水上由伸(埼玉西武ライオンズ)インタビュー前編
WBCの侍ジャパン世界一の熱狂を引き継ぐ形でいよいよ開幕するプロ野球。
昨シーズン、パ・リーグ初の育成指名から新人王を獲得した埼玉西武ライオンズ・水上由伸。
昨年同様、四国学院大学時代の4年間を過ごした香川での自主トレーニングからスタートさせた水上のプロ3年目。今季もますますの活躍が期待される。
インタビュー前編では、大学3年秋に野手から投手に転向したターニングポイントを振り返り、育成選手から道を拓いた経緯を語ってもらった。(文中敬称略)(後編はこちら)
●トレーナーが感じていた「大下剋上」の潜在能力
「そう、確かインタビューを受けた場所はここでしたね。懐かしいです」
前回の取材から約3年が経った。当時、四国学院大の最終学年を迎えようとしていた水上は「150キロを投げてプロにいきたい」と話していた。
そして今、あの頃と変わらない屈託のない笑顔で、レクザムボールパーク丸亀(香川)の一室に現れた。
今年1月、香川でインタビューに応じた西武・水上由伸
もちろん、彼の立場は3年前とはまったく異なる。
2021年は一軍デビューから17試合連続無失点で当時のパ・リーグ記録を打ち立てる。29試合に登板し0勝1敗・4ホールドの防御率2.33。
そして2022年は、60試合に登板し4勝4敗・31ホールド・1セーブで防御率1.77。ライオンズのみならず、パ・リーグを代表する中継ぎ右腕に君臨。
ところが、である。水上の2020年ドラフト指名順位は、チーム最終指名となる育成5位。最優秀新人選手賞受賞は育成指名選手としてはパ・リーグ初で、セ・リーグを含めても2008年の山口鉄也、2009年の松本哲也(いずれも巨人)以来となる13年ぶり3度目の快挙だった。
2005年育成1位指名の山口、2006年育成3位指名の松本を上回る「大下剋上」であったと言えるだろう。
だが、確かな土台もあった。
2010~2015年に横浜DeNAでアスレティックトレーナーを務め、現在は四国学院大でトレーナーなどを担う高橋塁は、今も自主トレをサポートする水上についてこう話す。
「身体の変化には敏感だったし、トレーニングも好き。上半身と下半身の柔軟性、筋肉量や瞬発力は清水直行さんや、入団してきた時の三嶋一輝や山﨑康晃に匹敵するくらいでした」
大学時代から今も水上の調整をサポートする高橋塁トレーナー(右)
水上に潜在能力はあったとはいえ、大学時代から継続的に取材してきた筆者も驚く変貌ぶりである。
「小・中・高校と投手だったし、遊びでブルペン投球をしたりして投手になる機会をうかがっていた」
水上は大学途中まで野手だったが、3年秋の投手復帰。帝京第三高(山梨)以来の転校。
水上がプロの舞台で活躍する道はここで開けたと言える。
四国学院大学時代の水上 photo by Terashita Tomonori
●反骨心と感謝を持ってプロ入り
「僕は基本、野球ができたらいいというタイプですけど、野球を始めた時からカッコいいという理由でピッチャーになりました。だから、投手としてプロにいくことも意識はしていました」
水上は投手復帰直後から有言実行だった。秋季リーグ開幕戦の愛媛大戦から剛球を連発する。最速149キロを記録し、4勝1敗・防御率0.69で四国学院大のリーグ優勝の立役者になった。自身も最多勝・最優秀防御率・ベストナインの投手3冠を獲得した。
4年秋の最終シーズンは、「プロ野球選手、コーチ、スカウトとして活躍されていた方だったので、プロへのイメージがつかみやすかった」と水上が振り返る、中尾明生監督(当時)のサポートもあって、目標だった150キロに到達した。
ただ、4年秋のシーズンの結果は芳しくなかった。ドラフトまで1カ月を切った愛媛大戦では先発完投勝利も7失点。
「これ、スカウトが見てなくて本当によかったなあ」
試合後、筆者と水上が顔を見合わせお互いに苦笑いを浮かべたことは、今だから言える話である。
