3月18日に始まった春のセンバツは大会第3日(20日)の第3試合に優勝候補筆頭の大阪桐蔭が登場。過去2度、甲子園の準決勝で戦った「因縁の相手」敦賀気比(福井)と対戦し、3対1で勝利。

主将でエースの前田悠伍が14奪三振で1失点完投し、「2度目の大会連覇」に向けて、まずは順調なスタートを切った。

【センバツ雑学】兄弟での甲子園優勝はどれだけいるのか。今大会...の画像はこちら >>

兄・昂也以来の甲子園優勝を狙う東邦の石川瑛貴

【過去には桑田真澄兄弟も】

 この試合で3回裏に2点目をたたき出す左前タイムリーを放った大阪桐蔭の徳丸快晴は新2年生ながらシュアな打撃で3番を任される好打者。2021年夏の甲子園で智弁和歌山の4番として優勝した兄・天晴外野手(現・NTT西日本)に続き、兄弟での甲子園優勝なるかが注目される。

 今大会同じく、兄弟での甲子園優勝を狙うのが東邦(愛知)の4番を打つ石川瑛貴(てるき)。兄の昂弥(たかや/現・中日)は、2019年春に東邦の主将でエース&4番打者として大車輪の活躍を見せて優勝を飾った。弟の瑛貴も同じ4番打者として打線を引っ張り、チームは大会第2日(19日)に鳥取城北を破って初戦を突破する好発進。

大会史上最多6度目の優勝には石川のバットでの貢献が欠かせない。

 この2選手が目指す「兄弟での甲子園優勝」は過去にも例があり、戦前の中等野球時代も含めていくつか確認できる。

 中京商(現・中京大中京)の野口兄弟は3人で経験。長男・明が夏の甲子園3連覇(31~33年)の3年目の捕手、二男・二郎は史上2度目の「夏春連覇」(37年夏、38年春)の大黒柱(主戦投手)、三男・昇もベンチ入りし、37年夏、38年春の優勝メンバーに加わった。四男の渉も含めると野口4兄弟は全員がプロ入り。二郎は通算237勝で殿堂入りの名選手として知られる。

 中京商は54年夏の優勝時も左腕エース・中山俊丈(のち中日)、二塁手・光邦の「中山兄弟」がいた。

 松山商・千葉茂は左翼手として35年夏に優勝するが、巨人では名セカンドとして活躍。「猛牛」の異名をとり、近鉄監督も務めた。16歳違いの実弟・英二は戦後の53年夏に松山商で一塁手として優勝を果たしている。

 58年夏、柳井は投手で主将の友歳克彦、弟の哲夫が三塁を守り快進撃を続け、決勝では板東英二がエースの徳島商を7対0で破り、初優勝を飾った。

 PL学園・桑田真澄(現・巨人コーチ)は清原和博との「KKコンビ」で5季連続出場し、83年夏、85年夏に優勝。

実弟の泉外野手(現・ゴルフティーチングプロ)は立浪和義(現・中日監督)らとともに達成した87年春夏連覇のメンバーだった。

 88年夏優勝の広島商・山本兄弟は、弟の2年生・淳見が3番ショート、兄・幸秀は背番号1を背負ったが甲子園での登板はなかった。

 1991年夏に初出場初優勝の大阪桐蔭は元谷哲也、信也の兄弟がベンチ入り。弟の信也は3回戦の秋田戦で、敗色濃厚の9回二死から出塁した打者の代走に起用され、同点のホームを踏んだ。

 2001年春優勝の常総学院・大崎雄太朗は青学大を経てドラフト6位で西武入団、10年間プレーした。1歳下の弟・大二朗は2003年夏優勝の捕手。

東北との決勝でダルビッシュ有(現・パドレス)から逆転のタイムリー二塁打を放った。

 斎藤佑樹(のち日本ハム)で2006年夏に優勝の早稲田実には、双子の小沢兄弟(2年)がいた。兄の秀志は外野のレギュラーでおもに7番を打った左の好打者で、弟の賢志は控え投手兼外野手。確認できる兄弟優勝のうち、双子でメンバー入りはこれが唯一のケース。

 以上のリストを見ても、「違う学校での兄弟優勝」は過去に例が見当たらない。大阪桐蔭・徳丸が智弁和歌山で優勝した兄に続けば、史上初の快挙ということになる。

(兄弟で甲子園優勝)

野口 明(中京商)1933夏=捕手
野口二郎(中京商)1937夏=投手、1938春=投手
野口 昇(中京商)1937夏=内野手、1938春=内野手

千葉 茂(松山商)1935夏=左翼手
千葉英二(松山商)1953夏=一塁手

中山俊丈(中京商)1954夏=投手
中山光邦(中京商)1954夏=二塁手

友歳克彦(柳井)1958夏=投手
友歳哲夫(柳井)1958夏=三塁手

桑田真澄(PL学園)1983夏=投手、1985夏=投手
桑田 泉(PL学園)1987春=外野手、1987夏=外野手

山本幸秀(広島商)1988夏=投手
山本淳見(広島商)1988夏=遊撃手

元谷哲也(大阪桐蔭)1991夏=遊撃手
元谷信也(大阪桐蔭)1991夏=外野手

大崎雄太朗(常総学院)2001春=右翼手
大崎大二朗(常総学院)2003夏=捕手

小沢秀志(早稲田実)2006夏=右翼手
小沢賢志(早稲田実)2006夏=外野手