎(2014年10月、蜂谷あす美撮影)。

 それから半年後の2014年10月、いまなきJR石勝線夕張支線の夕張駅(北海道夕張市)でJR北海道を完乗。この日は新千歳空港に向かい、羽田行きの飛行機に乗るつもりでしたが、天候の影響を受け欠航するという憂き目にあいました。完乗を「また今度の機会に」としていたら、早い便に振り替えて帰宅できたのですが。

 余談ですが、この翌日は平日で、会社員だった私は朝から通常どおり出勤する予定でいました。「こんな理由で飛行機に乗ることができなかったので、明日遅刻します」と上司に連絡したところ、呆れられたのを覚えています。そこまでとがめられなかったのは、「私は鉄ちゃん」と周囲にアピールし続けた賜物でしょう。

 そしてJR東日本の完乗を果たせた、と思い込んでいたのは同年の12月1日、一ノ関駅(岩手県一関市)でした。「思い込んでいた」というのは後日、「残りはJR西日本だけだ」と思いながら路線図をまじまじと眺めていて、失念していた路線に気づいたからです。

晴れて完乗と思いきや… スキーシーズンだけ通れる路線

 一ノ関駅に降り立った4週間後、年末の12月29日、遠回りの帰省路で立ち寄った和田岬線の和田岬駅(神戸市兵庫区)にてJR西日本完乗を達成しました。私の完乗予定では、ここで「JR全線完乗」を果たし、実家で大いに自慢するはずでした。

 失意のままに2015年を迎えた私は1月10日、普通列車を乗り継いで越後湯沢駅(新潟県湯沢町)に向かい、越後湯沢~ガーラ湯沢間のひと駅区間に乗車。これにてめでたくJR完乗を果たしました。同区間はスキーシーズンである冬期しか営業をしていないため、うっかり見落としていたのです。

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冬季のみ営業するガーラ湯沢駅(2015年1月、蜂谷あす美撮影)。

 ガーラ湯沢駅(新潟県湯沢町)でひとまず完乗を果たしたことによって、以降の私は未乗区間を気にせずどこでも出かけられる人間になったので、やってよかったと思っています。

なお、新規区間の開業などは「更新作業」として乗りに出かけています。

 さて、話は冒頭に戻ります。「JR完乗しました」と趣味の集まりで報告したところ、先輩方から「ようやくここまで来たか。次は私鉄だな」といわれました。しかし、これに手を出し始めるとまた未乗区間に取りつかれることになるので、こちらはいまのところ目を背けて生きています。

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