日本の地下鉄事業者は、市営地下鉄などその多くが公営です。なぜ、民間企業が参入しないのでしょうか。
日本の鉄道事業は、そのほとんどが民営企業によって経営されています。新幹線をはじめとする幹線輸送を担うJRも、すでにJR東日本、JR東海、JR西日本、JR九州が完全民営化を達成していますし、大手私鉄は大都市圏での通勤輸送を担っています。また、大きな地方都市では中小私鉄が存在感を発揮しています。ところが、そのなかで例外的に、地下鉄には公営事業者が多く存在しているのはなぜでしょうか。
札幌市営地下鉄の5000形電車(2007年2月、恵 知仁撮影)。
2020年5月現在、日本には札幌市営地下鉄、仙台市地下鉄、東京都営地下鉄、横浜市営地下鉄、名古屋市営地下鉄、京都市営地下鉄、神戸市営地下鉄、福岡市地下鉄の、8つの公営地下鉄事業者が存在しています。
1927(昭和2)年に上野~浅草間で開業した日本初の地下鉄は、民営企業(私鉄)である東京地下鉄道(東京メトロの前身のひとつ)によって建設されたため、日本初の公営地下鉄は1933(昭和8)年に開業した大阪市営地下鉄(大阪メトロの前身)でした。
当初、民営企業の手によって地下鉄建設が進められた東京でも、1941(昭和16)年に政府と東京市(当時)、大手私鉄が出資して特殊法人 帝都高速度交通営団(営団地下鉄)が誕生。事実上の公営地下鉄として再スタートを切ることになりました。
戦後になり、1957(昭和32)年に名古屋市営地下鉄1号線(現・東山線)が開業すると、1960(昭和35)年に東京都営地下鉄1号線(現・浅草線)が開業し、三大都市すべてに公営地下鉄が誕生します。
公営と民営 事業展開の仕方の違い政府や都、市は、なぜ民間企業へ任せずに、自ら地下鉄建設を進めたのでしょう。
当時の鉄道ビジネスは、郊外に鉄道を建設してから沿線を開発し、土地の売却益なども含めて利益を上げるというものでした。しかし地下鉄建設は建物が密集した都市部で地下を掘り下げ、鉄筋コンクリートのトンネルを構築するという大規模な工事が必要になる反面、自社で沿線開発は容易ではありません。
つまり地下鉄事業とは、費用ばかりがかさみ、得られる利益は限られている、割に合わない商売なのです。東京メトロや大阪メトロが民営化し、利益を上げているのは、初期に建設した路線の費用を払い終わり、利益だけが得られているからです。

神戸市営地下鉄の2000形電車(草町義和撮影)。
鉄道事業は多額の初期投資を必要とします。民営鉄道は株主からの出資や、金融機関からの借り入れによって調達した資金で鉄道を建設し、鉄道が生み出した利益で利息分を含めた借金を返済し、株主に配当を出していきます。建設費に対して利益が少なすぎたり、利息が高すぎたりすると事業が成り立ちません。
ところが国や自治体が運営する公営鉄道は、公的な信用力を背景に多額の資金を借り入れたり、自ら債権を発行して資金調達したりできるため、民営では成り立たない路線でも整備が可能になるのです。
その結果、短期的な利益に左右されず、長期的な計画に基づいた地下鉄整備が可能になります。
公営だからできること 市民のチェックも不可欠1900年代から1960年代まで、都市の代表的な交通機関といえば路面電車でした。
そこで必要とされたのが地下鉄ですが、儲かる路線だけ地下鉄建設をしていては都市の均衡ある発展は不可能です。地下鉄整備は、一企業の利益のためではなく、公の利益のため、都市の発展のために不可欠な交通機関という観点から、都や市が費用を負担し、地下鉄建設を進めるという考え方が主流になっていきました。

福岡市地下鉄の2000系電車(草町義和撮影)。
また、都や市が地下鉄建設を行うということは、地下鉄を導入する空間である道路の整備や、ビジネスセンターや住宅地の開発など、都市開発と直接連動した地下鉄整備が可能になるという大きなメリットもあります。
一方、公営鉄道にはデメリットもあります。民営企業は増収努力とコスト削減が企業存亡に直結するため、細かい単価や金利まで気を配らなければなりません。しかし、短期的な利益追求を目的としない公営鉄道はそのようなインセンティブに乏しく、建設費や経費が私鉄よりも割高になったり、サービス向上の取り組みが遅れたりしがちです。また利益を重視しないという姿勢が、収益性を無視した計画の推進につながることもあります。
最悪の場合、甘い見通しのもと、到底資金を回収できない路線を建設し、市民にツケだけを残すことにもなりかねません。そうならないようにするためには市民がチェックをして、適正な支出、適正なサービスを行っているかをしっかりと監視していかなければなりません。