J1リーグ2024シーズン
井手口陽介インタビュー(ヴィッセル神戸/MF)

井手口陽介はなぜヴィッセル神戸への移籍を決断したのか「できる...の画像はこちら >>
 1月19日から約2週間の日程で行なわれたヴィッセル神戸の沖縄キャンプ。完全移籍で加入した井手口陽介は、とても楽しそうだった。

「まだ始動から10日くらいしか経っていないのに、この段階でのポゼッション練習でも速さや強度はすごい感じます。何よりみんながめっちゃ求め合いながらバチバチプレーしていて。練習そのもののレベルがすごく高い。ここにきてよかったなと思っています」

 そんなチームの雰囲気にも促され、自然と足が動くのだろう。井手口らしいボール奪取が随所で光るたびに、仲間やコーチングスタッフから「いいぞ、陽介!」などと感嘆の声がピッチに響いた。

 移籍の決断は、簡単ではなかったという。

彼にとっては2度目の海外移籍が思うような時間にはならなかったなかで、再起をかけた地元のクラブ、アビスパ福岡で過ごした昨シーズンが本来の自分を取り戻すための、とても有意義な時間になったからだ。

「アビスパでのスタートは少しケガもありましたけど、復帰してからは本当に充実した時間を過ごせました。特に、海外でも長い間プレーできていなかったなかで、プレーの感覚を取り戻せたことは一番大きかった。実際、試合を重ねるごとに『ああ、自分のプレーってこうだったよな』と思い出せることも多く、単純にゲーム体力が蘇ってくる感覚もあったし、改めて試合に出る必要性を強く感じました。

 また、チーム内での自分の立ち位置みたいなものを考えたうえで、自分のプレーだけがうまくいけばいいという感覚ではなく、チームをうまく動かすにはどういうプレーをすればいいのか。チームに穴を開けないためにどういうタイミングで顔を出せばチームがうまく回るのかを考えるなど、周りに気を配りながらプレーできるようになったことで、プレーの幅も広がった気がします」

 加えて、ルヴァンカップではクラブ史上初のタイトル獲得に貢献するなど、目に見えた結果を得られたことも自信になったという。

 だからこそ、シーズンオフには気持ちが揺れた。福岡もまた、保有元のセルティックからの完全移籍での獲得の意向を示してくれたからだ。

「昨年の戦いを通して、試合に出ることの必要性を感じたし、そこで高いパフォーマンスを続けていたら、日本代表にも近づいていけるんじゃないかという実感もあったので、正直"海外に戻る"ということは頭になかったです。そのうえで、どこでプレーをするかを悩む過程では、アビスパへの恩とか、福岡という街への愛着、居心地のよさみたいなものも踏まえて、アビスパに残ることも考えました。

 ただ、これまでのキャリアでも常にレベルの高い選手のなかで揉まれて、競争することで成長を実感してきただけに、チャンピオンチームからのオファーに気持ちが動いたのも事実です。結果、最後はもう一度、厳しい競争に身を置いて高みを目指そうという思いが勝り、ヴィッセルを選びました」

 昨シーズンの対戦時に感じた、前線からのプレスでボールを奪い、縦に速くゴールを目指すヴィッセルの強度の高いサッカーが、自身のスタイルと合致することも移籍を決めた理由のひとつになった。

「昨年のヴィッセルはJ1リーグのなかでもすごくいいサッカーをしていたし、対戦した時もレベルが高くていい選手がたくさんいるチームだと思っていました。また、敵として向き合った時に素直に『強いな』って思ったチームのひとつだったことも、僕のなかでは大きかったです。

 その分、ポジション争いが厳しくなるのは覚悟していますけど、これまでの経験からも、そういう環境に身を置いてプレーすることで自分が引き上げられていく実感があったので、ここで勝負してみたいと思いました」

 その言葉どおり、ポジション争いは熾烈だ。井手口が主戦場とするボランチには昨年のリーグ優勝を支えた百戦錬磨の山口蛍、扇原貴宏をはじめ、今はケガで離脱中の齊藤未月も控える。インサイドハーフやトップ下までポジションを広げれば、成長著しい佐々木大樹や井出遥也らも競争相手だ。

 吉田孝行監督にはシーズンが始まるにあたって、「アンカーか、インサイドハーフで考えている」と伝えられたそうだが、どのポジションにも厳しい競争が待ち受けているのは間違いない。