それでも水上はドラフト指名に自信を持っていた。
「マウンドからでも智男さんが見てくれていたのはわかっていたので、指名自体は大丈夫だと思っていました」
「智男さん」とはライオンズの渡辺智男スカウト。自身、伊野商(高知)のエースとして甲子園優勝を経験し、プロ野球引退後は、ライオンズで四国地区の担当スカウトを担っている。
そして迎えた2020年10月26日。ライオンズは水上を育成5位で指名した。
「春先はストレートがばらける場面もあったが、秋はストレートの出し入れもできるようになっていた。変化球の課題をクリアすればすぐに支配下登録できると思って指名しました」と渡辺スカウトは語った。
「見てくれている人は見てくれていたんだ」
あらためて沸き上がるライオンズへの感謝の思い。それとともに、水上のハートには新たな炎も灯った。
「僕をとれなかったことを後悔させてやりたい。その反骨心と、智男さんのスカウトとしての株を上げたいという気持ちを強く持ってプロに入ったんです」
ちなみに、4年秋の「7失点完投劇」についてはこんな後日談もあったそうだ。
「情報は智男さんのところにも入っていて......。あとで言われました。『打たれ過ぎやろ』って(笑)」
2020年育成ドラフト5位で指名された水上。ライオンズの渡辺智男スカウト(左)と四国学院大の中尾明生監督(当時、右)と記念撮影 photo by Terashita Tomonori
●「そのシュート、いいね」松坂大輔の言葉に自信
2021年2月、背番号「128」を背負って、高知でのB班キャンプからプロ野球生活をスタートさせた水上。
彼には新人合同自主トレーニングの時から「支配下登録はすぐにいける」と、密かな自信が芽生えていた。
根拠もあった。この年が現役最後のシーズンとなった松坂大輔からはこんなことを言われた。
「そのシュート、いいね」
水上のシュートは大学4年春を迎える前に習得したもの。ただし、大学では「シュートを捕れる捕手がいない」という理由で封印。最終シーズンはスライダー中心に変化球を組み立てていた。
「ピッチングの組み立てが広がるし、決め球としても使える」と松坂からシュートを評価され、自信を深めた。
「僕はシュートボーラーです」
水上は満面の笑みでそう言った。
となれば、残るハードルはプロで必要な精神力。二軍では打たれながらも内角攻めもいとわないスタイルを貫徹した。
「上の舞台に立っても負けないように、強い気持ちだけは最初から持とうとしていました」
そのメンタルが中継ぎとしての登板機会につながり、同年5月、ひとつの節目を迎えた。
「渡辺(久信)GMからも『すごく性格が上(うえ=一軍)向きだ』と言っていただきました」
支配下登録が決定。背番号も「69」に変わると、6月10日に一軍昇格。6月11日には中日との交流戦でついに一軍デビューを果たした。
「自分が思い描いていた野球をできていた。まったく緊張することなく投げられたし、ホールドをとる場面に入った時には相手打者の目のギラつきが全然違った。気合いが入るし、本当に面白かったです」
結果、プロ1年目は29試合登板。
「積極的に使ってくれたし、ありがたかったです」
水上は当時の辻発彦監督への感謝の念を抱き、2年目の目標をこう公言していた。
「新人王をとります」
後編<育成出身新人王・水上由伸(西武)「2年連続タイトル獲得、そして推定年俸1億円...」 60試合以上登板で大暴れを誓う3年目>
【プロフィール】
水上由伸 みずかみ・よしのぶ
1998年、長野県生まれ。山梨・帝京第三高校、香川・四国学院大学を経て2020年ドラフト会議で埼玉西武ライオンズから育成ドラフト5位で指名。2021年5月に支配下登録されると、同年6月に一軍初昇格。1年目は一軍で29試合に登板し、0勝1敗4ホールド・防御率2.33を記録。2年目の2022年は60試合に登板し4勝4敗31ホールド1セーブ・防御率1.77をマーク。最優秀中継ぎ投手、新人王に輝いた。