準決勝は鬼門──日の丸を背負う野球の日本代表にプロの選手が出場するようになってから、長らく言われてきた"聞きたくない"フレーズだ。

 過去、プロが参加した五輪、WBC、プレミア12は全部で10回。

2000年のシドニー五輪が4位、2004年のアテネ五輪は銅メダル、2006年のWBCが優勝、2008年の北京五輪は4位、2009年WBCは優勝、2013年のWBCではベスト4、2015年のプレミア12は3位、2017年のWBCはベスト4──ここまで、準決勝は2勝6敗だ。

 しかし2019年のプレミア12、2021年の東京五輪ではいずれも準決勝を突破して、ともに優勝。稲葉篤紀監督は『鬼門の準決勝』というフレーズを覆してきた。そしてもうひとつ、過去を紐解くと、準決勝で勝ちさえすれば、プロが参加した日本代表は決勝で負けたことがないのだ。

侍ジャパンの準決勝メキシコ戦で佐々木朗希→山本由伸のリレーは...の画像はこちら >>

WBC1次ラウンドのチェコ戦で登板した佐々木朗希

【アメリカをやっつけたい】

 栗山英樹監督が挑む第5回WBC、準決勝。

 WBCに限れば第1回と第2回は突破して優勝、第3回と第4回は準決勝で苦杯を舐めている。毎回、大会のレギュレーションが変わり、今回は準々決勝からが負けたら終わりのトーナメントとなっていて、しかも地元の東京ドームでそういう緊張感を味わったあとの準決勝だというところが今までとは大きく違う。

 2013年も2017年も、東京ドームでは負けても次へ進むことが可能で、負けたら終わりの戦いは準決勝からだった。山本浩二監督が率いた2013年は準決勝で東京からサンフランシスコへ舞台を移してプエルトリコに敗れ、小久保裕紀監督だった2017年も準決勝から戦いの場が東京からロサンゼルスへ移って、アメリカに敗れた。

 今回の準々決勝の雰囲気からも想像はつくと思うが、山本監督にも小久保監督にも「東京で負けるわけにはいかない」「何が何でもアメリカへ」「最低限、準決勝までは」という思いはあったはずだ。

 それを油断と括るつもりはないが、アメリカへ行って戦えるとなったところでいきなり"負けたら終わり"の戦いを初めて強いられるのは、かなりキツかったと思う。慣れないメジャーの球場で、メジャーリーガーがズラリと揃う強豪が待ち受ける......それが難しい戦いになるのは無理からぬことだった。だからこそ、今回もまた準決勝は容易ではない。

栗山監督はそのあたりをイメージして昨年末、こう話していた。

「準決勝からの逆算をするつもりはありませんが、準々決勝、準決勝は絶対に勝ち抜かなければ決勝に行けないというふうには思っています。(大事にするのは準々決勝と準決勝の両方ということか?)いや、だからそういうふうには言いたくない(笑)。ただ事実として、そこを抜けなければ決勝には行けないということはあります。

 最後まで行けば、必ず何かが起こせると思っていますから......僕はアメリカをやっつけたいんです。憧れて戦うわけじゃない。

あのすごいメンバーに勝ってやると思っていて、それが日本の野球にとって大きな意味を持つと思っています。そのためには準々決勝を抜けなければアメリカと戦えないし、準決勝を勝てなければアメリカにも勝てていないことになります」

 この時点では、どういう勝ち上がり方をしても準決勝の相手はアメリカになるという話だった。ところが、準決勝の相手はアメリカではないということが準々決勝を前に突然、発表された。その明確な理由は明かされなかったが、いずれにしても日本の準決勝の相手はアメリカとベネズエラの勝者ではなく、プエルトリコとメキシコの勝者──結局、準決勝の相手はメキシコになった。「アメリカをやっつけたい」と話していた栗山監督のなかで、この組み合わせの変更がピッチャーの起用法に何らかの影響をもたらしたとしても不思議ではない。

【山本由伸と佐々木朗希のメンタリティ】

 準決勝で戦うはずだったアメリカとは、少なくとも決勝まで当たらない。

ならば準決勝はなにがなんでも勝つというだけでなく、どう勝つかも求められる。指揮官は準々決勝で大谷翔平ダルビッシュ有を注ぎ込んだように、準決勝でも佐々木朗希と山本由伸を突っ込むのだろうか。あるいは山本にはアメリカかベネズエラが待ち受ける決勝に備えさせるのだろうか。栗山監督はこうも言っていた。

「僕はこのWBCにはいくつかのテーマがあると思っていて、そのなかにはメジャーを圧倒できる次代の日本のスターを作るということもあります。同時に、歴史というものは勝者の歴史なので、勝たなければやったことが伝わらない可能性もあります。

もちろん由伸や(佐々木)朗希の状態がよければそこ(準決勝、決勝)で行くべきだけど、2人を上回るピッチャーがいれば躊躇すべきでないという考え方もある。野球は勝ちにいかなきゃいけないわけで、日本野球の未来のための舞台ではあるけど、ひとりの選手の未来のための舞台ではない。

 準々決勝は3月16日の東京ドーム、準決勝はアメリカに移動して20日(現地時間)......少し間が開くのでいろんな幅が生まれます。決勝まで行けば投げられるピッチャーを1イニングずつ行ってもらうことだってあるかもしれない。先を計算してその前で負けてしまっては何もなりませんから......チームは生きものだし、だからこそこの選手が今は元気なのか、弱っているのかを間違わずに見極めることが監督としての勝負だと思っています」

 栗山監督の「決勝まで行けば投げられるピッチャーを1イニングずつ」という言葉は、準決勝の相手がアメリカだという想定のもとで語られている。決勝がアメリカとなれば山本を温存したくもなるが、やはり負けたら終わりの準決勝、状態のいい山本を出し惜しみして負けたら悔いが残るはずだ。

 実際、2日前の練習の際、ブルペンで佐々木の球を受けていたのは中村悠平、山本の球を受けていたのは大城卓三だった。決勝が山本なら甲斐拓也が受けていたはずで、山本が準決勝でブルペンスタンバイする可能性は高そうだ。となれば、負けたら終わりの一戦を託すのは佐々木と山本のふたりになる可能性は高い。

 しかしながら、このふたりには悲壮感の欠片も感じられない。ふと思い浮かんだのは、ふたつのシーンだった。

 ひとつは、山本が先発した東京五輪の準決勝。立ち上がりにワンアウト二、三塁のピンチを背負った時、山本は微かな笑みすら浮かべていた。ピンチでも飄々としていた山本は、結局、94球を投げて6回途中まで韓国を1点に抑え、鬼門突破を叶えてみせた。

 そしてもうひとつ、昨春、佐々木が完全試合を達成したオリックス戦。7回、先頭打者にボールが先行し、スリーボールになったとき、彼は「ストライクを取ることには苦労しないから、気にならなかった」と言ってのけた。

 山本にしても佐々木にしても、彼らのメンタリティはプレッシャーへの向き合い方が一昔前の世代とは明らかに違うことを感じさせる。思えば準々決勝での大谷翔平はなりふり構わず、ひたすら勝つことを目指して激しく、楽しそうに躍動していた。山本もまた「野球がうまくなることにワクワクする」と言い、佐々木も「目指すものに対しては完璧を求めたい感覚は常にある」と言っていた。

 だからこそ鬼門となってきた準決勝というハードルを、この2人ならサラッと飛び越えるような気がしてならない。世界一になるために、もはや悲壮感は必要ない。それをこのチームではダルビッシュ有や大谷、ラーズ・ヌートバーが実践して見せてくれているのだから──。