「どこをやるにしても、まずは自分の持ち味であるボール奪取や中盤での走力、スプリントなどで勝負したいし、それを数字につなげていくことを意識したいと思っています。

 また、仮にインサイドハーフでプレーするとなれば、守備力ということはもちろん、より前に出ていく推進力やフリーランニング、裏に抜ける動きなども求められると思うし、そこは今の自分に足りていないところでもあるので、その質や量はまだまだ上げていかなければいけない。それが目に見えて、スプリント数として示されるくらいのプレーをしなければいけないと思っています。

 あとは数字ですね。昨年のJ1リーグは結果的に0ゴール0アシストで終わったのもあるし、このチームは前線でタメを作れる選手が多いと考えても、そこに積極的に絡んでアシストやゴールなどの目に見えた数字につなげていきたいです」

 そういえば、かなり前から山口については、自身のプレースタイルを踏まえて「理想のボランチ」だと話していた井手口だが、同じチームでプレーするなかで受けている刺激も多いのだろうか。

「以前からすごい選手だとは思っていましたけど、こうして毎日近くでプレーすることで、改めて寄せのスピードやプレー強度は学ぶことが多いなって思っています。

あとは、戦術理解も深いというか。このチームで長くプレーしているので当たり前かもしれないですけど、チーム戦術の先を考えてプレーで表現できたり、流れを変えられる選択ができるのも蛍くんのよさだと思います。

 今は、特に僕自身がまだ戦術理解が浅いこともあって、『こういう時は、こうしたほうがいい』ということをアドバイスしてくれるのも、めっちゃ助かっています。それによって、戦術理解を深められるだけではなく、蛍くんのサッカー感みたいなものにも触れられて、なるほどなって思うことも結構あります」

 新天地での目に見えた数字、結果ということに加えて、自身のキャリアに描くのは日本代表への復帰だ。海外移籍を決めた際も、日本に復帰するにあたっても、たびたびそこへの野心を口にしてきた井手口だが、2019年を最後に"日の丸"からは遠ざかっている。その現実を踏まえ、また2年後に迫るワールドカップへの出場を視野に入れて、「1日でも早く代表に戻りたい」と語気を強める。

「今年で28歳。2年後のワールドカップの時には30歳になっていると考えても、できるだけ早く代表に復帰して、競争に絡んでいきたいという思いもあります。

 ただ、それを目指すには、まずヴィッセルで毎試合、攻守にハイパフォーマンスを示さなければいけないし、それをチームの結果やチームが目指す目標、タイトルにリンクさせていかなければいけない。実際、現実的に考えて、Jリーグから(代表に)選ばれようと思ったら、上位チームで結果を残し続けているというのが一番のアピールになると考えても、そこはこだわっていきたいです」

 福岡生まれとはいえ、中学生の時に関西に移り住んでからは関西での生活が長かったからだろう。「福岡もめちゃ住みやすかったけど、関西は水が合うというか......ホッとします」と井手口。近くに住む家族や友人、知人も多く、その人たちの声援を近くで感じられるのも「うれしい」と表情を緩ませる。ホームとして戦うノエビアスタジアム神戸でのプレーも楽しみにしているそうだ。

「神戸サポーターのみなさんの前でチームのために体を張り、戦って、1年を通して勝利に貢献する姿を見せたいと思っています。自分のプレーがチームの勢いとリンクして進んでいくような、チームと一緒に自分も上がっていけるような1年になったら理想です」

 フィジカルの強さ、ボール奪取力、運動量といった武器をベースに、井手口が中盤のダイナモとして輝く時、それは間違いなく、ヴィッセルのさらなる進化をあと押しする力になる。

井手口陽介(いでぐち・ようすけ)
1996年8月23日生まれ。福岡県出身。ガンバ大阪のアカデミー育ちで、高校3年生の時にトップチーム昇格。3年目の2016年にはレギュラーを獲得し、五輪代表としてリオデジャネイロ五輪にも出場する。その後、日本代表にも選出された。2018年にプレミアリーグのリーズへ移籍。レンタル先のスペインやドイツのクラブでプレーした。2019年にガンバへ復帰するも、2021年には再び海外へ。スコットランドのセルティックへ移籍した。だが、なかなか出場機会を得られず、昨季は日本に戻ってアビスパ福岡でプレー。今季からヴィッセル神戸へと完全移籍した。